物語

茎の部分までしっかり編まれたメカブ、身の部分が星型をしたウニ、身と殻がセットになったホヤ、波に揺られて眠っているようなカキ……。アクリル毛糸で海の幸を再現した『編んだもんだら』は、東日本大震災後に4つの地域で始まった女性たちの手仕事プロジェクト『さざほざ』の商品です。運営を担う『有限会社コンテナおおあみ』の足立千佳子さんに、発足の経緯を聞きました。
女性が自分の意見を言えるように、稼ぐ仕組みをつくる
足立さん:お母さんたちはみんな、自分の浜のタコが、ウニが一番おいしいって言うんです。津波の記憶は恐ろしくても、豊かな海とともに暮らしてきたから、海の幸は自慢であり誇りなんですね。
仙台に住む足立さんは、まちづくりコーディネーターとして震災前から宮城県内のさまざまな自治体と関わってきました。内陸部にある登米市もそのひとつです。震災時、登米市は隣接する南三陸町から避難してきた住民を受け入れ、廃校などを活用して避難所を設置しました。足立さんはサポートに駆けつけ、旧鱒淵小学校の体育館を拠点にしていた支援団体『RQ市民災害救援センター』のスタッフとして活動することになります。
旧鱒淵小学校の校舎には南三陸町志津川中瀬町の住民が避難していて、足立さんは6月に中瀬町の行政区長から「おばあちゃんたちの生きがいや仕事になるものがつくれないだろうか」と相談を受けました。夫の漁を手伝っていた高齢の女性たちは、やることがなく元気を失っていたのです。
足立さん:もともと、大地震が発生したら女性の支援をしようと思っていたんです。宮城は30年から50年に一度地震が来る土地なので、それに備えて阪神・淡路や中越地震の被災地がどんな復興の歩みを辿ったのかを調べていました。その結果わかったのは、女性は災害時に女性であるが故の苦労に陥りがちだということ。田舎は特に、女性の立場が弱い傾向があります。女性が自分で稼いで、「自分はこう思う、こうしたい」と言えるようになることが大事だと考えました。
それで、食を基軸とした復興プロジェクトを構想していたのですが、原発事故は完全に想定外でした。何が安全なのかわからないし、安全だとわかっても風評被害で売れないかもしれない。どうしようかと悩んでいたときに、ほかの地域で女性たちがアクリル毛糸を使ってエコたわしをつくっているというニュースを見て、「海の幸のエコたわしを編んでもらうのはどうだろう」と閃いたんです。編み物なら在庫を抱えても腐らないし、自分たちが誇りに感じている海の幸を編むことができたら楽しいんじゃないかなって。
とはいえ、編み物は素人だった足立さん。ほかに人手もなかったため、手芸店に通って特訓することに。3か月かけて編み物の基礎を学び、志津川名産マダコのエコたわしを生み出しました。2011年9月に志津川中瀬町の仮設住宅で編み物の講座を開くと、お母さんたちから「可愛い!」と歓声が上がったそう。自分のタコができたと喜ぶ姿に、足立さんは手仕事の力を確信したといいます。
ほかの地域でも講座を開催してまわり、中瀬町のほか、歌津寄木、南三陸町民が入居する登米市南方仮設住宅、気仙沼市大島の4地区に編み物グループが誕生しました。

