物語

『羅針盤プロジェクト』の拠点は、盛岡中心部に位置する『もりおか復興支援センター』の1階にあり、月曜から土曜の10時から15時の間、いつでも好きなときに来ていいことになっています。大槌、釜石、宮古などそれぞれの地域から盛岡へ住まいを移した女性たちは、日々ここでものづくりをしながら、新たな人間関係を築いていきました。「もう、家族のようなものですね」と話す発起人の寺井律子さんに、これまでの歩みを教えてもらいましょう。

針仕事で心のケア

盛岡に住む被災者をサポートする『もりおか復興支援センター』は、復興支援団体『SAVE IWATE』が盛岡市から委託を受け、2011年7月に開所した施設です。4階建ての建物で、初期は2階から4階までびっしりと全国から届いた物資が並んでいたといいます。1階では被災者の相談に乗ったり、出身地別の“お茶っこ”を開いたりしていました。

寺井さん:家族を頼って盛岡に来たけれど、土地勘も友人もなく、不安を抱いている人が少なくなかったんです。そこで、「釜石出身の人たちでお茶しましょう」「次は宮古出身の人たちで集まりましょう」と呼びかけたんです。(お茶っこのときは)もうみなさん涙、涙でしたね。久しぶりに友人やご近所さんと再会して、「生きてたか、生きてたか」って。

物資を受け取りに来た人がお茶っこの存在を知って参加したり、お茶っこに来た人が帰りに足りないものを貰って帰ったり。そんな循環が生まれていましたが、震災から1年が経つ頃には、衣服は余り気味になっていました。

寺井さん:それで、お茶っこだけではなく、衣服を布地として使ってものづくりしましょうと呼びかけたんです。私もそうですけど、女の人って針仕事好きでしょう。縫っている間は夢中になって嫌なことを忘れられるし、心のケアになると思いました。最初の頃は30人来てくれたかな。

参加者は思い思いに好きなものを製作し、自分で使ったり友人に贈ったり、よくできたものは支援のお礼としてお世話になった全国各地の人に送っていました。ほとんどが初心者からのスタートでしたが、東京・神奈川のカルチャースクールで着物リメイクの講師をしている下田弘子さんがボランティアで指導してくれたおかげで、少しずつ上達していったそう。縫製工場で働いていた人が2人いたこともあり、本格的な洋服もつくるようになりました。普段着る機会の少ない着物地は支援物資の中でも特に多く余っていたため、材料には困りませんでした。

自分たちの作品を製作する一方、2013年には、活動費を助成してくれたLUSH JAPANから注文を受け、ラッシュショップで働くスタッフのエプロンを2500枚製作しました。同じものを大量につくることには慣れていなかったため右往左往したそうですが、最後の一枚が仕上がったときはフロア全体から拍手が起こったといいます。

『羅針盤プロジェクト』という名称は、活動を開始してまもなく決まりました。そこには、「針仕事を通して、自分たちが進む針路を明るく照らそう」というイメージが投影されています。心に傷を負い引きこもりがちになっていた方が活動をきっかけに1人で外出できるようになったり、地元での暮らしを懐かしんでいた方が毎日を充実した気分で過ごせるようになったり……。名称通りの展開が、いくつも生まれました。

娘さんに連れられて活動に参加したという釜石出身の佐藤さん。

佐藤さんがいま夢中になっている小花づくり。とても細かな作業です。

小花づくりを応用して製作したさるぼぼ。南天の枝に乗った9匹の猿は「苦難が去る」という意味があります。顔はフウセンカズラの実です。

平均年齢は74歳。毎日のように顔を合わせてきた

現在『羅針盤プロジェクト』に参加しているのは54歳から83歳までの女性10人。平均年齢は74歳です。コート、チュニック、バッグ、小物、布はがきなど、それぞれが得意とするものを製作し、『SAVE IWATE』が運営する『大正蔵』やイベント等で販売しています。

アイデアが光る「おむすびコインケース」(1200円)。ファスナーについている赤は梅干しです。

端切れを活用した「布はがき」(200円)。

寺井さん:できるだけほかにないものをつくりたいと思っています。品質のチェックも厳しくしていて、ダメ出しもするんですよ。自分が買う立場だったら、ちゃんとしていてほしいから。大島紬など良い素材を使ったコートもあって、百貨店では高価格で販売されているものを、盛岡価格で並べています。たまに道端でうちの服やバッグを身につけている人を見かけると、感動しますね。

美しい柄が際立つバッグやストール。

ビーズで細やかな刺繍を施したブローチは、大槌出身の田代さんの作品。

売上から委託料を引いて残った金額の半分は製作者に、もう半分は着物を解く人の工賃や次の材料費に充てています。着物を解くのは地味に大変な作業ですが、「縫製は苦手だけど着物を解くことは大好き」というメンバーもいるため、助かっているそう。

寺井さん:ここに来たら自分の席があって、持ち寄ったお弁当を食べて、縫いながらみんなとお喋りして。健康の話、おいしいものの話、故郷の話、いろいろ。話したくない気分のときは黙々と作業してね。心の張り合いになってるんじゃないかな。8年間日々顔を合わせて、もう家族のようなものですね。

この8年間、ずっとボランティアとして羅針盤を支えてきた寺井さん。他県の人からは「もう復興は完了した」と思われるようになり、復興予算も削られていますが、サポートを必要としている人がいる限り、自分にできることをしていきたいと話します。

『羅針盤プロジェクト』では、オンラインショップの開設や運営を手伝ってくれる人や、商品を販売してくれるお店を随時募集しているとのこと。興味を持った方がいたら、ぜひ『SAVE IWATE』に連絡を取ってみてください。

●羅針盤プロジェクト
FACECBOOK
運営団体「SAVE IWATE」ウェブサイト 

<購入方法>
●販売店
・もりおか町家物語館『大正蔵・時空の商店街』 岩手県盛岡市鉈屋町10-8
●ネットショップ
もりおか町家物語館『大正蔵』ネットショップ

2018.12.19