物語

東北マニュファクチュール・ストーリーでは、取材後に変化があった団体を再度取材し、「その後」として記事にまとめています。今回は、『ふくしまオーガニックコットンプロジェクト』のその後について、代表の吉田恵美子さんと、2019年春に独立して会社を立ち上げた酒井悠太さんにお話を伺いました。

いわきから南相馬まで、浜通り全域に広がったコットン栽培

「塩害に強く、放射性物質が土中から作物に吸収される移行係数が少ない綿花を有機栽培し、福島をオーガニックコットンの産地にしよう」ーー。『ふくしまオーガニックコットンプロジェクト』は、津波と原発事故の影響で大きな打撃を被った福島の農家を応援するために始まったプロジェクトです。2012年から栽培が始まり、2013年に事業体として『いわきおてんとSUN企業組合』が結成されました。栽培しているのは、日本の在来種である備中茶綿です。

プロジェクトの特徴は、多様な人が関わっていること。いわき市内で被災した人、原発事故によって近隣自治体からいわきに避難してきた人。避難者同士でも、故郷に戻れる人、戻れない人、戻らないという選択をした人など、状況は異なります。それぞれが複雑な想いを抱え分断が生まれる中で、コットン畑は人と人をつなぐ役割を果たしてきました。全国からやってくる援農ボランティアの存在も、コミュニティに活気を与えてくれたといいます(※詳細は前回の訪問記事をご覧ください)。

吉田さん:避難者の方々も高齢化されて、公営住宅での孤独死が報告されています。特に、高齢の男性は新しい交友関係を築くのが苦手で、避難者のサロン活動にもあまり出てこない傾向があるんです。でも、うちは畑仕事だから男性が活躍しやすくて、みなさんねじり鉢巻を巻いて頑張ってくれています。小規模でもそういう場をつくることができたことには意味があったんじゃないかな、と思います。

昨年からは、県外に避難した方にコットン畑に来てもらって、一緒に畑仕事をする取り組みも始まりました。一度外に出てしまうと心情的に戻って来づらいそうなんですが、コットンが福島に来るきっかけ、「地元で面白い動きが生まれているんだな」と思ってもらえる機会になれば嬉しいです。

2017年春に避難指示が解除された富岡町での栽培の様子。

自分のまちに戻り、コットン栽培を始めた人もいます。帰還者同士のコミュニティをつくるため、コットンを通して親しくなった援農ボランティアとの交流を続けるため、帰還者と新規移住者が一緒に過ごす時間をつくるため。太陽の下で一緒に畑作業をすると自然と会話が生まれ、仲が深まるそうです。

ふくしまオーガニックコットンプロジェクトも“浜通りコットンベルト化構想”を掲げ、福島県沿岸部でのコットン栽培を推進してきました。広野町、楢葉町、富岡町、大熊町、川内村、葛尾村、南相馬市。台風19号や新型コロナウイルス感染拡大の影響を受けて活動を停止してしまったところもありますが、オーガニックコットンの輪は浜通り全域に広がっています。

いわき市四倉上柳生では、ふくしまオーガニックプロジェクトをきっかけに地元農家が有機農法へと転換。「天空の里山」と名付けられた約1万坪の敷地内に地元住民が集まり、野菜栽培や保存食づくり、糸紡ぎに手織りなどの会が開かれるようになりました。完成したポーチなどの小物類は、環境系のイベントで販売しています。

綿花を育て、糸を紡ぎ、手織りしてつくったポーチや名刺ケース。『コットンマム』という名称で販売しています。

また、糸紡ぎに使用する道具も自分たちでつくろうと、木工職人と一緒にオリジナルのスピンドルやチャルカを開発。イベントでは、これらの道具を使いワークショップも開催しています。

前回紹介した種つきの人形『希望の種コットンベイブ』も、いわきの女性たちが製作を続けています。以前コットンベイブを製作していた広野町の女性たちは地元に戻り、ボランティアで広野町を訪れた人や子どもたちにコットンベイブのつくり方を教えています。

吉田さん:避難生活中は人にお礼を言ってばかりで、言われることは少なかったと聞きます。自分がつくったコットンベイブを手にして喜んでもらえる、つくり方を教えてありがとうと言われる。そこに生きがいのようなものを感じてくださっていたそうです。いい思い出が詰まっているから、広野に戻った後も続けてくださっているのかもしれませんね。

援農ボランティアとのつながりも、プロジェクトによって生まれたもののひとつです。これまでにふくしまオーガニックコットンプロジェクトのほ場に来た人の数は3万人以上。ただし、今年は新型コロナウイルス感染拡大の影響で首都圏のボランティアを受け入れづらい状況が続いていて、広大なほ場は地元の農家さんたちに加えて市内の男性5人のチームで管理しているといいます。

