物語

震災前は箱の組み立てなどの内職仕事を請け負っていた『のぞみ福祉作業所』。津波で全壊しましたが、さまざまな支援に背中を押され『NOZOMI PAPER Factory』として生まれ変わりました。心地よい手触りの手漉き再生紙・NOZOMI PAPER®は、全国でも好評を博しています。「利用者も職員も、いまの仕事を心から楽しんでいます」と話す職員の田中青志さんに、これまでの軌跡を教えていただきました。
「いつ再開するの」という声を受けて
南三陸町役場のすぐ裏手に佇む仮設棟。その一室を覗くと、ある人は牛乳パックをハサミで切り、ある人は新聞紙をちぎり、ある人は紙に活版印刷をし……と、十数人が仕事に没頭していました。別の部屋では、原料を型枠に流し込んだり、水を切ったりする人も。質問すると、明るい声で自分のしている作業について説明してくれます。
ここは社会福祉法人洗心会が運営する生活介護事業所『のぞみ福祉作業所』。またの名を、『NOZOMI PAPER Factory』といいます。
のぞみ福祉作業所の始まりは昭和53年。町内に福祉関係の事業所がなかったことから、知的障害を持つ当事者の家族たちが集まり活動を始めました。平成22年に洗心会が運営を担うことになり、町の社会福祉協議会の一部を借りて再出発。もう少しで一年が経つという頃、津波が事業所を襲いました。
田中さん:当日私は出張していたので聞いた話になりますが、のぞみは避難所に指定されていたので、地震発生後みんなで駐車場にテントを立てていたそうです。そこに津波が来て、慌てて「山へ登れ」と声を掛けあったけど、何人かは逃げ遅れてしまった。波は来るのも早かったけど引くのも早かったから、運良く助かった人もいたんです。室内の角にいて波の濁流に巻き込まれなかった人や、椅子に座っていて天井まで浮かんだけど波が引いてそのまま降りてきたという人も。でも、残念ながら2人がそのまま流され、犠牲となってしまいました。
利用者はずぶぬれでショックを受けながらも、ぐっと我慢していたそう。一週間ほど同じ避難所で共同生活を送った後、利用者はそれぞれ家族のいる避難所や親戚の元へ移っていきました。しかし、毎日顔を合わせていたメンバーと離れることに不安を感じる利用者が多く、「いつ再開するの」という声が多く挙がったといいます。そうした声を聞いた職員たちは、場所を探してあちこち奔走。5月には利用者の自宅敷地内にあるプレハブを借りて活動を再開しました。
紙そのものの魅力で勝負する
再開後しばらくの間、メンバーは畑作業をしていましたが、寒くなると屋外作業は厳しくなります。秋冬の活動を懸念していたときに、世田谷ライオンズクラブから紙漉きの機材か焼き菓子を製造する機材を寄贈しようという申し出がありました。法人内の別事業所で焼き菓子をしていたので、迷わず紙漉きを選択。周囲から「紙漉きは難しい、儲からない」というアドバイスも受けましたが、「それでも何かしなければ」という想いから、職員も利用者も一緒に紙漉きを学びはじめました。
最初に製作したのは、ステンシルで絵柄をつけた素朴な手漉きハガキ。販売する頃には震災から一年が経過していましたが、ボランティアの方々が買ってくれたおかげで、多いときにはハガキだけで一ヶ月に20万円の売上があったそう。企業からのノベルティ製作依頼も舞い込み、「これはいける」と機運が盛り上がっていたといいます。
そうした中、のぞみ福祉作業所は障害のある人のアートを、デザインを通して社会に発信するエイブルアート・カンパニーの支援先に選ばれ、ブランディングや商品開発においてデザイナーの協力を得られることに。担当となったのは、“福祉とあそぶ”をテーマに活動する夫婦デザインユニット『HUMORABO(ユーモラボ)』の前川雄一さん、亜希子さんでした。
前川さんが最初に行った助言は、「福祉を前面に出した商品では、復興需要のあるうちはいいけれど、近い将来必ず行き詰まる」「地元だけでなく、全国で売れるものをつくりましょう」という未来志向の内容でした。職員たちは最初「こんなに売れているのに?」という反発も感じたといいますが、前川さんの熱意に心を動かされ、ついていくことに。
