物語

東日本大震災で被災した女性たちが、自分のためではなく誰かのために、8年間編み物を続けている。そう聞いたら驚くでしょうか。アメリカ・オハイオ州出身のテディ・サーカさんが立ち上げた『YARN ALIVE』では、完成した作品をシリア難民など困難に直面する世界中の人たちに贈っています。「ここは、誰かの気持ちを受け取る場であると同時に、与える場でもあるんです」と語るサーカさんに、お話を伺いましょう。

阪神大震災の悲劇を繰り返さないために

一面の青田波に停泊する船のような、真っ赤なトレーラーハウス。中を覗くと、30人ほどの女性たちが楽しそうに編み物をしていました。壁に飾ってあるのは、手編みの帽子を被って満面の笑顔を浮かべる外国の子どもたちの写真。いまみなさんが編んでいる作品も、きっとどこかへ送られていくのでしょう。

七ヶ浜は日本三景・松島の南端に位置し、7つの浜で構成される半島状の町です。高台には東北唯一の外国人避暑地があり、日本で暮らしていたサーカさんも夏休みに遊びに来たそう。風光明媚な七ヶ浜が気に入ったサーカさんは、宣教師のご主人と一緒に山の上に引っ越してきました。震災が起こる2年前、2009年のことです。

編み手のひとり、糟谷さんが見せてくれた2011年の七ヶ浜の写真。

2011年3月、サーカさんの家は津波の被害を受けなかったものの、七ヶ浜は町の4分の1が浸水しました。その惨状を目の当たりにしたサーカさんの脳裏をよぎったのは、阪神大震災の後、生きる気力を失い自ら命を絶ってしまう高齢者がいたこと。同じ悲劇を繰り返さないために、何ができるだろうーー。サーカさんが出した答えは、編み物を教えることでした。

サーカさん:うちの母が、おばあちゃんと編み物をしていたんです。「どこどこの家で赤ちゃんが生まれるから、今日はベビーグッズを編みましょう」って。おばあちゃんは編み物をしながら、「これを編み終わるまでは死ねない」と言っていました。何か役割や目標を持っていると、人は「生きよう」と思うものです。その光景が頭の中にあったから、編み物がいいだろうと思ったのかもしれません。

震災から3か月が経った2011年6月、サーカさんは仮設住宅を訪問。現在のメンバー数人と出会い、編み物サークル『YARN ALIVE(ヤーンアライブ/毛糸でいきいき)』を結成しました。編み物は想像以上に好評で、日を追うごとに人数が増えていったといいます。

サーカさん:夜眠れないとき、家族を起こさないようにトイレで編み物をしていると言っていた人もいました。ボランティアの人が歌や音楽を披露してくれたときも編み針を離さず、「ここどう編むの?」とお喋りして、怒られてしまった人も(笑)。

コミュニティづくりにもなりました。「じゃあお話しましょう」と言うとみんな恥ずかしがっちゃうけど、編み物をしながらだと「わー上手!」「教えて」って自然と口が動くでしょう。それも良かったんだと思います。

作品を受け取ったシリア難民が、涙を流して喜んでくれた

毛糸や編み針、ハサミなどの材料は、サーカさんの母親や妹がアメリカから送ってくれました。アメリカでも東日本大震災の衝撃は大きく、近所の人たちが「娘さんが日本にいるんでしょう、どうかこのお金を使って」と次々やってきては寄付をしてくれたそう。そのお金で必要なものが揃いました。

編み上がった作品を販売して工賃を払うことは考えなかったといいます。なぜなら、販売するとなると、上手な人と下手な人で貰えるお金に差が出てしまうから。あくまで、編み手の気持ちが安らぐこと、ほっとできるコミュニティにすることに重きを置いたのです。

サーカさん:販売する代わりに、作品は自分たちよりも困っている人のところに贈ることにしました。もちろん、七ヶ浜の人たちも家や町を流され、全て失っています。でも、七ヶ浜は山があるから逃げられました。食べ物もありました。

気仙沼では津波のほかに火事も起きて、屋上に取り残されて何日も食べられなかった人がいます。死ぬかもしれないと思って、数ヶ月経っても夜が怖かったといいます。だから私たちは、気仙沼の人たちのためにブランケットを編んだのです。

それがきっかけとなり、YARN ALIVEではさまざまなところに作品を贈るようになりました。自分が編んだものを待っていてくれる人がいると思うと、朝ちゃんと起きられる。たくさんの人に助けられたけど、自分も人の役に立てると思うと、誇らしい気持ちになる。誰かのための編み物は、編み手自身にもいい影響を与えました。

2013年には、ヨルダンにいるシリア難民の子どもたちに帽子や服をつくりました。冬には、最低気温が3度にまで冷え込むヨルダン。着の身着のまま逃げてきた人たちには、冬服がありません。赤ちゃんも生まれていて、寒さを凌ぐものが必要でした。その話を聞いたサーカさんが編み手に伝えると、「じゃあ、私たちが編みましょう」と満場一致で決まったのです。