吉田さん:首都圏のみなさんからは「何とか手伝いに行きたい」という声が寄せられています。実ったコットンが土に落ちて泥だらけになっちゃうイメージが浮かんで、「あぁ、収穫に行かなくちゃ」と居ても立ってもいられなくなるって。そういう人の存在が宝物だと思っています。

毎年春に首都圏で報告会をしているんですが、今年はリモートで行いました。各ほ場からの中継を交えて、いまの様子を伝えて。これまで考えもしなかったけど、リモートにはリモートの良さがありますね。ボランティアのみなさんのなかにはこの数年で状況が変わっていわきに来ることが難しくなった方もいますが、リモートだったらそういう方々ともつながっていられるんだ、という発見がありました。怪我の功名ですね。

事業を続けていくための会社設立

ふくしまオーガニックコットンプロジェクトにとってこの数年で一番大きな変化は、酒井さんがおてんとSUNから独立し、会社を立ち上げたことでしょう。株式会社起点(キテン)という名称で、ふくしまオーガニックコットンプロジェクトで栽培したコットンを使用し、オーガニックコットン製品の企画・開発・販売を行う会社です。

酒井さん:ふくしまオーガニックコットンプロジェクトは、吉田さんの想いやパワーにたくさんの人が共感してくれて、コミュニティが形成されて回ってきました。それによって広がりが生まれたけど、次の世代にも続いていく事業にするには、地に足の着いた体制を整えないといけない。僕たち30代の感性で組織づくり・ものづくりをすることが必要な時期なんじゃないかと思いました。

コットン栽培やコットンを使った地域内での手仕事は、これまで通りふくしまオーガニックコットンプロジェクトで担当。キテンはプロジェクトの中で生産されたコットンを買い取り、パタゴニアやLUSHなどの企業とのものづくりと、オリジナルブランド『SIOME』の展開を行うという位置づけです。

親潮と黒潮がぶつかる福島近海の豊かな漁場“潮目の海”がブランド名の由来。

酒井さん:キテンでは、ふくしまオーガニックコットンプロジェクトのコットンをkg 3000円で買い取っています。これはインドのオーガニックコットンの約十倍の価格ですが、それでも栽培の手間を考えると割に合わない価格です。農家さんたちは、風評被害によって作物が売れない時期にプロジェクトを通して人とのつながりが生まれたこと、グローバル企業に採用されるような誇れるものを生産できたことを喜んでくれました。いまでもそこにやりがいを見出して取り組んでくれていますが、このままでは若い人が続いてくれない。品質やデザイン性を高めて製品の売上を伸ばしていくことで、少しずつでも買取価格を上げていくことを目標にしています。

いわき市四倉町大野地区にあるキテンの自社ほ場。

また、80アールの遊休農地を借り、自社管理によるコットン栽培も始めました。援農ボランティアが減っても事業を続けていける体制をつくるため、そして生産するコットンのオーガニック認証を取るためです。

酒井さん:日本には綿花の有機認証をしてくれる第三者機関がなく、ふくしまオーガニックコットンプロジェクトの綿花も厳密には“オーガニックコットン”と名乗ることができないんです。品質表示の際も、“福島で有機栽培した備中茶綿”と記載しています。

海外の認証機関を招いて審査してもらうのに、僕たちのほ場だけで数十万円かかる見込みです。それでも、国際的なオーガニック基準には沿って栽培しているのに堂々とオーガニックを名乗れない状態は悔しいし、有機栽培の綿花を扱う企業の責任も考えて、取ってやろうじゃないかと。いまはコロナの影響もあり、移動に制限があって難しいと言われているんですが、ある程度収束したら審査に来てもらうことになっています。審査が通ったら、日本初の認証済み国産オーガニックコットンが名乗れるかもしれません。

メインで栽培を担当しているのは、おてんとSUN企業組合を立ち上げから支えてきた金成清次(かなり・せいじ)さん。2人は中高の同級生で、酒井さんをおてんとSUNに呼び込んだのも金成さんです。

金成さん:2012年からコットン栽培に関わってきましたが、これだけの広さのほ場を少人数で管理するのは初めての経験で、想像していた以上に重労働でした。でも、畑作業は基本的に楽しいし、日当たりの悪い僻地でもこれだけ成長するんだ、と手応えを感じています。いわき市内にも耕作放棄地がたくさんあるので、可能性がありますね。

ふくしまオーガニックコットンプロジェクトは全国の人に応援してもらってきたけど、地元の認知度はあまり高くありません。ちょうどコロナ禍で県外から人を呼びづらい状況なので、最近はいわき市内の人を対象にした収穫体験を受け入れています。福島で和綿が有機栽培されていることを誇りに思ってもらえたらいいな、自分が栽培に関わったコットンを結婚式の引出物などの贈答品に使うような文化が生まれるといいな、と思っています。

現在『SIOME』では手ぬぐいやタオル、マスクを販売しています。今後は服づくりに取り組むそうで、Tシャツやストール、ニット製品を開発中。ゆくゆくは、ジーンズをつくるのが目標とのこと。

