物語

『さとうみファーム』は、歌津町寄木地区、海の見える丘にある羊牧場です。特徴は、羊肉だけでなく、羊毛も生産していること。現在市場に出回っている羊毛は海外産がほとんど。羊の飼育から糸紡ぎまで行う牧場は、国内ではかなり珍しい存在です。代表の金藤(かねとう)克也さん、ウール工房担当の千葉もとこさんにその背景を伺いました。
南三陸のわかめを羊の飼料に
「メェ〜、メェェ〜」。羊舎内に入ると、羊たちが鳴きながら近寄ってきました。人に慣れているようで、怖がる素振りはありません。背中をそっと撫でると、もこもこと柔らかで弾力のある感触が返ってきました。
金藤さん:可愛いでしょう。犬と同じように人に懐くし、撫でると気持ち良さそうにするんですよ。
と、目を細めて話す金藤さん。『さとうみファーム』をオープンしたのは2014年のこと。26頭の羊を譲り受け、試行錯誤しながら数を増やしていきました。いまではお産もお手のもの。現在の飼育数は83頭にのぼります。

飼育しているのはコリデール種とサフォーク種
牧場の正式名称は、『さとうみファーム〜子ども夢牧場〜』。羊と触れ合えるのはもちろん、遊具やウッドデッキもあり、地元の子どもたちが山を越えて遊びにくるそう。また、眼下に広がる寄木湾でのシーカヤックや、わかめ羊のバーベキュー、羊毛を使った手づくりワークショップといった体験メニューも揃っています。
金藤さんは震災前、東京で住宅設備関連の会社を経営していました。2011年4月、「自分にできることはないだろうか」と物資を持って東北沿岸部へ。そのときに寄木に立ち寄り、以来幾度となく通うようになります。
地元の人から「お肉が食べたい」という声を聞いてバーベキューパーティーを開いたり、ワカメの養殖が再開するのに作業場がないことを知って100㎡ほどのワカメ小屋を建設したり、海で遊ぶ機会がなくなってしまった子どもためにシーカヤック体験教室を開いたり。そのときそのときに必要とされていることを行い、住民と親交を深めてきました。
金藤さん:2012年には既に羊の牧場をつくろうという構想を持っていて、一般社団法人さとうみファームを立ち上げました。羊を選んだのは、子どもたちと相性がいいだろうと思ったから。震災によって子どもの遊び場が減ってしまったので、安心して遊べる場所をつくりたかったんです。それに、活動を継続するためには収益を上げる必要があります。羊肉のブランド化は可能性があると考えました。
当時、金藤さんの頭にあったのはオーストラリアのソルトブッシュラムでした。土壌の塩分を吸収するソルトブッシュというハーブを羊に食べさせたところ、天然ミネラルを豊富に含むおいしい肉となり、1キロ1万円で売れるようになったという事例です。津波による塩害を逆手に取り、南三陸でもソルトブッシュラムをつくろうと考えました。
金藤さん:でも、ソルトブッシュは南三陸の気候に合わず、栽培したものの冬場に枯れてしまって。代替品として思いついたのが南三陸の特産品、高級わかめでした。漁師さんたちのお手伝いをする中で、わかめの芯の部分を捨てていることを知り、もったいないなと感じていたんです。わかめもソルトブッシュと同じで、塩分が高くミネラルがたっぷり。同じ効果が期待できると思いました。
土地の整備や羊舎の建築も自分たちで行い、構想から2年近くかかってようやく羊を飼育できるように。宮城大学の協力を得て、実際にわかめを食べさせた羊の肉を食味センサーで分析したところ、ほかの国産羊肉よりもおいしいという結果が出ました。羊独特の臭みや癖が消え、肉の柔らかさが増すのです。「わかめ羊」はたちまち注目を集め、注文が殺到。既に年間100頭分の予約が入っているといいます。
金藤さん:まだ飼育が追いつかず、今年からようやく30頭出荷できる見込みです。いまは県や企業からの助成金に頼っていますが、年間100頭出荷する体制になれば、自前で3人分の雇用が維持できます。復興支援ではなく、寄木の一員として、自分たちで生業を立てながら楽しい地域をつくっていけたらと思っています。
活動に本腰を入れるため、東京の会社を畳んで南三陸に移住した金藤さん。「収益を上げて雇用を増やし、地域に還元したい」と熱意を燃やします。
目標は、世界一の手紡ぎ糸をつくること
羊たちの命をいただくのだから、肉だけでなく毛も皮も、丸ごと無駄にせず活用したい。金藤さんは羊肉と同時並行で羊毛の生産も進めていましたが、経験不足でなかなか軌道に乗らなかったといいます。そこでウールを活用する知識や経験を持ったスタッフを募集。2015年の冬に織り作家の千葉さんが仲間入りしました。
千葉さん:子どもの頃読んだ児童書に、魔女がタペストリーを織りながら未来を読むシーンがあったんです。その描写に憧れて、「大きくなったら織物をしよう」と思いました。仕事をしながら独学で織りの勉強を始めて、そのうちに糸紡ぎや原材料にも興味が出てきて。国産の羊毛を使いたくて、牧場を訪問して羊毛を譲ってもらっていました。
長年趣味で羊毛に携わってきた千葉さんにとって、ウール工房は願ったり叶ったりの職場でした。質の良い羊毛を生産するための飼育環境や保管環境を整え、
ほかのスタッフたちと一緒に糸紡ぎや草木染めを勉強。ニット作家や地域のお母さんたちに編み物を依頼し、製品づくりにも着手しました。

