物語

東北マニュファクチュール・ストーリーでは、取材後に変化があった団体を再度取材し、「その後」として記事にまとめています。今回は、『HARIOランプワークファクトリー小高』から始まったオリジナルブランド『iriser –イリゼ- 』や、避難指示が解除となって4年が経過した現在の小高について、小高ワーカーズベース代表の和田智行さんにオンラインでお話を伺いました。

“虹色に輝かせる”新ブランド『iriser -イリゼ-』

南相馬市小高区は、福島第一原子力発電所事故を受け、全区域に避難指示が出されたまちです(2016年7月に解除)。小高で生まれ育った和田智行さんは、2014年に「地域の100の課題から100のビジネスを創出する」という理念のもと株式会社小高ワーカーズベースを創業し、コワーキングスペースや食堂、スーパーなどまちの再興に必要なものを形にしてきました。その流れの中で、「若い女性が働きたくなる場所をつくろう」と立ち上げたのがHARIOランプワークファクトリー小高です。(詳しい物語はこちら:http://www.tohoku-manufacture.jp/story/067_story_first.html

食堂『おだかのひるごはん』と仮設スーパー『東町エンガワ商店』は役割を終えて終了。小高駅前で運営していた小さなコワーキングスペースは、後述する『小高パイオニアヴィレッジ』へと 生まれ変わりました

5人の女性職人が働くHARIOランプワークファクトリー小高

2015年の設立以来、東京・日本橋に本社を置くガラスメーカー、HARIOランプワークファクトリー社のガラスアクセサリーを製作してきましたが、技術の向上と共に職人たちは「自分たちらしい商品をつくりたい」と考えるように。HARIOランプワークファクトリー社もそれを応援し、2018年にオリジナルブランド『iriser -イリゼ- 』が誕生しました。フランス語で “虹色に輝かせる”という意味で、「使う人とつくる人、双方の暮らしに彩りが加わり輝けるように」という想いが込められています。

小高区が小高町だった頃の“町の花”である紅梅をモチーフにした『おだかうめ』

千年以上続く祭礼・相馬野馬追の馬をイメージした『ていてつ』

サーフィンが盛んな南相馬の風と海を表す『オフショア』

光り輝く無限大の未来を想う『アンフィニ』

「人生で関わってきた人たちがいまの私を形成している」ことを表現した『コミュニティ』

ブランドリリース時のラインナップは、『おだかうめ』『ていてつ』『オフショア』の3シリーズ。職人たちがアイデアを出し、HARIOランプワークファクトリー社がデザインしました。『アンフィニ』は、iriserの工房内で定期的に開催しているデザインコンペから生まれた商品。『コミュニティ』は、「虹のように多様な人が関われる工房にしたい」という想いを形にすべく、デザイナ―を外部から公募しました。今後もバリエーションを増やしていく予定です。

アクセサリーだけではありません。2020年3月には、iriser初のテーブルウェア製品としてガラスストローを発表しました。

和田さん:原発事故の避難区域となった小高区には、「持続可能な社会をつくるために必要なことは何だろう?」という問いを持っている人が多いんです。プラスチック削減の流れに貢献できればと思い、5種類の柄のガラスストローを製作しました。ただ、飲食店向けに販売したいと考えていたんですが、コロナの流行により使い捨てが好まれるようになってしまって。でも、脱プラスチックも大事なことですし、ご自宅用に購入してくださる方もいるので、引き続き取り組んでいけたらと思っています。

らせん、ドット、チェック、ストライプ、グラデーションの5種類

まちの開拓者を増やす。『Next Commons Lab南相馬』と
『小高パイオニアヴィレッジ』

前回取材に伺ったのは2016年6月、小高区の避難指示が解除になる1ヶ月前でした。解除後、震災時の居住人口12842人の1割強が帰還。その後は毎月100人ほどのペースで人口が増え、2020年6月時点の居住人口は3750人となりました。ただ、この1年ほどは人口増が止まり、横ばいが続いている状態です。震災前に小高に住んでいた住民のうち、戻る意志のある人はほぼ戻ったと見るべきでしょうか。今後は、外からの移住者や関係人口、活動人口を増やすことが重要になると思われます。

