物語

和グルミを食べたことはありますか? 和グルミは洋グルミに比べて芳醇で、岩手県では昭和初期頃まで、おいしい味のことを「クルミ味がする」と表現していました。しかし、殻むきに時間がかかることから敬遠されるようになり、いまでは市場に出回るクルミの99.8%がカリフォルニア産か中国産に。震災後すぐに復興支援団体『SAVE IWATE』を立ち上げた寺井良夫さんは、忘れられた地域資源である和グルミを活用し、被災者の仕事づくりを行っています。

被災した人にクルミを拾い集めてもらい、600万円分買い取った

『SAVE IWATE』は、盛岡の市民活動グループ仲間数人で結成した復興支援団体です。情報収集と発信、支援物資やボランティアの仲介など、フェーズに合わせてさまざまな支援活動を行ってきました。

活動のひとつに、被災者の仕事づくりがあります。職場を流されてしまった人、盛岡に避難してきたけれど働く先がない人の仕事をつくるには、どうしたらいいだろうーー寺井さんが目をつけたのは、和グルミでした。

寺井さん:元々和グルミが好きで、季節になると山に行って拾い集めていたんですよ。岩手の川のそばには必ずクルミの木が生えていて、さまざまな郷土料理に使われてきました。

ただ、殻が堅くて実が小さい和グルミは洋グルミに比べて実を取り出す作業が大変で、むき実にすると価格が洋グルミの3〜4倍になってしまいます。競争に勝てないから市場にあまり出回らず、面倒だからと家庭でも食べられなくなっていました。でも、和グルミって濃厚でコクがあって、すごくおいしいんですよ。だから、この機会に活用できないかと思ったんです。

「三陸の和グルミ、買い取り致します。オニグルミ1kg250円、ヒメグルミ1kg300円」。2011年の秋、寺井さんはチラシをつくって沿岸部に配布しました。どれだけの反応があるか全く未知数でしたが、蓋を開けてみると、330人の方から約230万個、重さにして23トン分のクルミが集まったそう。特別な道具もスキルも必要なく、ただ歩いてクルミを拾い集めるだけなので、どんな人でも参加しやすかったのでしょう。現金を手渡したおばあちゃんから「これで病院に行ける」と喜ばれたこともあったといいます。

寺井さん:あの年はクルミが大豊作だったんです。3月に大きな揺れを感じて、クルミの木が「これは大変だ」とたくさん実を成らせたんじゃないでしょうか。「まさかこんなに集まるとは」とびっくりしちゃって。「やっぱり買い取りません」なんて言えないので、全て買い取りました。総額600万円です。そんな資金は用意していませんでしたが、たまたま別途SAVE IWATEで製作した三陸復興カレンダーが1万部売れて、それをクルミの買い取り資金に充てることができました。

岩手沿岸12市町村の民俗芸能や年中行事を題材にした写真を使用したカレンダー。岩手の郷土文化を知ってもらうため、被災者を励ますために、2012年以降毎年発行しています。

和グルミは、珍しい上に最高においしい地域食材

和グルミをむき実の状態にするには、乾燥させ、金槌で殻を割り、千枚通しで実を取り出し、ピンセットで殻の破片を抜き取って……といくつもの工程を必要とします。盛岡市には、沿岸部から1500人ほどの人が沿岸部から避難してきていました。「仕事として和グルミ加工に取り組みたい方がいたらぜひ」と呼びかけところ数名の応募があり、毎日集まって作業することに。また、沿岸部の野田村で暮らすおばあちゃんたちからも「村に仕事を生み出したい」と相談を受け、野田村に和グルミ加工の作業所を建てました。

販売開始は2012年。全国の支援者が購入してくれて、初年度は8トンほど出荷したといいます。地元商店も、和グルミを使った商品を開発してくれました。和菓子店の竹芳がクルミを醤油と砂糖で包んでつくった『和くるみ糖』は、上品な甘みで食感も楽しく、誰が食べても「おいしい!」と喜ぶ人気商品に。老舗そば屋・東家では、濃厚なクルミのタレでもりそばを食べる『くるみそば』がメニューに仲間入りしました。

2014年には、大槌町で被災し盛岡で蔵を再建した赤武酒造と一緒に、『くるみのおさけ』を開発しました。代表銘柄『浜娘』に、ペーストした和グルミを溶かしたリキュールです。「和グルミはお米と相性がいいから、おいしいお酒になるだろう」と企画しましたが、クルミの潰し方によって上手く溶けなかったり沈殿してしまったりと、商品が完成するまでには苦労があったそう。和グルミでつくったお酒はほかになく、まったりとした独特の味わいが話題を呼びました。

寺井さん:岩手ではね、昔はおいしさを表すときに「クルミ味がする」って言っていたんですよ。いま70歳くらいの年配の方は皆そう話します。それって、どんなお魚やお肉よりもクルミのほうがおいしいと思った、ということですよね。食が豊かになるにつれてそういう表現は消えてしまったけど、私はやっぱり和グルミは最高においしいと思っています。