最初に誕生したマダコの編んだもんだら。足がくるんと丸まっているのは、茹でたてでおいしい証拠です。1匹500円〜。
しばらくはRQ市民災害救援センター内のボランティアプロジェクトとして活動していましたが、2012年6月に登米市のまちづくり会社『コンテナおおあみ』の事業として展開していくことになりました。商品の販売代金の40%を編み賃としてお母さんたちに渡し、残りを原材料費や活動資金に充てています。
海の生き物の特徴を反映し、“美味しく”編む
志津川のマダコから始まった編んだもんだらですが、それぞれの地区の自慢の品を中心に、少しずつラインナップが増えていきました。「お母さんたちがぷぷっと笑えるものにしよう、とデザインを考えているんです」と足立さんは話します。
足立さん:私が編み物の素人だから、普通ではない編み方になって、それがかえって個性になるみたいです。
ただ、お母さんたちも海の幸へのこだわりが強いんですよ。たとえばメカブを編んで見せたときは、「これは茎がないからダメだ、茎がないと立派なワカメにならない」とダメ出しを受けて、中の茎をしっかり編んだ後に外側のひらひらを編むようにしました。編むのが大変になっても、茎はメカブの命だから譲れないって言うんです。
ホヤもね、パイナップルのような外見を再現して目をつけたら、お母さんたちからふんと鼻で笑われちゃって。「なんで笑うの?」と聞いたら、ホヤが好きな阿佐野さんというお母さんが「足立さんが編んだのは殻の部分なんだよ。ここに目をつけるのはおかしいよ」って教えてくれました。
でも、身の部分は特徴がないからそれだけ編んでもホヤってわからないでしょう。そうしたら、「身と殻とふたつ編む」って言うんです。「その分値段を倍にするわけにもいかないし、手間だけかかっちゃうよ」と伝えても、阿佐野さんは「食べられない殻だけ出すわけにはいかないから」と聞かなくて。
海で子どもたちを育て上げてきた、おいしい海の幸を全国に届けてきた、という自負があるから、編み物であっても妥協したくないんですね。

芯までしっかり編んだメカブ。

阿佐野さんだけが編んでくれるホヤ。
足立さんはお母さんたちに、「上手に編んでね」ではなく、「新鮮に編んでね」「美味しく編んでね」とお願いするそう。完成品を受け取りに行く作業も“水揚げ”と呼んでいます。新しい商品をつくるときはお母さんたちが大事にしたいものを反映しながらデザインを決定するので、完成するまでに数ヶ月、数年かかることもあるといいます。
足立さん:ウニは最初、殻の中に身が山盛りに詰まったデザインにしたんだけど、お母さんたちが呆れたように「足立っちゃん、手を広げてごらん。指は何本あるんだ?」って言うんです。「5本です」と答えたら、「な?」って(笑)。「な?って何、どういうこと?」と聞くと、「ウニはな、ヒトデの仲間なんだ。ヒトデは人の手に似てるからヒトデって言うんだ。ウニをよく見てごらん」と教えてくれて。確かによく見ると、ウニの身って5つに分かれているんですね。知らなかったので驚きました。
ちなみに、ウニの身の部分って生殖器なんですよ。だから、本当はここに目をつけるのはおかしいんです。でも、お母さんたちの機嫌がいいときを見計らって、「ウニに目がないのは重々承知していますが、キャラクターにしたいので、ここに目をつけてもいいでしょうか」とお願いしてOKをもらいました(笑)。
殻の部分も「トゲトゲしていて触ると痛くないとダメだ」なんて言うんだけど、毛糸だからそんなことできないでしょう? 結局、毛糸を大胆に引き出すことでトゲを表現することにしたんですが、佐々木さんというお母さんにしか編めないバランスになってしまいました。でも、ウニは人気でよく売れるので、気仙沼大島のチエコさんとノブコさんにも習得してもらって、いまは3人体制でつくっています。
足立さん:カキを見せたときは、殻を見ながら「これは4年ものだな、特大サイズだからいっちゃな」と言われました。木の年輪と同じで、殻の模様で年数がわかるそうなんです。「カキは殻をベッドにして、海の中でゆらゆら寝ながら大きくなるんだ、だから眠っている顔にしてけらいん」ということで、カキだけ目をつぶったデザインになっています。お母さんたちはカキの編んだもんだらを「ねんねこカキちゃん」と呼んでいるんですよ。
なお、気仙沼大島は浜ではなく高台に住んでいるお母さんたちのチームなので、島に春を告げる花としてまちおこしにも使われているツバキを中心に編んでいます。
企業や団体とコラボして、新しい商品をつくることもあります。九州で行われる筑後川マラソンの記念品としてデザインしたカッパや東京の河川保護団体から依頼されてつくったホトケドジョウは、そのまま編んだもんだらのラインナップに加わりました。このホトケドジョウがきっかけとなり、2017年に北九州で開催された『大どじょう展』に12種類のドジョウを出展したことも。