ざっくり編んだ手袋

草木染を習い、自分たちで手染めしています

端糸を組み合わせたブローチ

南三陸の間伐材と合わせた羊毛フェルトのキット
千葉さん:でも、ウール工房が一番押していきたい製品は、糸そのものなんです。糸を購入して、自分で編む人が増えてくれたらいいなと思います。
現在市場に出ている羊毛はほとんどが海外産です。羊毛は、選別して、洗って、ほぐして……と、糸にするまでに多くの工程を必要とします。業者もいまはほとんど無くて、各牧場が自分たちの手で行うしかありません。そこに時間と手間をかけるならと、お肉だけを取って羊毛は捨ててしまっている牧場がほとんど。
でも、命を無駄にしないという点でも、循環という点でも、国産羊毛をつくっていくことはすごく意味のあることなんじゃないかなって思うんです。海外産と比べると値が張ってしまうけど、そこに価値を見出してくれる人がいたら嬉しいです。
手紡ぎした糸は、ある程度揺らぎが出るもの。それが味にもなりますが、あまりに太さがバラバラだと編みにくくなってしまいます。機械で紡いだような均一さではないけれど、編みやすく美しい。そんな絶妙なバランスを大事にしているそう。「綺麗だと思います、うちの糸。手紡ぎならではのふくらみがあって、柔らかくて」と、糸を見ながら愛おしそうに微笑む千葉さん。今後は皮も加工して、タグなどに使用していく予定だそうです。
千葉さん:羊の牧場にウール工房を併設することが一般的になって、どこを訪問してもその牧場ならではの糸やセーターが並んでいる。そうなったら素敵だなと思います。その中でも私たちは、世界一の手紡ぎ糸屋になりたい。自信を持って人に勧められる糸をつくりつづけていきたいです。
カラカラカラ、と糸車の回る音が心地良く響くさとうみファームのウール工房。きっとこれからどんどん、新しい糸や羊毛製品がこの工房内を彩っていくことでしょう。
■ さとうみファーム ウール工房
HP:http://satoumifarm.org/
住所:宮城県本吉郡南三陸町歌津町向22
電話:0226-29-6379
購入方法:羊毛製品はオンラインショップから購入できます。売り切れになっている場合でも、メール等で問い合わせをすれば対応してもらえるとのこと(少々時間がかかる場合あり)。
2018.4.5