硬い殻の中に隙間なく詰まっている和グルミは、空気に触れないため酸化しにくいという特徴があります。洋グルミに比べて油分もタンニンも少ないため、しつこさやえぐみがなく、コクがあってフルーティ。血液をサラサラにする効果があると言われるオメガ3脂肪酸を豊富に含んでいるため、健康食材としても期待されています。

クルミのタレでお餅を食べたり、巻き寿司の中に入れたり、キュウリや蕗味噌と和えてごはんにかけたり。岩手ではさまざまなクルミの調理法が伝えられてきました。寺井さんのおすすめはしゃぶしゃぶをクルミダレで食べること。ゴマよりも主張が強くなく、肉の甘さが引き立つ最高の組み合わせなのだとか。

寺井さん:地方に行くと、その土地ならではの珍しい食材があるでしょう。でも、珍しいけれど味は大して良くないものも多いですよね。その点和グルミは、珍しい上に最高においしい。しかも、数年単位で保存が利きます。硬い殻に守られていることは、短所であると同時に長所でもあるんですね。可能性のある食材なので、もっとたくさんの人にこの美味しさを伝えられたらと思っています。

和グルミペーストを練り込んだコクのあるソフトクリームに、刻んだ和グルミを惜しみなくトッピングした『和グルミソフト』も人気商品のひとつ。SAVEIWATEが運営する『大正蔵』で味わうことができます。

クルミの殻で工芸品づくり

和グルミは、1つの重さが10gだとすると、実の部分はわずか2gほど。残り8gは殻が占めています。この殻をただ捨ててしまうのはもったいないと、和グルミプロジェクトでは工芸品を製作しています。

たとえば、2つに割った殻を対にしたストラップ。断面がハートに見えることから、『しあわせくる実』という名前をつけ恋人同士のお守りとして売り出しました。台紙のイラストは、漫画家・朝倉世界一氏によるものです。

ゆるいイラストが印象的なしあわせくる実。

くるみ殻を使ったマグネット。こちらも台紙は朝倉世界一氏作。

寺井さん:実は、漫画家のしりあがり寿が中学の同級生で、SAVE IWATEを応援してくれているんですよ。彼は団体のシンボルキャラクターを描いてくれました。震災後は何度も仲間の漫画家を連れてボランティアに来てくれて。そこで朝倉さんとも知り合いました。

しりあがり寿氏の漫画『地球防衛家のヒトビト』に登場する家族。SAVE IWATEのシンボルキャラクターも担っています。

段ボールにクルミの殻を貼って装飾を施し自分だけのカスタネットを製作するワークショップも行っています。和グルミを自分で割って食べる体験とセットにすると、子どもたちは夢中になって取り組むのだとか。

また、形の良いものを選りすぐり、ガーデニングに使う天然のマルチング材として販売しています。マルチングとは、植物を植えた地表面を何かで覆い、土の乾燥や流出、雑草を防ぐこと。和グルミの殻は見た目が素朴で可愛らしく、バークチップよりも長持ちすることから人気の素材となっています。

いまは、クルミの炭を何かに使えないかと考えているとのこと。シックな見た目でシャラシャラと音も綺麗なので、インテリア素材として使えるかもしれません。「殻は大量にあるから、何か思いついたらぜひ教えてください」と寺井さん。さらに、クルミから抽出したオイルの商品化にも挑戦中とのこと。本当に、余すところなく活用しようとしているのですね。寺井さんの和グルミへの情熱が伝わってきました。

炭化したクルミ。実の入ったものは油が滲むためか光沢が出ます。

現在、SAVE IWATEは和グルミプロジェクトのほかに3つのものづくりプロジェクトと、盛岡市へ避難してきた人々の生活を支える『もりおか復興支援センター』、岩手や盛岡にゆかりのある商品を集めた『大正蔵』の運営などさまざまな活動を行っています。

震災前は都市計画コンサルタントとして会社を経営していた寺井さんですが、3年前に顧問に退き、SAVE IWATEの活動に専念しています。震災から8年が経ち活動を終了する団体もありますが、区切りをつけることは考えていないそう。

寺井さん:三陸の支援活動はどこかの段階で必要なくなるでしょう。でも、まだ伝える仕事が残っています。いまは全国各地で災害が起きていますよね。災害に備えるため、起きてしまった災害に対応するため、東北で取り組んできたことを役立てられればと思っています。

 

和グルミプロジェクト
HP:https://wagurumi.jimdo.com/
運営団体:一般社団法人SAVE IWATE https://sviwate.wordpress.com/

<購入方法>
●店舗
・もりおか町家物語館『大正蔵・時空の商店街』 岩手県盛岡市鉈屋町10-8

●ネットショップ
・もりおか町家物語館『大正蔵』
http://saveiwate.jp/tokinosyotengai/
・Yahoo!ショッピング https://store.shopping.yahoo.co.jp/sviwate/
・Amazon
https://www.amazon.co.jp/ 「SAVE IWATEで検索」

2018.12.19