物語

鮭を通して、全国の人と手をつなごうーー。大槌町で製作した白い鮭のぬいぐるみにデコレーションを施し、大槌町へ送り返してもらう『Shake Handプロジェクト』。このプロジェクトをきっかけに結成されたのが『おおつちおばちゃんくらぶ』です。リーダーの川原畑洋子さんに、活動の軌跡を聞きました。

大槌町のために、できることを

川原畑さん:地震のときは、「これはただごとではない」と感じたけれど、まさかここまでとは思いませんでした。電気も止まり、一瞬のうちに暗闇になったんです。道路は寸断し、電話も通じなくて、しばらくは大槌町がどうなっているかわかりませんでした。

震災当時、川原畑さんは隣町の山田町にある自然体験施設『岩手県立陸中海岸青少年の家』に勤めていました。高台にあったこの施設は避難所となり、川原畑さんは職員として避難者の受け入れに携わることに。大槌町に帰ることができたのは、震災から2週間ほど経ってからでした。

川原畑さん:大槌を見たときは途方に暮れました。自宅も流され、辛うじて「このあたりの瓦礫はうちのかな」とわかる程度。娘とばあちゃんは助け合いながらどうにか逃げ、じいちゃんは「片付けをする」と家に残ったそうです。当時は安置所もなくて……でも、みんな同じ境遇でしたから。見つかっただけでも本当にありがたいと思いました。

家族はそのまま秋田に避難しましたが、川原畑さんは青少年の家のスタッフとしてと残り、しばらくは車で寝泊まりしながら避難所運営をサポートしました。避難された方々で班をつくり、池の水を汲み交替でトイレ掃除や炊事を行い、関係各所と連絡を取り合って。住民自身でルールをつくり、助け合いながらの避難生活だったといいます。

川原畑さん:大槌に仮設住宅が建って家族が戻ってきたときは、「あぁこれで安心して暮らせる」とほっとしました。震災から一年ほどで退職したのですが、その間に自衛隊や警察、ボランティアのみなさんが真っ黒になって働いてくれているのを見ていたから、「私も誰かのために何かできたら」と思い、仮設住宅で手芸教室を企画しました。仮設住宅には同じ町民でもそれまで話したことのない人たちが集まっていたので、交流のきっかけをつくろうと考えたんです。手芸教室は好評で、いまでも続いています。

メッセージを携え、全国から戻ってくる「デコ鮭」

では、おおつちおばちゃんくらぶはどのように始まったのでしょうか。きっかけは、2012年の夏、日本テキスタイルデザイン協会会員の奈良平宣子さん、木下幸子さんが、被災地の手仕事支援を行う『風の布・パピヨン』の斉藤洋さんに同行し、大槌を訪れたことにありました。

風の布・パピヨンが被災地で行う“野染め”。雑草などを筆代わりに布を草木染めします。 完成した布はみんなで分け、ものづくりの材料に。

川原畑さん:テキスタイルデザイナーの奈良平さん、木下さんは大槌のおばちゃんたちに「デザインの力でお手伝いができないか」と、『Shake Handプロジェクト』を提案してくださいました。

大槌町名産の鮭をローマ字にするとShake、手づくりはHand。2つの単語をつなげると“握手”という意味になります。「手づくりの鮭を通して、全国の人と手をつなごう」「生まれ育った川に帰ってくる鮭のように、仮設住宅に住む私たちも元の場所に帰れますように」というメッセージが込められています。このプロジェクトに賛同したメンバーで、おおつちおばちゃんくらぶを結成しました。

中央が川原畑さん。デザイナーの先生たちと、おばちゃんたちと。

おばちゃんたちは手のひらサイズの鮭を縫い、200円で販売します。購入者は、絵を描く、刺繍を施す、生地を縫い付けるなど自由にデコレーションし、メッセージを添えて大槌町へ返送。戻ってきた「デコ鮭」はその年の展示会で一度に飾られ、また、新たな旅に出かけます。

「デコ鮭」は購入することもできます。 販売価格は作者が設定し、売上はプロジェクトの運営費に充てられます。

川原畑さん:毎年600匹前後“放流”して、同じくらい戻ってきますね。遠くは国内だと沖縄から。篠原ともえさんに光浦靖子さん、高山みなみさんをはじめ人気声優のみなさんも参加してくれています。いろんな作品があって見ているだけでも楽しいし、メッセージを読むと励まされます。本当に、元気をいただける楽しいプロジェクトなんですよ。

毎年3月に大槌で展示会を開き、来場者に投票してもらって“Shake Hand賞”を6点選定していますが、2021年はコロナ禍でたくさんの人に来場してもらうことが難しいため、作品をInstagramに掲載しハートの数を加算して選定するとのこと。ぜひ、おおつちおばちゃんくらぶのInstagramを覗いてみてください。

ユニークでアイデアが光るデコ鮭の数々。

大漁旗で、福を呼ぶ

おおつちおばちゃんくらぶでは、Shake Handの鮭以外にも、『ひょっこりひょうたん島』のモデルとなった蓬莱島(ほうらいじま)のストラップや鮭のストラップなど、大槌町らしい製品をつくっています。