以前取材したとき、「小高はすべてが一度ゼロになったのでしがらみがないし、 “何もしなければ町が消滅してしまう”という危機感があるので、若者の挑戦をみんなが応援してくれる。まちを自分たちの手で開拓し面白くしていく、そのプロセスを楽しめる人に仲間になってもらいたい」と話していた和田さん。まさにいま、開拓者を増やすための取り組みをしています。それが2018年にスタートした『Next Commons Lab南相馬』。Next Commons Labとは、地域おこし協力隊制度を活用して起業家を育成し新たな事業を創造するプラットフォームで、全国12の地域で採用されています。

和田さん:当時の副市長から、「小高の復興のために地域おこし協力隊を受け入れようと考えているんだけど、どう思う?」と相談を受けて、漠然と田舎に移住したいと思っている人よりも、自分で事業をつくりたいという意欲を持った人に来てもらうほうがいいんじゃないかと考えたんです。それで、一足早くNext Commons Labを取り入れていた遠野を副市長と一緒に視察して。遠野で活動する若者の様子を見て、副市長は「うちでもやろう」と即決してくれました。

行政とプレイヤーの距離が近く、相談しながら一緒にまちをつくっていける……このエピソードそのものが、小高というまちの魅力を物語っていると感じました。Next Commons Lab南相馬ではいま、相馬野馬追のために飼われている馬のシェアリングサービスや、ブリューパブ(醸造所兼バー)を通したコミュニティづくりなど、いくつものプロジェクトが進行しています。

海辺で馬に乗ってコスプレ撮影できるユニークなサービスの構想も出ているそう

2019年3月には、宿泊機能つきのコワーキングスペース『小高パイオニアヴィレッジ』がオープンしました。長期滞在可能で、休暇を楽しみながらテレワークする「ワーケーション」も積極的に受け入れています。地元のプレイヤーやNext Commons Lab南相馬のメンバーと、外から来た滞在者とがお互いに刺激を与え合う場所になっている様子。震災後に和田さんが思い描いた新しい小高の風景が、一つひとつ現実のものとなっています。

分断と不安、予測不能な未来にどう向き合うのか

2020年春、新型コロナウイルス感染拡大により日常は様変わりしました。長年営んできた生業が続けられなくなった人もいれば、感染拡大を気にして地元に帰れずにいる人もいます。さまざまな形で分断が生まれ、感染者や感染リスクの高い職業に就いている人が差別にさらされる事態も。こうした状況は、2011年の原発事故以降、小高をはじめ避難区域となったまちの人々が体験してきたことに近いのではないでしょうか。

生活音が聞こえてこず、不思議な静けさに包まれていた避難指示解除前の小高

和田さん:まさにそうですね。あのときと同じ分断が起きているなと感じます。僕らも長いこと故郷に帰れなかったし、避難した先で「福島県民お断り」といった扱いを受けることもありました。いまは東京などの感染者が多い都市に住んでいる人が避けられていますよね。僕自身、東京から来た人に対して少し身構えてしまうところがあって、「自分と同じような想いを相手にさせていいのか」というモヤモヤを感じていて……。でも、相手がちゃんと対策を取っていることがわかると、怖いという気持ちはなくなります。

小高パイオニアヴィレッジは4、5月の2か月間休業していましたが、6月から感染防止対策をした上で営業を再開しました。そうしたら、リモートワークができるようになった東京の会社員や、海外留学や夏休みの予定が無くなった大学生・高校生がその代わりにと小高に長期滞在してくれるようになって。

地域の方全員が、それを快く思っているわけではないと思います。それでも、やっぱり人口が少ない地域だから、人が集まることを喜んで応援してくれる人が多いんです。都会から来た高校生の子は、長く滞在するうちに近所の魚屋さんと仲良くなって、家に上がって朝ごはんをご馳走になっていました。

感染防止策を適切に取りながら都会で暮らしている人もいれば、コロナ禍でも意識や行動を変えずに田舎で暮らしている人もいます。「都会の人だから/地元の人だから」と一概に判断するのではなく、相手の衛生意識や行動様式、周辺環境や時期をもとに総合的に判断する柔軟さやバランス感覚を持つことが必要なのでしょう。

和田さん:僕たちが原発事故で学んだのは、「ゼロリスクはありえない」ということです。放射線量がゼロなんていう地域はありません。だから、納得が行くまで調べて、自分の中で「この数字だったら安心できる」という基準を持って暮らしてきました。やみくもに安全だと思い込むのでもなく、やみくもに危険視するのでもなく。

