物語前編

さをり織りは、1968年に大阪の主婦が考案した現代手織り手法です。“失敗”という概念がなく自由に心を表現できるため、阪神淡路大震災やスマトラ沖地震の被災地で、被災者の心を癒し収入を生む手段として活用されてきました。東北も例外ではありません。東日本大震災後、多数のさをり織りサークルが誕生しました。そのうちのひとつ、『三陸さをりプロジェクト』の事務局を務める大森進さんにお話を伺いました。

さをり織りで被災者の心をケアする

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岩手県宮古市で暮らす大森さんは、ご自身も東日本大震災の被災者です。地震発生後すぐに家族と避難したため命は助かりましたが、自宅は半壊しました。家の片付けに追われていた同年7月、さをり織りによる復興プロジェクトの構想を持っていた東山高志さんと出会い、共に『三陸さをりプロジェクト』を立ち上げました。

大森さん:自分自身も逃げ出したかったんですよ。瓦礫だらけの町と床板のない家を毎日見ていると気が滅入っちゃってね。何か別のものが見たかったし、嫌なことを忘れるために熱中できるものを欲していました。それが人助けにもつながるなら、一石二鳥でしょう。

それともうひとつ、前日に自宅の蔵を片付けていたところ、古い織物の道具が出てきたんです。いまは廃れちゃったけど、岩手沿岸部は昔、養蚕と機織りが盛んな地域でした。うちでも、ばあさんのばあさんか誰か知らないけど、機織りをしていたんだね。だから、「運命なのかな、ご先祖さまがやれって言ってるのかな」と思って。これね、作り話みたいだけど本当の話。

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右が東山さん、その隣が大森さん

さをり織りは、“自分の持って生まれた感性を最大限に引き出す”ことに主眼を置いた手織り手法です。大阪で専業主婦をしていた城みさをさんが考案し、世界に広まっていきました。常識や既成概念に囚われることなく、失敗してもそれを一度しか出せないデザインや風合いと考えることが特徴です。1995年の阪神淡路大震災、2004年のスマトラ島沖地震でも被災者の心を癒すために取り入れられました。

兵庫県で阪神大震災を経験した東山さんは、タイの津波被災者たちが日本で生まれたさをり織りを通して暮らしを取り戻していったことに感銘を受け、製品を日本で販売することで支援してきました。長年にわたる活動で学んだことを活かして、東日本大震災の被災地で被災者の仕事づくりと心のケアを行いたい。そう考えて宮古を訪れ、大森さんと知り合ったといいます。

被災地の中でも岩手県を選んだのは、地理的条件からボランティアが他県に比べて少なく、産業も立地しにくいと考えたから。また、タイでさをり織りによる復興プロジェクトを牽引したのが岩手県出身の僧侶だったからです。「岩手出身の人がタイでできたのだから、きっとここでもできる」と岩手の人から言われたのが決め手になりました。

「体験会を開いてほしい」という声に応えて

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2011年10月、第一回さをり織り体験会が、宮古市の『みやこ若者サポートステーション』で開かれました。ここは、引きこもりの若者を支援するための総合相談窓口です。体験会には数人の若者が参加し、すぐにさをり織りのコツを掴んだそう。仮設住宅を回ってさをり織りを教える講師役を担うようになりました。

大森さん:仮設住宅は高齢者が多いから、20〜30代の若い子は孫のように大歓迎されたんですよ。若者のほうも最初は言葉が出なかったのが、可愛がられている内に人付き合いに慣れてきて、どんどん明るくなっていってね。そのおかげで2年後には4人が就職し、1人が結婚して『みやこ若者サポートステーション』を卒業してしました。今は代わりに私が講師を務めています。

『三陸さをりプロジェクト』は、さをり織りを通して障害者や高齢者の社会参加を促す『NPO法人さをりひろば』から織機の貸与などさまざまな協力を得て、田老、山田、大槌、釜石と活動エリアを増やしていきました。活動がテレビや新聞に取り上げられると、あちこちから「うちでも体験会を開いてほしい」と声がかかるようになったそう。「おばあちゃんが昔機織りをしていた」という人も多く、馴染みやすかったのでしょう。

s_IMG_0734_2回を重ねるごとに参加者の腕は上がり、織り上げた生地もたまっていきました。これを活用しようと、三陸の特産品であるイカをモデルにした『まいっかちゃん』が誕生しました。どんなことも「ま、いっか」と笑い飛ばしてしまおうというという、あっけらかんとした明るさを持つキャラクターです。

『まいっかちゃん』の売れ行きは好調で、自信をつけた織り手たちはストールやうちわなど新たな製品を生み出していきました。

『三陸さをりプロジェクト』と同じように、震災後、さをりひろばが関わる形で多数のさをり織りグループが誕生しました。統一ブランド名は『SAORIAS』。さをり織りとリアス式海岸とを掛け合わせた造語で、「さをり織りを通して沿岸部がつながるように」という願いが込められています。

2016.11.21