物語

東北マニュファクチュール・ストーリーでは、取材後に変化があった団体を再度取材し、「その後」として記事にまとめています。今回は、『南三陸YES工房』事務局長の阿部忠義さんに、オンラインでお話を伺いました。
「ソーシャレ(創洒落)デザイン」で、楽しみながらつくる
YES工房は、南三陸町役場に勤めていた阿部忠義さんが、東日本大震災後ボランティアで南三陸に来た人たちに背中を押されて立ち上げた工房です。東北マニュファクチュール・ストーリーで最初に取材したのは2013年夏で、当時は「オクトパス君」を中心に紹介しました。“置くと”試験に“パス”する合格祈願グッズで、タコの名産地・南三陸町のゆるキャラでもあります。(前回の記事はこちら:http://www.tohoku-manufacture.jp/story/015_story_first.html)
文鎮をはじめ、文房具、ぬいぐるみ、ストラップなどさまざまな商品を展開していますが、実はYES工房ではオクトパス君グッズ以外のものづくりも行っています。
そのひとつが繭細工です。南三陸の入谷地区では伊達藩の頃から養蚕が始まり、入谷の絹は1900年にパリで行われた万国博覧会で“世界最高の生糸”と認められました。そうした歴史文化を伝承しようと、震災で仕事を失った女性たちが繭を使ったものづくりを始めたのです。
繭細工チームの名称は『cocoon(コクーン)』。繊細なあじさいのブローチ、ころんとした繭の形を活かした起き上がり小法師など愛らしい商品を日々生み出しています。2012年、2013年に南三陸を訪問してくれたくまモンの繭人形もつくりはじめ、2016年の熊本地震後は1個の売上につき300円を義援金として寄附するようになりました。
もうひとつが、南三陸の間伐材を使った木工です。南三陸町の面積の7割以上は森林ですが、木材需要の低下から山は荒廃していました。けれど、津波から残されたのもまた山だったのです。
YES工房ではレーザー加工機やCNCルーター、UVプリンタなどのデジタル工作機を導入し、複雑な模様が施された小物から家具・什器といった大きなものまでさまざまなものを製作。オリジナル商品の販売だけでなく、ノベルティグッズの製作請負、体験ワークショップの受け入れ、最先端の機材を利用できるシェア工房『FabLab南三陸』の運営も行っています。
“阿部さん:最近では、組んでばらすことができる木組み工法の家具や什器づくりに力を入れています。金具を使っていないから、解体しても木材が傷まず再利用できるんですよ。地域のおばあちゃんから、「うちの家はどこそこの家をふぐした(解体した)木材で建てたんだ」という話を聞いたことがあります。昔はゴミや産業廃棄物なんて出なかったんですね。
いまは便利な社会になったけど、効率ばかり重視されてものへの愛着は薄れ、環境問題も深刻になってきているでしょう。震災でさまざまな経験をして、やっぱり自然と共生する社会じゃないとだめだと思いました。この木組み工法をもっと広めて、店舗やイベントに使える什器やみんなで遊具をつくるワークショップなど、いろいろな提案をしていきたいと考えています。”
オクトパス君グッズ、繭細工、木工のすべてに共通するのが、南三陸町にゆかりのある素材やモチーフを使っていること、社会や地域のことを考えながらものづくりをしていること、そしてユーモアを大事にしていること。「ソーシャルデザイン」(社会課題を解決するモノやサービス、仕組み)ならぬ「ソーシャレ(創洒落)デザイン」だと阿部さんは語ります。
“阿部さん:売れる商品をつくるって難しいことだし、売上が下がっていくとみんなどうしても「無駄な動きはできないぞ」と慎重になっていくんですよね。それでだんだん無難なものばかりになっていく。でも、つくる方が楽しんでないと消費者に伝わっちゃうんですよ。だからスタッフにはいつも、「楽しみながらものづくりをしよう」と言っています。”

