物語

「蚕種づくりから養蚕、真綿づくり、糸紡ぎ、織りまで、すべての工程を県内で一貫して行えるのは福島だけなんです」。自然素材を使ったものづくりをしてきた『工房おりをり』の鈴木美佐子さんは、東日本大震災後、福島伝統の絹に着目。地元の女性たちと一緒に、真綿を使った洗顔パフシリーズ『mawata bijin』を開発しました。

原発事故後の福島で、誇りを持って次の世代に伝えられるもの

鈴木さんは20代から織物を学び、2001年、42歳のときに福島市で『工房おりをり』を開設しました。糸紡ぎや草木染め、織物、羊毛クラフトなどの講習や作品制作を行う工房です。長年自然素材に親しんできましたが、その中でも絹に力を入れるようになったのは、震災がきっかけだったといいます。

鈴木さん:当時は原発事故の影響で、福島の食べ物が全部敬遠されてしまったんですね。米もだめ、果物もだめって。じゃあ私たちが次の世代に誇りを持って伝えられるものって何だろうと考えたときに、絹の文化だと思いました。

福島市や伊達市などをはじめとする福島県北は、絹産業で栄えた地域です。阿武隈川流域は古くから養蚕が盛んで、伊達市保原町でつくられる真綿は袋状の形と質の高さから「入金(いりきん)真綿」と呼ばれてきました。福島市・伊達市に隣接する川俣町は薄手の絹織物の産地として有名で、1880年代から海外への輸出も行っています。

それまでもものづくりの素材として絹を扱ってきた鈴木さんですが、より深く知るために養蚕から手がけることを決意。保原町の冨田蚕種製造所から卵を分けてもらい、福島市内の桑畑を借り、蚕を育てはじめました。

鈴木さん:子どもの頃、母親の実家近くでお蚕さまを育てているところがあったんだけど、怖くて気持ち悪くて。とても触れなかったし、まさか自分が養蚕をやることになるなんて夢にも思いませんでした。最初の1〜2年は悲鳴を上げながら育てていたけど、いまは可愛いって思います。大好きとまではいかないけど、何年もやっていると愛おしくなるものですね。

手仕事だから、真綿の特性を最大限に活かすことができる

成長した蚕は、糸を吐き出して繭になります。それを煮て引き伸ばし、乾燥させたものを真綿といいます。プロジェクトが始まった当初、鈴木さんは真綿から手紡ぎした糸を染めて着物やストールを織っていましたが、高価になりすぎるためなかなか多くの人に届けることができません。そこで、柔らかく保温性・保湿性に優れた真綿の性質を活かし、洗顔パフをつくることにしました。

手で紡ぐことで繭糸本来の極細繊維を活かした柔らかな糸となり、手で織ることでその柔らかさを保つように密度や厚みを調整できます。試作を重ね、真綿の特性を最大限に活かした、手仕事ならではの洗顔用品が完成しました。

真綿のスカートで優しく顔を洗える洗顔クロス。持ち手部分は顔や手のツボ押しにも使えます。

持ちやすいパフ型。赤いバンドがついていて、手にはめて洗えます。

シリーズでもっとも柔らかい肌触りの洗顔ミトン。リピーターに一番人気の商品です。

太い糸で厚みを出して織ったボディミトン。顔や首、全身に使えます。

鈴木さん:洗顔クロスは、『mawata bijin』のシンボルになるものがほしいと思ってつくりました。持ち手のモチーフは、福島市が誇る土湯こけし。福島のヒノキを地元の福祉作業所で削ってもらい、絵付けは土湯のこけし工人にお願いしています。こだわってつくったから、こけし部分だけで原価が高くなっちゃった。でも、福祉作業所で働く人たちに完成品を見せたら、「こんな風になるんだ」ってすごく喜んでくれて。お願いしてよかったと思いました。

どの商品にも共通するのが、真綿をふんだんに使っていること。真綿は人の肌にきわめて近いアミノ酸がたっぷり詰まったタンパク質でできているため、敏感肌でも安心して使えます。泡立てた洗顔料をなじませて肌を撫でると、細く柔らかな糸が余分な角質を優しく落としてくれます。

鈴木さん:使ってくれた方からは、「小鼻の黒ずみが綺麗になった」「硬かった眉間が柔らかくなった」「化粧ノリが良くなった」「背中や首のポツポツ、ザラザラが消えた」と、想像以上に良い感想をいただきました。エステティシャンの方は、「唇が一番わかる」って言っていましたね。軽く撫でると、綺麗に甘皮が取れてつるつるになるって。人から教えていただくことの方が多くて、勉強になっています。

シルクのマスクでコロナ禍を乗り越える

洗顔パフは2016年から少しずつ世に出していきましたが、より魅力が伝わるようにデザインや規格を整え、2020年2月から『mawata bijin』として本格的に発売を開始しました。日本最大級の生活雑貨国際見本市『東京インターナショナル・ギフト・ショー2020』でも大きな反響があったといいます。

鈴木さん:いよいよこれから売り出していこう、というタイミングで新型コロナウイルスが流行しちゃって。販路も広げられないしイベントもできないでしょう。がっかりしてひとりで畑仕事や草木染めをしていたんですが、ハッと『mawata bijin』をつくってくれている地域の女性たちや教室の生徒さんたちに手仕事を提供しなくちゃ、と気がついたんです。それで、いま世の中に足りていないマスクをつくることにしました。もともと寝るときに口元を乾燥から守ってくれるシルクのマスクをつくりたいと考えていたし、いい機会だと思って。