メカブをアレンジしてつくったカッパの編んだもんだら。

淡水魚マニアの足立さんが張り切ってデザインしたホトケドジョウ。
北海道の自然保護団体からの依頼で制作したトノサマガエルやマガン、トンボ、知床博物館から相談を受けてサケ科の魚……。制作する際はその生き物の生態を調べ、ときには近くの博物館に行って勉強するそう。新しいモチーフの依頼は、世界を広げてくれる嬉しいのだといいます。

完成したマガンの前で、依頼主と一緒に記念撮影。

指示書と照らし合わせ、オショロコマ(サケ)を制作しているところ。
編んだもんだらを通して、昔の生活の知恵を伝えていく
洗剤いらずで汚れが落ちるためエコだと言われていたアクリルたわしですが、2018年頃からマイクロプラスチックの発生源になる可能性が指摘されはじめました。アクリルたわしよりもメラミンスポンジやポリウレタンスポンジの方がマイクロプラスチックの発生量が多いという指摘もあり、洗剤を使用しないことの効果との兼ね合いも考えると判断が難しいところですが、足立さんはおおいに頭を悩ませたといいます。
足立さん:そもそも、始めるときも「石油を原料とする素材を使うのはいいことなのか」と悩んだんです。でも、編んだもんだらという名前を決めるときに、ひとりのお母さんが「昔は稲わらを稲わらを揉じゃくって丸めてたわしにしたんだ、揉んだわらだから“もんだら”って呼んでた」と教えてくれて。昔の人は、籾を取ったあとの稲わらを捨てずに、たわしや草履の材料にしたり、堆肥にしたりして活用していました。SDGsという言葉が注目されるずうっと前から、循環型の生活をしていたんですね。
お母さんたちは津波に対しても、「津波は怖いけど、来たら逃げればいいんだ」「家が流されたらまた建てればいいんだ」と言うんです。自然に打ち勝とうとするのではなく、自然と寄り添って生きる姿勢や知恵を持っている。それは東北に限った話ではなくて、どこの地域にもそれぞれの生活の知恵があったはず。そういったことを伝えるツールとして、編んだもんだらを広めていきたいと思ったし、いまでもそう思っています。

