物語

東北マニュファクチュール・ストーリーでは、震災後に東北で生まれたものづくりを紹介してきました。これまでに訪問した現場は60以上。どの現場でも、製品の裏にかけがえのない物語があることを知りました。その物語は、現在進行形で綴られているものばかりです。
以前訪れた団体は、いまどんな風に変わっているでしょうか。私たちは、取材後に変化があった団体を取材し、「その後」として記事にまとめていくことにしました。今回は、『EAST LOOP』のその後をお届けします。

お母さんたちの編み物会社「東北クロッシェ村」

s_img_8488『EAST LOOP』は、フェアトレード商品のセレクトショップを運営する株式会社福市代表・高津玉枝さんが発起人となり始まった手仕事プロジェクトです。アクセサリーデザイナーの岩切エミ先生がデザインしたハートブローチはシンプルで可愛らしく、多くの人に愛されてきました。

高津さんはプロジェクトを始めたときから、「ゆくゆくは現地に手渡そう」と考えてきました。構想通り、2013年には事務局業務を岩手県遠野市にあるNPO法人遠野山・里・暮らしネットワーク(山里ネット)に移管します。そして2014年1月、現地法人として合同会社東北クロッシェ村が誕生しました。“支援プロジェクト”を卒業し、編み手のお母さんたちの会社として独立したのです。その背景を、高津さんに教えていただきました。

s_img_8411高津さん:EAST LOOPは製品の販売総数が約8万個、売上が7千万円以上と一定の成果を出してきました。ですが、“支援プロジェクト”のままではいつか終わりがきます。何十年も継続するものではありません。

けれども、活動によって、東北のあちこちにあたたかなコミュニティが生まれていました。精神的に辛いときに支え合える、お金では測れない強いパワーを持つコミュニティです。これを無くしてしまうのはもったいない。

それに、プロジェクトを続けたことで、編み手さんたちが育ってきたんです。編み物の技術が熟練してきた。これはひとつの財産です。そう捉えたときに、新しい道が見えた気がしました。

地域の持つ歴史や文化、素材のことを地域資源と呼びますが、人もひとつの地域資源です。数年間編み物のプロジェクトを行ってきたことで、「一定のスキルと熱意を持った編み手が数十人いる」という地域資源が東北に生まれたのですね。

高津さん:「大変なときに編み物が支えてくれた」という気持ちがあるから、製作に対して真摯に取り組んでくれるんです。ほかの地域にはない資源ですよね。この資源を活かそうと考えていたときに、デザイナーの岩切先生の紹介で、毛糸メーカーの「サンプル編み」という仕事がやってきました。

毛糸メーカーは、「この毛糸を使えばこんな作品が編める」といったサンプルを、販促物として全国の手芸店に配布します。こうしたサンプルは、昔は海外で大量生産していたそう。しかし、手芸店の減少に伴い海外へ大量発注するほどの数は必要なくなりました。国内でも小規模の団体が請け負っていましたが、高齢化などにより次々と減っていき、毛糸メーカーはサンプル編みの発注先に困っていたといいます。

高津さん:最初はお互いに手探りでしたけど、慣れてきたらほかのメーカーからも「うちも困ってるから編んでほしい」と声がかかるようになり、仕事が増えていきました。これで、「独立してやっていける」という目処が立ったんです。

s_img_8416EAST LOOPから東北クロッシェ村の設立になるにあたって変わったのは、被災していない人も編み手として参加できるようになったこと。現在は約50名の編み手を抱えています。

高津さん:EAST LOOPを始めて、地方が疲弊していることを実感しました。女性が働こうと思っても、働ける職場がないんです。被災していない方から「私も編み手になりたい」と言われることが度々ありました。けれども、EAST LOOPは被災地支援プロジェクトなので、被災していない人が編むと偽装になってしまいます。そこで、多様な編み手さんに参加してもらえるように、東北クロッシェ村として新たにスタートすることにしたのです。

代表には遠野に住む佐々木盛子さんが就任。初期からEAST LOOPを支え、沿岸部へ何度も足を運んで編み物を教えてきた方です。高津さんや、山里ネット代表の菊池さんもアドバイザーとして活動をサポートすることになりました。

数千円、数万円の製品も製作するように

s_img_8403東北クロッシェ村では、サンプル編み以外にも、企業のニット製品の生産も請け負っています。さまざまな依頼に対応できるよう、編み手たちは日々技術を磨いています。