肌に触れる内側は川俣産の絹、外側は滑りが良くゴミやホコリがつきにくい川俣産のサテンを使い、中には綿100%の晒しを入れることに。絹は素早く汗を吸い熱を放出するので、暑い時期でも心地よく身につけることができます。紙の使い捨てマスクを使用し肌が荒れてしまった人から「早くほしい」という声を受け、鈴木さんは大急ぎで試作。材料をセットしてつくり手に送りました。

鈴木さん:品薄状態になっているゴム紐も運良くいただくことができたんですよ。でも、30cmずつカットしたら、次の日には4センチも縮んでたの! きつく巻いてあったから、伸びた状態だったんですね。短くなってしまったゴム紐を無駄にするのはもったいないから、普通サイズのマスクのほかに幅広サイズのマスクもつくることにしました。カバーする面積が増える分、シミ予防になっていいかもしれません。失敗は成功の母ですね。

つくり手にはオンラインで縫い方を教えていますが、パソコンやスマホの操作に慣れていない人も多く、ハプニング続きなのだそう。「新しいことに挑戦するって面白いですよね。笑いが絶えないんですよ」と、鈴木さんはおおらかに話します。

鈴木さん:いまの状況って、震災後に似ていますね。あのときも自粛が続いて、みんな不安を感じていました。でも、手仕事をすることで元気になれたんです。浜通りから福島市に避難してきた女性たちには、糸紡ぎや草木染めを無償で教えていました。技術を身に着けると前に進んでいると思えるし、避難指示が解除されて地元に戻ったときに、手仕事の輪が広がるかもしれないでしょう。

先が見えない状況でやることがないと気持ちは沈んでいくけど、手を動かすことで上向きになる、みんなで楽しむきっかけになる。手仕事ってそういうところがあるな、と思います。

最初につくった数十枚のマスクは病院に寄付をして、4月末からオンラインショップで一般販売を始めました。使用者の意見や感想を聞きながら、アップデートしていく予定です。

若い人のアイデアやセンスを取り入れて

商品開発と並行して、鈴木さんは講演やワークショップを通して絹や手仕事の魅力を伝える活動にも熱心に取り組んできました。2018年にシチリアの大学を訪問したときは、「福島に人が住んでいて大丈夫なのか」というイメージを持っていた学生が、自然素材を使った昔ながらの手仕事という点に関心を抱き、耳を傾けてくれたといいます。

鈴木さん:震災や原発事故を経験して、手間ひまを惜しまずものづくりをすることは間違いなく大切だなと思いました。便利さだけを追求したり、何でも使い捨てにしたりするんじゃなくてね。自然が与えてくれるものに感謝すること、誰かを想って丁寧につくること、良いものを長く大切に使うこと。そういうことが見直されてきているんじゃないでしょうか。

福島市の小学校では、子どもたちが育てた蚕から糸を引いたり、真綿をつくったりする出張授業も行っています。蚕が桑の葉を食む様子を飽きずに眺める子、繭や糸の手触りを楽しむ子、道具に着目して「どういう仕組みなんだろう」と首を傾げる子。興味を抱くところは子どもによってさまざまです。

鈴木さん:養蚕は日本の経済を支えてきたものだから、歴史の授業にもつながりますね。それに、蚕種づくりから養蚕、真綿づくり、糸紡ぎ、織りまで、すべての工程を県内で一貫して行えるのは、福島だけ。お蚕さまの卵を採取する蚕種業は、東北でも1軒しか残っていないんですよ。地元にそうした伝統ある手仕事が残っていることを知って、誇りに思ってもらえたら嬉しいです。

2019年秋には、『ふくしま絹の道』というイベントを開催。蚕種、養蚕、織りを生業にしている人たちを招いたトークセッションを行いました。

鈴木さん:養蚕をしている方々にお声かけした際、「俺たちはボランティアでやっているんじゃない、生業として養蚕をしているんだ」と言われたんです。私はそれに感動してしまって。先人たちが手入れしてきた桑畑はとても綺麗なんですよ。そうした景観が福島に残っているのは、生業としている人がいるからなんですよね。途切れることがないよう、受け継いでいかなくちゃ。

そのためには『mawata bijin』もちゃんと売れるようにしたいし、若い人に「やってみたい」と思ってもらえるよう、楽しく魅力を広めていきたい。「一緒にこんなことをしましょう」とか、「こんなイベントを開いてください」という提案も大歓迎です。若い人のセンスやアイデアは素敵だもの! 何か閃くものがあったら気軽に声をかけてほしいし、私の持っている技術や知識が役立てるなら、どんどん使ってほしいと思っています。

●工房おりをり
HP:https://someori-kobo-oriwori.jimdofree.com/
Facebook:https://www.facebook.com/someori.kobo.oriwori

<購入方法>
オンラインショップ(https://oriwori.thebase.in/)のほか、福島県福島市にある染織工房おりをり、絹工房おりをり、羊工房おりをりで購入できます。住所・営業時間はHPをご確認ください
https://someori-kobo-oriwori.jimdofree.com/access/)。

※取材は新型コロナウイルス感染拡大を防ぐためオンラインで行いました。掲載している写真は一部を除き、工房おりをりのウェブサイトやSNSからお借りしたものです。

2020.4.27