お正月飾りにアレンジされた編んだもんだら。
見た目の可愛らしさから「もったいなくてキッチン用たわしとしては使えない」という声も多く、ペットボトルホルダーやクリスマスツリーのオーナメント、赤ちゃんのおもちゃやペットの歯ブラシなど、さまざまな使い方をされているといいます。そうした声が参考となり、編んだもんだらに笛や鈴を入れておもちゃにしたベビーギフトセットも誕生しました。
また、アクリルたわし以外の商品も制作しています。それは、傘の柄を包む『編ンブレラグリッパー』。猫の足、チンアナゴ、ニシキアナゴ、ツバキの4種類があります。
足立さん:つくりはじめたきっかけは、「チンアナゴやニシキアナゴの編んだもんだらはありませんか?」とお問い合わせをいただいたこと。ただ、そのままつくるのはピンと来なかったんですね。そんなときに友人宅に泊まる機会があって、ビニール傘を借りて出かけて、訪問先から帰るときになったらどれが友人の傘かわからなくなっちゃったんです。
「目印になるものがあればよかったな」と思って、友人の飼っている猫の足を参考にカバーを試作してみたら、想像以上に可愛くって。「あ、これでチンアナゴとニシキアナゴもつくれるじゃない!」と閃きました。
ユニークな編ンブレラグリッパーは発売後すぐに大反響を呼びました。チンアナゴは17色、ニシキアナゴは18色展開に。猫は白靴下と茶トラから始めましたが、「うちの猫の模様のものがほしい」という声を受けて黒猫や三毛猫、ブチなども加えました。
足立さん:オンラインショップでは決まった色・柄のものを販売しているけど、お母さんたちを放っておくと、自由でとんでもない作品がどんどんできあがるんです。猫の編ンブレラグリッパーなのに、緑と紫の水玉だったり、黄色と緑とベージュの縞々だったり。でも、ニコニコしながら「こんなのつくったんだけどどお?」って聞かれると、つい「素敵だね!」って受け取っちゃうんです。
私はもう、お母さんたちが何をしても愛おしくて、全部許しちゃうんですね。だから、在庫が溜まっていってスタッフに呆れられるんです(笑)。でも、イベントに出店すると、私と同じように面白がってくれる人がいて、そういう人たちに支えられています。
お互いの考えや選択を認め合う
震災から数年の間に、つくり手のお母さんたちを取り巻く環境は少しずつ変化していきました。
足立さん:寄木は高台に集団移転したので、そこに一戸建てを建てた人が多いですね。所有していた山を崩して家を建てた人もいます。中瀬町の公営住宅は抽選だったので、バラバラになってしまいました。南方仮設住宅の人は以前住んでいた浜の近くに建った公営住宅に入った人もいれば、登米の公営住宅に入った人もいます。
でも、お母さんたちは人を羨んだり不平不満を言ったりしないんです。羨ましいという気持ちは持っているかもしれないけど、「私はこういう条件だったからこうしたけど、あの人はこうしたんだよね」と、お互いの考えや選択を認め合う姿勢を持っているんですね。
それは編み物でも同じです。すぐに編めるようになる人もいれば、そうじゃない人もいるなかで、お母さんたちは上下をつくらず、「こうして編むといいよ」「ああこういうやり方もあるんだ」とアドバイスをしあってきました。最初は編み直しを嫌がっていた人も、「商品にするんだから綺麗につくらないとね、失敗してもやり直せばいいだけだもんね」と受け入れてくれるようになって。
活動を始めるときに、「個人個人ではなくチーム単位で取り組むこと」にこだわったんですが、そうしてよかったと思っています。本当にいい関係を築くことができました。
仮設住宅に住んでいたときと同じとは行きませんが、足立さんは“水揚げ”のタイミングで集まる機会をつくったり、それぞれの近況を伝えたりしながら、チームでありつづける工夫をしています。
足立さん:最初は仮設住宅から引っ越すタイミングで編んだもんだらも終了かなと思っていましたが、その頃にはお母さんたちも私もまったくやめる気は無くなっていました。形は変わるかもしれないけど、活動はずっと続けていきます。
この10年はお母さんたちの生活が整うように、商品を形にして販売ルートをつくって、ということに夢中だったけど、これからは「伝えること」に重点を置いて活動したい。編んだもんだらひとつひとつのエピソードや、お母さんたちの根底に流れる自然と寄り添って生きる姿勢を、応援してくれている人、商品を買ってくださった人に伝えていこうと思います。
■さざほざ
ウェブサイト:https://sazahoza.jimdofree.com/編んだもんだら
Facebook: https://www.facebook.com/sazahozasendai/
<購入方法>
楽天市場(https://search.rakuten.co.jp/search/mall/編んだもんだら)から購入できます。また、コンテナおおあみ事務所、南三陸さんさん商店街わたや、わたす日本橋、ナチュラルシューストア神宮前/吉祥寺等、美ら海水族館
でも販売しています。また、オリジナル商品を注文したい場合は、info@tometown.netまでお問い合わせください。
※取材はオンラインで行い、写真は一部を除きコンテナおおあみから提供していただきました。
2020.12.15