物語

東日本大震災当時、宮古市議会議員として働いていた須賀原チエ子さん。津波によって変わり果てた街並に呆然としながらも、女性の手仕事支援を始めました。それは、「女性を元気にすることが、男性を支え、こどもを安心させることにつながる」という想いからだったといいます。
女性を元気に、まちを明るく
盛岡からJR山田線に乗り、赤や黄に彩られた山々を窓越しに眺めること約2時間半。宮古駅に着くと、改札の向こうに須賀原さんが待ってくれていました。車に乗せてもらい、街中へ。
須賀原さん:宮古駅周辺は昔のままです。このあたりは被害がありませんでしたから。駅裏に新しい建物が見えるでしょう、あれが市役所本庁舎です。以前は新川町というところにあり、津波で2階まで水に浸かりながらも何とか持ちこたえたのですが、2016年の台風でまた浸水し、老朽化もあって2018年に新築移転したんです。商店街は先日の台風19号で浸水しました。この10年で3度の被災ですね。
説明を聞きながら10分ほど走ったでしょうか、『みやこ体験広場』と書かれたカラフルな看板が現れました。その奥には、4棟のプレハブが並ぶ広場が。

現在、『みやこ体験広場』には、『輝きの和』のほか、ラーメン屋や楽器教室が入っています。
須賀原さん:2013年に社会奉仕団体ライオンズクラブから1050万円の寄付を受け、『みやこ体験広場』を開設しました。それまでは、うちの借家や工場の跡地を転々としながらみんなで集まってものづくりをしていたんです。ここができて本当に助かりました。
須賀原さんは久慈市生まれ。結婚を機に宮古にやってきて、もう40年になるそう。東日本大震災が発生した当時は、宮古市議会議員として働いていました。
須賀原さん:私は仕事用の車を流された位で、自宅は無事だったんです。瓦礫だらけの風景にショックを受けても、日中支援に走り回っていても、家に帰ればほっとできる。でも、家を流された人たちは心休まる場がありません。
特に女性は、苛立った男性やストレスを抱えた子どもたちから感情をぶつけられていました。だから、お母さんたちの支援をしようと考えたんです。女性を元気にすることが、男性を支え、子どもを安心させることにもつながる、と思って。
全国から届けられた手芸道具を避難所や仮設住宅に配ると、女性たちから「手を動かしている間は辛いことを忘れられる」と喜ばれたそう。須賀原さんは『輝きの和』という団体をつくり、手芸の材料や機材を集め、みんなで集まってものづくりができる場所を整備しました。その中から生まれた活動のひとつに、『織姫倶楽部』があります。
須賀原さん:着物の端切れを募集したら、着物一式が全国から届くようになったんです。亡くなったお母さんやおばあちゃんが着ていた懐かしい着物。捨てるには忍びなくて困っていた人がたくさんいたんですね。
どうしようかなと思っていたら、「着物を解いて裂き織りしたらどうか」と提案してくださった方がいて。卓上織り機を数台寄付していただき、横浜から先生も教えに来てくれました。着物の解き方、糸の作り方、仕立て方。4〜5回は通ってくれたでしょうか。
先生のお名前がひさこさんだったこと、明るく晴れやかな気持ちになる織物ということで、『緋紗織(ひさおり)』と名付けて販売するようになりました。街全体が暗く後ろ向きにならざるを得ない状況だったので、少しでもあたたかく鮮やかなものを、という願いを込めて。
宮古の産業まつり、盛岡の復興市、川徳の手しごと絆フェア、浅草の酉の市、東京のいわて銀河プラザ。販売の機会があれば、須賀原さんは緋紗織に限らずさまざまな手仕事品を集めて出かけていきました。2016年には宮古市魚菜市場内に『ものづくりアンテナショップumi』という常設店を開設。リニューアルに伴い家賃が上がってしまったため2018年に閉店しましたが、宮古の女性たちの手仕事に触れられる場として注目を集めました。
須賀原さん:女性たちが趣味ではなく仕事としてものづくりを続けられるよう、委託の掛け率を通常よりも高く設定していました。遊んでいると思われると肩身が狭いけど、稼いでいれば堂々とものづくりができるし、工房にも来やすくなるでしょう。仮設住宅で息を詰めて暮らしている女性に、息抜きの場を提供したかったんです。
つくり手に払うお金が多い分、販売スタッフにお給料を払えるほどの利益は出ないから、umiは息子に運営してもらっていました。私がイベントで販売に行くときの交通費も持ち出し。市議会議員としてのお給料があったからできたことですね。でも、議員としての仕事も忙しかったので、両立は容易ではなくて。みなさんが支えてくれたおかげです。
2018年に議員を辞職し保育所を立ち上げるなど、常に忙しく活動する須賀原さんに代わり、宮城貞子さんが工房をまとめています。販売先への納品などもメンバーで分担しあい、無理のない形で続けているそうです。

