物語

『仙台市沿岸編み会・縫い会』は、仙台で被災した女性たちのものづくりを応援するボランティアグループです。全国から届いた毛糸や布をさまざまなものづくりチームに配り、完成した作品をマルシェなどで販売しています。世話役の熊谷豊子さんに、各チームを案内してもらいました。

「息子が小さい頃は靴下を編んでやったんだ」

『仙台市沿岸編み会・縫い会』のフェイスブックを見ていて目に止まった、可愛いらしい猫の編みぐるみ。この猫たちに惹かれて、仙台までやってきました。

世話人の熊谷さんとの待ち合わせは地下鉄東西線荒井駅に隣接する『せんだい3.11メモリアル交流館』。ここでは時折縁日などのイベントを開いていて、『仙台市沿岸編み会・縫い会』も出店しているそうです。テーブルと椅子をお借りして、まずはこの会がどんな風に始まったのかを教えてもらいました。

熊谷さん:『仙台市沿岸編み会・縫い会』を始めたのは、野村陽子さんという女性です。震災の半年くらい前にご主人の転勤で仙台に来て、震災直後から岡田小学校の避難所でボランティアのリーダーをしていました。私は4月下旬にボランティアセンターを訪れて野村さんに出会い、衣類の仕分け作業があると聞いてついていったんです。瓦礫の撤去や力作業では役に立たないけど、仕分けなら私にもできるかな、と思って。

ボランティアは6月に人々が仮設住宅に入ってからも続き、野村さんと熊谷さんはレクリエーションや物資の受け入れの調整を行っていました。そうした中、野村さんの友人から送られてきた毛糸をお母さんたちに渡したところ、「息子が小さい頃は靴下を編んでやったんだ」ととても喜ばれたそう。畑仕事や庭いじりもできず、それまでのコミュニティも失われ、お母さんたちは何もすることのない辛さを感じていたのです。

みんなで集まってお茶を飲みながら手を動かす時間はお母さんたちの楽しみとなり、岡田西町仮設、福田町仮設、港南西仮設の3か所で編み物・縫い物の会が始まりました。

何をどんな風につくるかはお母さんたちの自由です。最初は自分や家族のために、そして家の片付けを手伝ってくれたボランティアさんに渡すために。お母さんたちは、「こんなのつくったよ」「それどうやって編むの?」とお互いに教え合い、1〜2か月で帽子やマフラー、アクリルたわしなどを次々に製作していきました。そのうち完成品が溜まってきたのでイベントで販売したところ、飛ぶように売れたそう。

最初に販売した東北大学のカンファレンス。左が熊谷さん、右が野村さん。

2011年10月に出店した宮城野区民祭り。

野村さんが大事にしていたのは、「被災した方と応援してくれている方に、お互いの気持ちを伝え合うこと」。ブログで被災地の状況やお母さんたちの声を発信すると、全国の方から編み棒や縫い針、毛糸や生地と共に温かい手紙が届きました。たくさん届いた材料はほかの仮設やみなし仮設にも渡してまわり、完成した作品を受け取ってさまざまな場所で販売するようになりました。

しばらくすると野村さんが妊娠・出産や転勤により中々仮設住宅に行けなくなってしまったため、途中で世話役を熊谷さんに交代。お母さんたちも仮設住宅を出て再建した自宅や公営住宅に移りましたが、いまでも毎月地区の公共施設や個人宅に集まり、お茶っことものづくりを続けています。熊谷さんはイベントやマルシェがあるとお母さんたちの集まりに顔を出して作品を預かり、販売しています。

元岡田西町仮設のお母さんたちと『おたふく会』

では、その集まりを覗かせてもらいましょう。最初に伺ったのは、宮城野区蒲生にある南蒲生新集会所。ここでは毎月『おたふく会』という手芸教室が開かれています。

写真中央の女性が『おたふく会』を主宰する福永さん。震災後、五十嵐さんという女性と一緒にブックワゴンで仮設住宅を回り、本の貸出を行っていました。そこでできたつながりを持ち続けたいと、現在はこうしてみなさんに手芸を教えています。

取材当日は、小さな花かごの置物を製作していました

つくるものは毎月変えるそう。「考えるのが大変では?」と聞くと、福永さんは「もう何種類つくってきたかわかりません。自分でもよくタネが尽きないなって思います。でも、夜寝るときに、『こんなのつくったら面白いかも』というアイデアとみなさんの笑顔が浮かぶんですよ。もう日常生活の一部ですね」と、にこやかに答えてくれました。

左からあべたかこさん、松岡りゅうさん、中島はつこさん。

『おたふく会』には、岡田西町仮設に入居していた人たちが参加しています。そのうちのひとり、中島はつこさんは大きな猫の編みぐるみの作者。手芸本に載っていた編みぐるみを参考に、オリジナル要素を加えて製作しています。

横線一本の目と下がり眉、ぽっこり出たおなかにだらりとした手足。何とも言えないゆるい可愛さです。「本に載っていたのはこんな表情じゃなかったし、みんなからはパッチリしたお目目のパーツをつけてみたらって言われるんだけど、なんかしっくりこないの。やっぱりこの線がいいかなって」と中島さん。熊谷さんによると、最初この猫はちょっとつり目だったそう。時間と共に少しずつ穏やかな表情に変化していき、いまではこんな癒しのオーラを放つようになりました。