代表的なものは、東京にある老舗日用品問屋・松野屋と一緒に企画し製作している笹編みの手提げや巾着袋。ささ和紙という、くま笹と和紙を混ぜた糸で編んだもので、さらさらした感触と素朴な風合いが魅力です。毛糸とは違うので、編み手さんたちは慣れるまでには時間がかかったそう。

s価格は巾着袋が7,900円、手提が13,000円〜と少し高価ですが、よく売れているといいます。

高津さん:世の中には安いものが溢れているから高く感じると思いますが、質の良い素材を使って、関係者みんながちゃんと潤って……といったところに配慮すると、本当はこれ位が適正価格になるんです。

とは言え、EAST LOOPではそれまで千円前後の製品を販売してきたので、この価格のものがちゃんと売れていくというのは大いに励みになりました。みんな、「価格に見合うだけのクオリティにしよう」という意識を持って製作していました。

s_img_8424また、秋冬向けの製品として、ソックスカバーの製作も依頼されるように。温かくて編み手さんたちもお気に入りなのだとか。

単価の高い製品を依頼され、それが売れていくということは、東北クロッシェ村の編み手たちの技術が評価されたということです。編み物の会社として、着実にステップアップしているのですね。

編み物を通してつながった、たくさんの縁

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お母さんたちが編んだ動物モチーフのペーパーウエイト

編み物会社として新しくスタートした東北クロッシェ村ですが、EAST LOOP製品の製作も続けています。ウェブショップで販売するだけでなく、百貨店の催事に出店することも。南こうせつさん、“尾木ママ”こと尾木直樹さんといった有名人がテレビ出演の際にハートブローチをつけてくれていることもあり、いまでもよく売れているのだとか。

高津さん:先日、フェイスブックページで毛糸の寄付をお願いしたところ、投稿が500以上シェアされて、びっくりするほどたくさんの毛糸が事務所に届いたんです。本当にありがたいことですよね。

EAST LOOP製品の台紙には、編み手のニックネームが記載されています。そこから購入した人と編み手との交流が始まることも多かったといいます。震災から5年が経ったいまでも、その縁は途切れずに続いているようです。

s_img_8417また、卒業していった編み手さんたちとの縁も続いているそう。大和田さんという元編み手さんのエピソードを教えてもらいました。

高津さん:大和田さんは元々牡蠣の養殖をしていたんですが、震災で筏が流され家も浸水して、しばらくは牡蠣の仕事ができなかったんです。大将は出稼ぎに行き、奥さんとお嫁さんがEAST LOOPで編み物をしていました。

牡蠣の仕事が再開できたのでだいぶ前に卒業されたんですが、先日EAST LOOPのツアーの中で大和田さんのお宅に立ち寄らせていただいたんです。被災地を巡り、元編み手さんの話を聞く、という内容で。そうしたら、大将がご機嫌で「せっかく来たんだから牡蠣食え」って大盤振る舞いしてくださって。思わぬごちそうに、参加したみなさんも大喜びでした。

そんな風に歓迎されるのは、EAST LOOPが辛い時期の支えになっていたからなのでしょう。あちこちで、良い関係が育っていったのですね。

夢は、遠野にニットミュージアムをつくること

s_img_8451過去から現在に至るまでの話を聞いてきたので、未来の話も聞いてみましょう。東北クロッシェ村ではいま、どんな展望を抱いているのでしょうか。

高津さん:東北クロッシェ村オリジナルの製品をつくることはひとつの目標です。でも、それには「東北クロッシェ村とは何なのか」ということを追求して、しっかりとコンセプトをつくって、デザインに落とし込んで、マーケティングをして……といった準備が必要です。「何となくつくってみました」というものにはしたくない。まずは組織基盤を整えて、それからじっくりと取り組んでいきたいですね。乞うご期待、といったところでしょうか。

また、「遠野に日本初のニットミュージアムをつくる」という大きな夢も描いているといいます。

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高津さん:遠野では昔、各家庭で羊を飼育していたんですよ。寒さが厳しい冬は、羊の毛から糸をつむいで、編み物をして過ごしてきたんですね。そうした文化や技術が消えないよう、継承していきたいんです。

そのミュージアムでは、震災によって大事な人を亡くし、慣れ親しんだ風景を失い、究極の環境に置かれた人たちが、編み物を通して新しい縁をつむぎ、元気を取り戻していった過程も紹介したいと考えているそう。ものづくりの持つ力を発信する拠点になるのですね。

高津さん:いつできるかわからないけど、いつか必ず、実現したいと思っています。

ニットミュージアムを訪問できる日を、楽しみに待ちたいと思います。

 

 ■東北クロッシェ村
WEB: http://tohoku-crochet.com/
電話:0198-68-3770
住所:岩手県遠野市上郷町板沢11-6-6(旧上郷中学校内)
※訪問時は事前にご連絡ください。

以前の記事はこちら:http://www.tohoku-manufacture.jp/story/009_story_first.html
 

2016.8.22