綺麗な五角形と数字の5を書ける「5を書く(合格)」定規に、片面に5、片面に9が彫刻された「5か9(合格)」キーホルダー。くすっと笑える合格祈願グッズです。

メガネを置くのが楽しくなるひげ型スタンド。

早く食べたい気持ちを動物たちが抑えてくれるカップ麺ホルダー。ネコ、イヌ、サル、ナマケモノの4種類。
アマビエグッズにマスク、飛沫防止パネルにオンラインツアー。
いまできることを考える
そんなYES工房ですが、新型コロナウイルス感染拡大の影響はどうなのでしょうか。
阿部さん:交流体験事業に力を入れてきたから、直撃ですね。グループ企業的な位置づけの宿泊施設いりやどは宿泊客が95%減。キャンセル6千人で約5千万円の減収です。YES工房の商品も南三陸町内の売上は80%減。自粛解除後、週末は仙台など近郊のお客さんが南三陸さんさん商店街に来てくれるようになったけど、県内の人はお土産を買ってくれませんから。
実は、令和元年に大きな投資をしたんです。南三陸は海も山もあって色々な自然体験ができるけど、雨が降ると行き場がない。天気に左右されずに楽しめる体験を整備すれば修学旅行などの受け入れがしやすくなると考えて、廃校になった中学校の体育館を借りて改修し、百人規模のものづくり体験を提供できるようにしました。
実際に学校からの評判も良くて、去年は2000人受け入れました。今年は3000人を見込んでいて、5月だけで800人の予約があったけど全部キャンセル。手応えを感じてきたところだっただけに痛いですね。
でも、転んでもタダでは起きないのがYES工房のみなさんです。疫病を抑えるとされる妖怪アマビエのグッズやオクトパス君マスクなど、時流を捉えた商品を次々発表し話題を呼びました。
ゆめ多幸鎮オクトパス君(文鎮)のアマビエバージョン。複雑な模様をひとつひとつ手作業で描いています。
ホタテ貝の木製台座に鎮座する繭細工のアマビエちゃん。台座から下ろすと起き上がり小法師になります。
ぱっと見は水玉ですが、よく見ると……? 豆絞りとサラシを三重構造で縫い合わせたオクトパス君手ぬぐいマスクは発売から数分で完売しました。再販する度に注文が殺到する人気商品となっています。
同じ南三陸町で電子部品やバッグをつくっている『アストロテック』とコラボした夏用接触冷感マスク。縫製はアストロテックで行っています。
携帯に便利な折りたたみ式マスクケース。飲食などでマスクを外したとき、テーブルにそのまま置かず収納できるので衛生的です。
木製枠の飛沫防止パネル。木組み工法なので持ち運びするときや使わないときは解体することもできます。
また、今月から来月には、コロナの影響で交流や外出の機会が減り生活不活発病予備軍となっている復興住宅の住民に向けて、マスクづくりなど少人数制のワークショップを提供する予定だといいます。
阿部さん:遠方の方向けには、オンラインものづくり体験ツアーはどうだろうと考えています。スタートはさんさん商店街で、ワゴン車で山に向かいながら参加者のみなさんに自己紹介してもらうんです、オンライン上でね。
山ではドローンなんかを使って全景を紹介しながら林業家に山の歴史を聞いて、製材所では山から伐りだした木が木材になっていく過程を教えてもらう。YES工房ではいよいよものづくりに挑戦。事前に木工キットを送っておいて、モニター越しにアドバイスしたり質問を受けたりしながら、テーブルや椅子を組み立てていくんです。在宅ワークの人が増えているから、木組み工法で部屋とか小屋をつくってもいいですよね。
オクトパス君もね、タコカレーをつくりたいと思っているんですよ。コロナ禍で外食が控えられているから、家で楽しめるようにレトルトで。それで、タコって生臭いから、燻製にするんです。そうすると「“オクトパスくん”せいカレー」になるでしょう(笑)。合格祈願カレーとして、受験生の夜食にしてもらえたらいいなって。
いつも「次はどんなことを仕掛けようか」と考えていて、新しいアイデアや哲学をいきいきと語ってくれる阿部さん。コロナ禍でもその姿勢に変わりはありませんでした。
阿部さん:YES工房でも10人雇用しているから、とにかくやれることは全部やらないと。大変だけどお涙頂戴的なことはしたくないし、社会実験になるようなことを前向きに仕掛けていきたいんですよ。まあ、言うだけなら簡単で、実際に形にするのは大変なんですけどね。ただ、振り返ってみると震災後に「こんなことができたらいいな」とイメージして口にしてきたことは、大体実現してきています。いろんなことを考えて試していけば、今回も何とかなるんじゃないかと思っています。
<ウェブサイト>
南三陸復興ダコの会(オクトパス君)
http://ms-octopus.jp/
YES FACTORY(木工部)
https://yes-factory.jp/
cocoon(繭細工)
http://ms-octopus.jp/cocoon/
南三陸まなびの里いりやど
https://ms-iriyado.jp/
<購入方法>南三陸YES工房(宮城県本吉郡南三陸町入谷字中の町227)や南三陸さんさん商店街、また以下のオンラインショップから購入することができます。
http://ms-octopus.xb.shopserve.jp/
https://minne.com/@cocoonworks
https://creema.jp/c/ms-cocoon
https://www.amazon.co.jp/s?me=A1SCOUGZQZJCQB&marketplaceID=A1VC38T7YXB528
*YES工房の物語は、2019年3月に発売した書籍『復興から自立への「ものづくり」』でも紹介しています。
※取材は新型コロナウイルス感染拡大を防ぐためオンラインで行いました。掲載している写真はYES工房からご提供いただいたものです。
2020.7.13