中島さんの編みぐるみを見て、「孫にあげたい」とつくり方を教わり編み始めたのがあべさんです。「捕ったどー!」と自慢するかのように両手で魚を掲げる猫におしゃれなうさぎ、玄関に置いておきたくなるぷっくりとした招き猫。中島さんの猫とはまた違った個性のある編みぐるみになっています。「おかげさまでね、仮設住宅で生まれた孫も来年はもう小学生だよ」と、嬉しそうに熊谷さんに話しかけていました。

松岡さんも中島さんからつくり方を教わり、自分でアレンジを加えて手のひらにすっぽり入る可愛らしい編みぐるみをつくるようになりました。小さいのに編み目がしっかりしていて、しっぽがピンと立っています。色の組み合わせもお洒落だと思いませんか?

松岡さんは今年で90歳。公営住宅に移る直前にご主人に先立たれ、現在はひとりで暮らしています。車がなくてあまり出歩けないので、自宅でせっせとこの猫たちを編んでいるそう。この日は久しぶりの参加で、お母さんたちに囲まれ「よくこんなに小さいのつくれるなって感心しちゃう、私つくれないもの」「りゅうさんはほんと器用。器用なんてもんじゃないね」「孫にあげたいからひとつ買っていい?」と喝采を浴びていました。

みなし仮設から始まった『つぎはぎすっぺっ茶』

次に立ち寄ったのは、同じ蒲生にある『カフェ茶房藤』。宮城野区のみなし仮設から始まった『つぎはぎすっぺっ茶』のみなさんが集まる場所です。東北マニュファクチュール・ストーリーでは以前にも、フェリシモが主宰する『東北花咲かお母さんプロジェクト』の取材で伺ったことがあり、かれこれ5年ぶりの再会です。変わらぬ明るい笑顔にほっとしました。

ここにも猫の置物や猫のポーチが。猫グッズは人気があるようです。

着物地を折り合わせたポーチ。

シックな和風ポシェット。

現在もフェリシモとの付き合いは続いていて、製品の試作などを行なっているのだとか。棚には以前来たときよりも多様な作品が並べられていました。『仙台市沿岸編み会・縫い会』とは材料を融通しあったり、イベントで一緒に販売したりしているそうです。

仙台市宮城野区沿岸編み会縫い会

左から菊地さん、平山さん、国松さん、熊谷さん

最後は、岡田新浜地区にある平山さん宅を訪問しました。

平山さん、菊地さん、国松さんの3人は元々友人同士。仮設住宅で野村さんから毛糸を受け取り、手芸を始めました。それまで編み物はしていなかったけれど上達し、仮設住宅を出てもこうして毎週集まっています。

せっせと手を動かしながら、「津波のときは一晩木に捕まって凌いでね、水の中のほうが暖かかったの」「色んなものが流されたし流れてきたよね、タンス預金とか」と、震災当時のことを教えてくれました。

色とりどりのエコたわし。

支援で送られてきた手芸本を参考につくったカエルや犬の編みぐるみ。

羊毛とフェルトでつくるポンポン羊のストラップ。

3人は『仙台市宮城野区沿岸編み会縫い会』として、宮城生協が出している『とうほくてしごとカタログ FUCCO』に出品しています。ちょっと紛らわしいのですが、『仙台市沿岸編み会・縫い会』とは別組織。熊谷さんの紹介で宮城生協とつながり、チーム名があったほうがいいということで、『仙台市宮城野区沿岸編み会縫い会』とつけたそうです。

取材当日は、750個もの注文があったという羊のストラップの検品と袋詰めをしているところでした。このストラップは、『おたふく会』でつくり方を教わり、少しアレンジを加えたのだとか。生き物が土地の風土に合わせて進化していくように、ものづくりも手から手へ伝わる中で少しずつ変化していくのですね。

平山さん宅の猫はとても人なつこい性格。思わず松岡さんの編みぐるみを乗せてパチリ。

震災後に誰かが送った毛糸や生地がきっかけとなり、ものづくりがお母さんたちの人生の一部になったこと。お母さんたちの遊び心や工夫、愛情が作品に込められていること。避難所や仮設住宅から生まれたさまざまな縁がいまでも続いていること。改めて、そのとうとさを実感した取材でした。

10月20日のみやぎのまつり、11月9日の世界防災フォーラム、11月24日の男女共同参画フォーラム手仕事マーケットと、『仙台市沿岸編み会・縫い会』ではこの秋も各地で販売を予定しています。お母さんたちの手仕事に会いに出かけませんか?

平山さん宅の玄関には、これまでつくってきたさまざまな作品が飾られていました。

 

● 仙台市沿岸編み会・縫い会
FACEBOOK:https://www.facebook.com/pg/amikainuikai/

<購入方法>
・各種イベントで販売しています。詳しくは仙台市沿岸編み会・縫い会のFACEBOOKをご覧ください。
・宮城野区編み会縫い会の商品は、とうほくてしごとカタログFUCCOから購入できます。
https://www.miyagi.coop/support/shien/handmade/

 

2019.7.23