物語

岩手県内の川のそばにはクルミの木が豊富に生えていて、宮沢賢治の童話にもクルミが何度か登場します。沿岸部で被災し盛岡へ避難してきたお父さんたちは、クルミの樹皮を使い、伝統的なくるみかごをつくる技術を習得しました。いまではかご職人として、かごづくり講座も開いています。
編んでは寝かせ、編んでは寝かせ、じっくり仕上げていく
前回、盛岡の復興支援団体『SAVE IWATE』が進める『和グルミプロジェクト』を紹介しました。岩手の隠れた地域資源である和グルミの実や殻を活用し、被災者の仕事をつくるプロジェクトです。代表の寺井良夫さんはクルミには可能性があると感じていて、「実や殻だけではなくクルミの樹皮も活用したい」と、くるみかごをつくるプロジェクトを企画しました。
素朴で落ち着いた魅力のある天然のくるみかごは、東北を中心に生産され、価値のわかる人から愛されてきました。盛岡にもかご職人がいて、寺井さんが「くるみかごづくりを被災した人たちの仕事にできないだろうか」と相談すると、快く講師を引き受けてくれたといいます。
2012年春に開かれた講習会には、被災して仕事を失った人たち数人が集まりました。メンバーは活動を続ける中で入れ替わりがあり、現在のつくり手は6人。そのうちの3人は、沿岸部の山田町で被災し、盛岡にやってきた男性です。元の仕事は漁師、自衛隊員、会社員とバラバラ。初期から参加している湊雅義さんに参加の動機を聞くと、「盛岡には知り合いがいないから、習い事すれば友達ができるかなと思って」とのこと。残り2人は純粋に楽しそうだからと参加した盛岡在住の男性で、1人は最近になって仲間入りした大槌出身の女性です。
自身もかごづくりを行っている寺井さんに「製作において一番難しい点は?」と聞くと、「何と言っても材料集めですね」と答えが返ってきました。てっきり編むところだと思っていたので、少し意外です。ほかの産地では分業制を取っていますが、本プロジェクトではクルミの木を伐採し、樹皮を取るところも自分たちで行っているそうです。
寺井さん:クルミの木そのものは川のそばにいくらでも生えているから、河川を管理している市町村に申請して伐らせてもらっています。木が生長しすぎると水の流れが阻害されるため、大抵の場合は喜ばれるんですよ。個人で山や牧場を持っている人に相談することもあります。伐採する時期は春から初夏にかけて。この時期は木が水分を吸い上げて柔らかくなるため、カッターで切れ目を入れるとあとは手でつるっと皮が剥けるんです。
持ち手の部分は壊れやすいので、丈夫な山ぶどうの樹皮を使用しています。山ぶどうの蔓はカラマツなどの大木に絡まっていて、できるだけ長く皮を取るため梯子をかけて高いところへ登り、切り落とすんです。くるみの木よりも稀少だから、大事にしないと。でも、これが本っ当に一苦労なんです。
樹皮は風通しが良い場所に干してしっかり乾燥させます。そうするとカラカラになるので、編むときは水を含ませて柔らかくします。乾くと縮むため、編んでは寝かせ、編んでは寝かせ、少しずつ進めていきます。こうしてしっかりと時間をかけてつくることで、隙間なく美しく仕上がるのです。編み始めてから完成するまでにかかる時間は2週間から2か月ほど。同時並行で複数のかごを製作します。

企業の助成を得て特注した機械。これによって、均一な幅でカットできるようになりました。
工房は『SAVE IWATE』の事務所2階にあり、つくり手は好きなときに来ることができるようになっています。中には毎日通っている人もいるとのこと。製作中の顔は真剣そのもの。かごづくりの大変さや面白さを聞くと、「乾くと縮むから、隙間無く仕上げるのが大変なんですよ」「隙間も芸術、なんて言ってるけどね(笑)」「樹皮の厚さが変わると均一につくれないんですよ。技術も必要だけど、半分は材料で決まるな」「山に行くときからね、質のいい皮はツバつけとくの(笑)」「面白いでしょう、ものをつくるって」と、口々に話してくれました。
質のいい樹皮を取るため、2014年からはクルミの木の栽培を始めました。苗木を購入して植栽しましたがそれだけでは足りず、クルミの実をそのまま地面に埋めたそう。しかし、動物に食べられてしまったようで数百個植えたけれどひとつも芽を出さなかったのだとか。これに懲りて、2017年はポットに土と種を入れて苗になるまで育て、それを畑に植えました。自分たちで育てた苗は質が揃っているため、材料として優秀だといいます。クルミの木の栽培からかごの製作まで行っている工房は、あまりありません。
ある日は材料集めのために釜石や花巻へ遠征し、ある日は工房で作業して。かごづくりは、つくり手のみなさんの生活の一部になっているようです。全員初心者からのスタートでしたが、技術も上達し、一般市民向けにかごづくりの講座を開くまでに。昨今は民芸が再評価されていることもあり、講座は人気を博しています。しかし、お父さんたちは「自分たちなんてまだまだ」ととっても謙虚。かごづくりは時間がかかるため通常は5〜10万円ほどの価格ですが、3万円から販売しています。
丁寧に編まれたくるみかごに惹かれるけれど、価格がネックとなって手が出せずにいたみなさん。お父さんたちの技術が上がり、でもまだ価格を上げていない、いまがくるみかごデビューのチャンスですよ。
■ SAVE IWATE
https://sviwate.wordpress.com/
<購入方法>
もりおか町家物語館「大正蔵・時空の商店街」(岩手県盛岡市鉈屋町10-8
)にて販売しています。
http://saveiwate.jp/tokinosyotengai/
2018.12.19