コロナに関しても、感染のリスクを完全にゼロにすることはできません。国や地方自治体の要請には従った上で、自分はどういう状況だったらどれくらい人と距離を置くのか、どれくらい活動を制限するのか、自分でルールを決めて最大限の行動を取ることが大事なんだろうと思います。

ただ、「どうしてもゼロじゃないと不安だ」という人に対して、どうコミュニケーションを取り、どうやって経済活動を両立させていけばいいのかは、相変わらず難しい課題だなと感じています。

原発事故後、放射能を恐れるあまり福島で暮らす人のことまで批判する人を目にしました。すべての人とわかり合うことは難しいし、乗り越えられない分断も存在すると思います。それでも、自分が何をどう考えるのかを伝えることで、落としどころが見つかったり、理解や共感が得られたりすることもあります。臆することなく自分の考えを発信し行動に移してきた和田さんのもとには、「一緒に未来をつくっていきたい」と志す仲間が何人も集まりました。

和田さん:取引先の休業に伴いガラス工房も5月の間は生産をストップしていたんですが、職人たちが「自分たちにいまできることはないか」と考えて、ガラスのマスクフックを製作したんです。南相馬市立総合病院の先生に相談し、350個寄付しました。「医療現場で使用できなくても、プライベートで使ってもらえたらいいね」「明るい気持ちになってくれたらいいね」と、職人が自分たちでデザインを考えて、一つひとつ手づくりしてメッセージを添えて。気持ちを形にして贈ろうと考えて、実際に行動に移す職人たちのことを、とても誇らしく感じました。

フックをマスクのゴムに掛けて後ろで留めれば、長時間マスクを着用していても 耳に負担が掛かりません。ヘアゴムとして使うこともできます。※非売品

コロナによって当たり前のように続いていくと思っていた日々が失われ、この先社会がどんな方向へ向かっていくのかがわからず、強い不安や戸惑いを感じている人も多いと思います。和田さんや小高のみなさんは一足早く同じ状況に直面し、自分自身は何を大事にしたいのか、どんなまちを、どんな社会をつくっていきたいのかを考え、自分にできることを実行してきました。そのしなやかで逞しい姿勢から、いま、学べることがたくさんあるのではないでしょうか。

年に撮影したJR小高駅構内

和田さん:原発事故を経験して、「確実な未来なんてものはない」と痛感しました。それからずっと「想定外のことが起きてこれまでの常識が通じなくなるかもしれない」という前提を持ちながら物事を進めてきたので、コロナでもあまり動揺はしていません。逆に、変化に乗じて何かこの地域にとってプラスになるようなアクションができるんじゃないか、と考えています。

今回、長時間の電車通勤とか働き方とか、多くの人が「変えたいけど変えられない」と思い込んできたものがあっさり変わりましたよね。それに対して、元に戻したいと思う人もいれば、変わった先の世界に踏み込んでいこうと考える人もいます。後者の人がいま小高に目を向けてくれていて、Next Commons Lab南相馬の説明会は参加者が大幅に増え、小高パイオニアヴィレッジも9月末まで宿泊予約が埋まっています。

予測不能な社会を生き抜くために必要なのは、自分で道を切り拓く力だと思っています。そしてそれは、安定した環境ではなかなか身につかないものです。地方はないものがたくさんあって大変だけど、だからこそ自分たちでつくれる余白があるし、小さく始められるから失敗しても大きなダメージを負わなくて済む。もし、これを機に生き方や暮らしを変えたいと思っている人がいたら、地方に目を向けてみたら面白いんじゃないかな、とお伝えしたいです。

■アトリエiriser
ウェブサイト:https://iriser.owb.jp/
Facebook:https://www.facebook.com/iriserodaka
twitter:https://twitter.com/iriser9
Instagram:https://www.instagram.com/iriser_odaka/

■小高ワーカーズベース:https://owb.jp/
■Next Commons Lab南相馬:http://nextcommonslab.jp/minamisouma/
■小高パイオニアヴィレッジ:https://village.pionism.or.jp/

<商品の購入方法>
iriserウェブサイトから購入することができます。
https://iriser.owb.jp/category/item/itemgenre/series/

※取材は新型コロナウイルス感染拡大を防ぐため、オンラインで行いました。
※HARIOランプワークファクトリー小高の設立経緯は、2019年3月に発売した書籍『復興から自立への「ものづくり」』でも紹介しています。

2020.8.11