ひょうたん島を模したカラフルなフェルトのストラップ(300円)。

色とりどりの生地を使った鮭のストラップ(中サイズ600円)。

平成9年10月に天皇皇后両陛下がマツカワカレイの稚魚を大槌港に放流したことを記念して製作したコースター(500円)。

奈良平さんらがデザインし、堺の伝統工芸士・小松隆雄さんが染めたShake Hand手ぬぐい(1000円)。

川原畑さん:おばちゃんたちに元気になってもらうには、自分たちのまちのものをつくってもらうことが一番だと思ったんです。販売場所はなかなか見つからず、イベントに参加したり、産地販売所などに営業して増やしています。Shake Handに参加してくださった方々が全国で販売してくださったりも。京都の染めのおっちゃん(※斉藤洋さん)は毎年京都で「東北の手わざ展」を開いてくれているんですよ。こうしたつながりが、私たちはとても嬉しいんです。

海に生きる者達のトートバッグ(2000円〜4000円)。

一番人気があるのは、大漁旗のバッグやポーチです。2020年は、大漁旗の柄の生地を使ったマスクが仲間入りしました。

大漁旗マスク(子ども用450円、大人用550円〜)。内側には和晒を使用。

川原畑さん:大漁旗は禍を遠ざけ福を呼ぶ縁起もので、“福来旗(ふらいき)”とも呼ばれているし、復興のシンボルにもなっています。これでマスクをつくったらみんな元気になるんじゃないかな、と製作したところ大ヒット。何紙もの新聞に取り上げていただいて、1000個以上注文が来ました。

初めて注文してくれた方も、電話口で「忘れてないよ」「頑張ってね」と応援してくれたり、「このマスクをつけて釣りに行ったら大きなエビが釣れたよ」と写真を送ってくれたり、「明るい気持ちになれました」とお菓子やスイカを届けてくれたり。おばちゃんたちは大量の注文にびっくりしながらも、「また新しいつながりができたね」と喜んでいました。

感謝の気持ちで、今日も縫う

現在、おおつちおばちゃんくらぶには14人のつくり手が所属しています。平均年齢は75歳。以前は診療所として使われていた建物をほかの団体と一緒に借り、毎日集まっています。

川原畑さん:大槌町内の建物の多くが流されてしまったので、集まる場所探しには苦労してきました。最初は地元の若旦那会が使っていたアパートの一室を借りて、次はショッピングセンターMAST内で手づくり商品を販売するお店を運営しながら集まって。平成16年にMASTを出ることになって場所を探していたところ、植田医院の院長先生が「診療所跡を使っていいよ」と言ってくださって、ここに落ち着きました。

おばちゃんたちは「いやなことがあってもここに来ると忘れられる」と、バスを使ったり、車を乗り合わせたりしながら通ってくれています。つくることが楽しくて、みんなでおしゃべりするのが楽しくて。みんなパワフルだから、新しいものをつくるときはああでもないこうでもないと喧嘩になったりもするけど、さっぱりしていて後腐れがないんです。

季節の刺し子ふきん(500〜600円)。

お話を伺う中で、「震災では辛いことがたくさんあった」と声を震わせながらも、「たくさんの人に助けてもらって、本当に感謝しています」と繰り返し口にしていた川原畑さん。つくり手のおばちゃんたちも、「全国の人からいただいた気持ちに応えたい」という一心で手仕事に励んでいるといいます。

川原畑さん:「あのときは本当に助けられたね」「少しでもお返しになるといいね」と、感謝の気持ち、お礼の気持ちを込めて一つひとつつくっています。だから注文が入るとみんな喜ぶんですよ。1人の力は小さくても、集まれば大きな力になるんだなって思います。

いまはコロナ禍でなかなか行き来ができませんが、京都、大阪、東京、横浜……全国のみなさんと、早くまたお会いできる日が来ることを願っています。大槌町にも遊びに来てほしいし、口は悪いけど心はあたたかいおばちゃんたちと触れ合ってほしい。私たちも10年分歳を取りましたが、みなさんからの応援を胸に、活動を続けていきたいと思います。

※新型コロナウイルス感染拡大防止のため、取材は電話で行い、写真はおおつちおばちゃんくらぶからお借りしました。

■おおつちおばちゃんくらぶ
ウェブサイト:https://obachanclub.jimdofree.com/
Instagram: https://www.instagram.com/otsuchi.obachanclub/

<商品の購入方法>
メールで注文することができます。詳しくはこちら:https://obachanclub.jimdofree.com/%E5%95%86%E5%93%81%E3%81%AE%E3%81%94%E8%B3%BC%E5%85%A5/

<チャリティー・デコ鮭プロジェクトの参加方法>
土台となる白無地の鮭は1匹200円、2匹以上から注文可能です。購入はメールまたはお電話にて。装飾を施したデコ鮭を返送すると、その年の展示会で展示販売され、売上は翌年のプロジェクト運営資金となります。Instagramに掲載されているデコ鮭を購入することもできます。

詳しくはこちら:
https://www.instagram.com/p/CLI2NZcFc0M/
https://www.instagram.com/p/CLI25iKl-Q2/

2021.2.16