田中さん:柔らかな色や柄を使ったいかにも福祉っぽいデザインではなく、紙そのものの魅力で勝負しようと研究を重ねました。自分たちがつくっているのはただのリサイクル紙ではなく、震災後に支援していただいた機材や材料、技術や想いが積み重なって形になった手漉き紙です。利用者も一枚一枚、感謝を込めて手漉きしています。手触りや質感が際立つように、通常よりも厚みを取って粗さを残しました。
段ボールにクラフト紙、玉ねぎにタコ、杉の葉に桜の枯れ葉。身の回りにあるさまざまなものを混ぜて新しい紙をつくる実験もしました。定番となったのは牛乳パック100%の「MILK」、南三陸の新聞屋さんからいただいた古新聞100%の「NEWS」、コーヒーの出がらしで染めた「COFFEE」の三色。
この紙に、利用者が描いた南三陸特産品のタコやワカメ、モアイのイラストを活版印刷したポストカードも人気です。手漉き紙の凹凸に活版印刷の凹凸が加わり、より豊かな手触りに。「ARIGATO」「OMEDETO」などの文字を刻んだメッセージカードは、結婚式のプチギフトとして使われるようになりました。
製品はNOZOMI PAPER®と命名し、工房名もNOZOMI PAPER Factoryとしました。福祉作業所であることを謳わず、「気に入って購入したら、実は福祉作業所の製品だった」という状態を目指すためです。
新しい福祉の形を発信する場所
活動を続けるうちに、NOZOMI PAPER®はJaGra作品展2017で厚生労働大臣賞を受賞。障害のある人との協働から生まれた魅力的なしごと・はたらき方を紹介するGood Job! Awardで入選したり、take paper show 2018でクリエイターの作品に使われたりと、高い評価を受けるようになりました。注文も多く、生産が間に合わないほど。そこで、全国の紙漉きをする福祉施設との連携をはじめています。
田中さん:製品が評価されたことで、利用者も自信をつけています。言葉で説明するのが難しい人でも、見学者が来ると「こうやって紙を漉くんだよ」「この絵は自分が描いたんだ」と一所懸命伝えようとするんです。
震災前は内職仕事だけだったので、同じことの繰り返しだしノルマに追われて少しピリピリした雰囲気でした。いまは自分たちでペースを調整できるから、忙しくても気持ちに余裕があります。一時間に一度休憩があって、お茶を飲んだり季節の花を眺めたり。落ち着いた環境の中、新しい依頼が来たり新しい人と出会えたりするから、みんな刺激を受けています。利用者も職員も、この仕事をつまらないと思っている人は誰ひとりとしていません。楽しみながら仕事しています。
震災はもちろんなかったほうがよかったけど、何もかも流された状態からたくさんの人の助けを借りてここまで来ることができたと思うと、感無量ですね。
直近の目標は、施設を再建すること。震災後2度引っ越しをしましたが、そろそろ本設の建物に移りたいと全員が思っています。ただ、建設資金や備品は足りていません。状況を知った前川さんは、NOZOMI PAPER Factory SUPPORTERというサポーター制度を立ち上げました。ファクトリーロゴの入ったTシャツや缶バッジなどのグッズを買うと売上の一部が建設資金となります。サポーターは単に寄付する人ではなく、ファクトリーを一緒につくる仲間という位置づけ。再建した暁には、サポーターを呼んでパーティーをしようと考えているそうです。
田中さん:福祉って閉鎖的になりがちだし、未だに「可哀想な人たち」という目で見られることもあります。でも、実際は可能性を持った個性豊かな人たちが楽しみながら働いているんです。だから、ファクトリーを外に開いて、いろんな人に遊びに来てもらいたい、知ってもらいたい。地域のコミュニティ拠点、新しい形の福祉を発信する場所にしていけたらと思っています。
■ NOZOMI PAPER Factory
HP: http://www.nozomipaperfactory.com/
FACEBOOK: https://www.facebook.com/nozomipaperfactory/
■HUMORABO
HP: www.humorabo.com
ONLINE SHOP: http://humorabo.base.ec/
2018.4.6