サーカさん:私の次男がスーツケース3つ分の作品を持ってヨルダンに行き、「七ヶ浜のおばあちゃんたちも全部を失ったけど、あなたたちのためにつくったよ」と伝えたら、みんな涙を流したそうです。「世界中から忘れられたと思ったのに、まさか日本のおばあちゃんが、それも被災した人たちが心配してくれていたなんて」って。

帽子を被って笑う子どもたちの写真を見て、おばあちゃんたちも「わーこれ私が編んだの!」と笑顔になりました。自分が編んだものが遠い国で役立っていると思うと、もっと編みたくなるでしょう。災害で被災したネパールやフィリピン、モザンビークにも帽子を送りました。

地元七ヶ浜の老人ホームや病院、幼稚園にもひざ掛けなどを編んで寄付しました。老人ホームでは100歳のおばあちゃんが「私も編みたい」と言ったため、毎月訪問して一緒に編むことに。また、脳梗塞を患った80代の男性も編み物を始め、数百という数の帽子を編んでいるといいます。

サーカさん:毛糸はカラフルだし、シルクやウール、いろんな種類や感触があるから頭にもいい刺激を与えます。みんな、「かわいそうな人たち」ではありません。いつも笑っています。もちろん、寂しいときや大変なときもあると思います。でも自分が誰かの役に立つことを実感できると、いい意味のプライドを持つことができます。それが大切なんです。

地域を超えて、みんなが集まれる場所に

トレーラーハウスの工房・YARN ALIVE HOUSEが誕生したのは2015年8月のこと。仮設住宅にいた人たちはそれぞれ自宅を再建したり災害公営住宅に入ったりしましたが、そこには別の地域の人も気兼ねなく来ることができる集会所はありませんでした。

このままでは、せっかく仮設住宅で生まれたコミュニティがまた失われてしまう。サーカさんが呼びかけると、アメリカ、台湾、シンガポール、中国、韓国と世界中から寄付が集まり、YARN ALIVE HOUSEが建ちました。編み手たちはみんな仮設住宅の無機質な白い壁に飽き飽きしていたので、壁には鮮やかな赤や紺、水色を使い、写真やアート作品を飾っています。

サーカさん:それまで私の家、毛糸だらけでした。活動に賛同してくれた人がたくさんいて、日本全国から、そしてアメリカの全部の州から毛糸が送られてきたんです。キッチンと寝室以外は全部毛糸の入ったダンボールでびっしり。メンバーの何人かが引き取ってくれたりしたけど、ここができたことで毛糸も作品も置いておくことができるようになりました。

秋と冬には工房で作品のバザーを開催。売上は工房の維持費や海外への送料に充てています。作品を編むだけでなく、企画や広報、経理など運営に携わってくれる人もいて、みんなでYARN ALIVEを支えています。

運営メンバーのみなさん。複雑な編み方をみんなに教えたり、イベントを企画したりと、できることで貢献しています。

現在、編み手の人数は80人ほど。一番多いのは70代です。目が悪くなったり仕事を始めたりして辞めた人もいますが、「被災していないけれど、活動が楽しそうだから」と新しく仲間になった人、多賀城や仙台などから通ってきている人も。地域の過疎化や高齢化が進む中で、こうした活動が必要とされているのでしょう。3グループに分かれ、2週間に1回ずつ工房に集まっています。

もちろん、活動初期から続けている人もたくさんいます。現在87歳で最高齢の糟谷節子さんもそのひとりです。

糟谷さん:仮設にいたときに先生がいらして、これはいいと思ったの。震災前は店をやっていたんだけど流されてやることがなくなっちゃったから。これがなかったらぼけてたと思う。おかげで助かったの。

こちらの引地さんと遠藤さんは、仮設住宅で0歳の赤ちゃんを育てました。YARN ALIVEのおばあちゃんたちが喜んで面倒を見てくれたといいます。

遠藤さん:仮設住宅は1年くらいで出たんですが、その後もずっと通っていました。この子たちは、YARN ALIVEのみなさんに育ててもらったようなものですね。「ずっとこのつながりが続けばいいな」と思っていたので、工房ができたときは嬉しかったです。サーカさんのおかげですね。

当時0歳だったりくとくん、たかひろくんももう8歳。この日は学校が夏休みだったので久しぶりに遊びに来たそう。工房内を元気に走り回り、メンバーのみなさんも目を細めてその様子を見守っていました。

取材中、みんなが楽しそうに笑っていて、誰に聞いても「ここがあってよかった」と話していたことが印象的でした。

笑いあえる仲間がいること、楽しく取り組めるものがあること、誰かの役に立てること。それが人の表情を明るく輝かせることを、YARN ALIVEの活動は証明しています。

● YARN ALIVE
HP:http://yarnalive.com/
FACEBOOK:https://www.facebook.com/yarnalive/

<購入方法>
作品は基本的に国内外へ寄付していますが、毎年夏と冬に開かれるバザーでは一般の人も購入することができます。詳細はフェイスブックをご確認ください。

なお、毛糸や編み物道具の寄付も通年受け付けています。
http://yarnalive.com/donation

2019.7.23