「ようやく生活が落ち着いたから」と、最近になって新しく仲間入りしたメンバーもいます。
宮城さん:チエ子さんは洋裁の知識があったからミシンの使い方やチャックの付け方を丁寧に教えてくれたけど、私を含めメンバーはみんな素人。四苦八苦しながら覚えていきました。材料がたくさんあって、いくらでも練習できたのが幸いでしたね。
どこか遠出したときはいいなと思ってきたものをみんなで研究したり、お互いにつくったものを「ここをもっとこうしたらいいんじゃない」とアドバイスしあったりして、段々と目が肥えてきました。草木染めして遊んだこともあります。最初はとにかく完成させるだけで必死だったけど、最近は遊ぶ余裕が出てきました。
では、どんなものをつくっているのか、見せてもらいましょう。
一番人気はバッグ。裂き織りした生地と普通の生地を組み合わせています。A3の書類が入る大きさで5000円ほど。
クラッチバッグとしても使えそうなポーチは1000円。
自分たちでも気に入って着ているというベスト。5000〜7000円。
スリッパもつくっています。500円〜3,000円。
糸の巻き芯を軸に、裂き織りの余り生地で服を、毛糸で髪をあしらったお人形。顔はなんとストッキングに綿を詰め、一つひとつ手描きで表情をつけています。1500円ほど。
ライオンズクラブ会員からたくさん寄付してもらったブランドネクタイをネックレスに。大振りなのにとても軽いので、ご年配の方に好評なのだとか。1000円〜1500円ほど。
『輝きの和』では、『織姫倶楽部』以外の商品も一緒に販売しています。こちらは、ビー玉とワイヤーでつくる盛岡発祥のクラフト、マーブルアート。宮古の女性チーム『ぽらりす』が製作しています。
マーブルアートのペンダントやピアス、ブローチ。800円〜1500円。
宮古のご夫婦がつくる布ぞうり。お母さんは着物を解いて紐状にするところまで行い、お父さんがしっかりと編んでいます。大人用3500円〜3800円。子ども用1,500円。
鼻緒が苦手な方向けにルームシューズも。底がしっかり編まれているので、足裏のツボを刺激してくれます。
『織姫倶楽部』の作品は織り目も縫い目も美しく揃っていて、色合わせのセンスも良く、始めて数年の人がつくったものとは思えませんでした。マーブルアートも布ぞうりも素敵です。
須賀原さん:震災から何年も経ちましたが、それぞれのやりたいことを見つけて支えることが一番大事なことだったな、と感じています。このプレハブを通過点に外へ羽ばたいていった人もたくさんいて、本当にやってよかったです。
活動を始めたときから、「無理をしない」を大前提にしていました。震災でたくさん傷ついてきた人たちに対して、「いつまでにあれをつくって」「この品質じゃだめ」と追い詰めたり、高い目標を掲げて縛ったりするようなことはしたくなかったんです。
いまも、みなさんの年齢もあるので、「いつまで続ける」と約束することはできません。でも、ここに来ておしゃべりをするのが楽しい、つくることに喜びを感じる、と言ってくださる方はたくさんいるので、求めてもらえる限りは続けるつもりです。臨機応変に、ゆっくりと。
そう語る須賀原さんですが、ひとつ願っていることがあるそうです。それは、裂き織りを若い人たちに受け継ぎたい、ということ。
須賀原さん:活動を通して、行き先を失った着物がたくさんあることを知りました。着物は日本の文化です。中古の着物が一山いくらで海外に売られていますが、すごくもったいないと思います。再生するツールとして、裂き織りを知っていただけたら。個性を活かしながら、自分のテンポやペースでできるので、障害を持った方、家から出られない方にも合うはず。せっかく覚えた裂き織りを、さまざまな人に伝えていけたらと思っています。
興味のある方は、ぜひ『輝きの和』の工房を見学しに行ってください。お母さんたちが、優しくあたたかく迎えてくれるはずです。
● 輝きの和
サイト:https://kagayakinowa3967.jimdo.com/
デジタルカタログ:https://www.thelion-mag.jp/_/ecatalog/kukuna/index_h5.html#1
住所:岩手県宮古市実田1-3-16
電話番号:0193-77-3967
<購入方法>
浄土ヶ浜パークホテル、もりおか町家物語館大正蔵、里の駅おぐにで購入できます(2019年11月現在)。また、毎年秋に開かれる宮古市産業まつりにも出店しています。事前に連絡をすれば工房でも購入できるほか、小物づくりも体験できます。
2019.11.18