備中茶綿の味のある風合いがよくわかる手ぬぐい。

オーガニックコットンを草木染めしたパイル生地のハンドタオル。

注染加工の際ににじみが発生し販売できなくなった手ぬぐい生地を中布として使い、生成り生地で挟んだ三層構造のマスク。肌触りが良く、何度も洗って使えます。

商品における備中茶綿の混紡率は5〜10%で、ほかはインドやトルコのオーガニックコットンを混ぜています。栽培農家や加工する工場の利益を守りながら備中茶綿100%で商品をつくると高額商品になってしまい、多くの人に届けられなくなってしまうからです。

酒井さん:備中茶綿から紡いだ糸は優しい生成り色で、少量でも全体の色味や風合いにぐっと深みが出ます。でも、生産背景を知らない人が見たら、「なんだ、10%しか入っていないんだ」と思ってしまうかもしれない。そこは常にジレンマを抱えています。

混紡率を上げていくという目標もあるけど、最終価格を下げるために生産者や加工者に無理強いをしたり、海外で大量生産したり、といったことはしたくない。コロナで3月頃にマスクが一気に無くなって、国内に繊維産業が残っていないとまずいと実感した人もたくさんいると思うんです。そういった想像を巡らせて物を選ぶ基準を持っている人たちに届く商品づくりが理想です。「ちょっと高いけど質がいいし、使い心地が良さそうだな」と選んでもらえるものづくりをしていきたい、と思っています。

多大な環境負荷や健康被害を出しながら栽培されたコットンを使い、海外の低賃金労働に支えられて生産された衣類と、有機栽培されたコットンを使い、誰も搾取せずに国内で生産された衣類とでは、価格に大きな差が出ます。日本の繊維自給率0%、衣料品自給率3%以下という数字が、この差を埋める難しさを物語っています。

とはいえ、お説教をして買ってもらうのは本意ではない、商品の魅力で選ばれるようになりたい、というのがキテンのスタンス。買う人も含めて、関わる人みんなが健やかでいられるものづくりを模索しています。

“循環”を表現したキービジュアル。左下の人は、コットンの生産者、加工業者、消費者を表しています。

酒井さん:キテンの理念は、「地域の記憶に残る生業をつくる」というものです。関わる人たちにとって、地域にとって、この時代にとってどういう企業であるべきかを常に考えながら、自分たち自身が主体性を持って楽しんで仕事をしたい。たくさんの方に支えられてここまでやってこられたので、期待に応えられるものづくりを続けていきたいですね。

ちなみに、吉田さんは長年一緒にプロジェクトに取り組んできた酒井さんたちの独立をどう捉えているのでしょう。少し寂しい気持ちもあったりするのでしょうか。

吉田さん:とんでもない。だって酒井くん、「吉田さんや自分がいなくなったら終わってしまうプロジェクトにしたくない」って言ってくれたんですよ。「地域に根づいて、続いていくものにしたい」って。こういうプロジェクトって後に続く人がいなくて尻すぼみになりがちだけど、酒井くんたちは熱意を持って取り組んでくれました。その分ね、衝突もしましたよ。お互い自分の考えがあるもんだから、もうぶつかるぶつかる(笑)。でも、そうやって意見を言い合えたのがよかったのかもしれません。

プロジェクト全体の栽培は渡辺健太郎くんという若者が担おうとしてくれているし、これで世代交代していけるな、と安心しています。私たちの世代だけではできなかったことも実現できるだろうと期待しています。本当にメンバーに恵まれました。

長年地域活動をしてきた吉田さんに、震災までは地域のことなんて考えていなかったという酒井さんに。「福島をオーガニックコットンの産地にする」という旗のもと、運営メンバーも多様な人が集まり、プロジェクトを前に進めてきました。今後も形を変えながら、ふくしまオーガニックコットンプロジェクトは続いていきます。

吉田さん:震災はたくさん人の人生を変えましたね。新しい一歩を踏み出せた人もいれば、前を向けなかった人もいます。そのことを忘れちゃいけないし、だからこそ震災によって生まれたこと、変われたことを大事にしないといけないんじゃないかな。来年で震災から10年の区切りを迎えますが、わたしたちには10年の後もきちんと、伝えていく使命があるんじゃないかと思っています。

●ふくしまオーガニックコットンプロジェクト
KiTENウェブサイト:http://kiten.organic/
NPOザ・ピープルウェブサイト(吉田さんが代表を務める地域団体):https://npo-thepeople.com/organic-cotton-pt/

<購入方法>
SIOMEの商品はオンラインショップから購入可能です。
https://www.iichi.com/shop/fukushima-siome

コットンベイブや地域の女性たちがつくる手織り商品の一部は、いわきら・ら・ミュウ、道の駅よつくら港、いわき湯本温泉古滝屋で販売しています。コットンベイブはザ・ピープルウェブサイトから問い合わせて購入することもできます。
https://npo-thepeople.com/shop-2/

2020.9.18