物語前編

震災後すぐに被災地へ入り支援活動を続けてきた厨勝義(くりやかつよし)さんは、若い女性が働きたいと思える職場をつくるため、自然派石けん工房を開きました。キューブ型のお洒落な石けんは、国内のみならず海外からも注目を集めています。
100万円を使いきるまで東北で活動しよう
厨さん:自分が痛みを感じる金額まで出そう、100万円を使いきるまでやりきろう、と思いました。
厨さんは震災前、東京で翻訳会社を経営していました。東日本大震災が起こるとすぐに情報収集を始め、2週間後には車に物資を積んで南三陸へ向かいます。そこに広がっていたのは、橋が落ち、船が街中に転がる痛ましい光景でした。
惨状を見て「自分にできることをやりつくそう」と決心した厨さんは、持ち出しの上限を100万円と設定。「一番役に立つのはものではなく人だ」という考えから、NPOスタッフやコンサルタント等、専門分野で高い能力を持っている人を現地に連れてきて必要なところに紹介しました。より密に支援をするため、震災から3か月後には自身も南三陸へ引っ越します。
厨さん:冬には100万円を使い切ったんですが、その頃にはもうやめられなくなっていて。思ったより復興が進んでいなかったこともあり、翻訳の仕事で稼いだお金をつぎ込みながら活動を続けることにしました。
2年目からはNPOが行う創業支援事業のコーディネーターを請け負うようになり、持ち出しはなくなりました。しかし、震災から3年という区切りを迎えたとき、このまま南三陸に残るか、東京や地元に戻るかで悩んだといいます。
厨さん:ここにいれば何かしかの仕事は舞い込んできます。でも、それは僕の能力に関係なく、「被災地にいる」というだけの理由で来る仕事です。これを続けていたら、自営業としての受注能力が下がってしまうなと思いました。
そこで頭に浮かんだのが、「南三陸で石けん工房を開く」という選択肢でした。
若い女性が働きたいと思える職場をつくる
なぜ石けん工房だったのでしょう。理由のひとつは、若い女性の職場になると考えたからです。
厨さん:被災地で問題なのは若者がいないこと。高齢者がたくさんいることが問題じゃないんですよ、それに対して若者の数が圧倒的に少ないことが問題なんです。でも、若者が積極的に働きたいと思える職場、特に女性向きの職場は役場や組合の事務くらいしかない。上の世代は「仕事は選ぶものじゃない」という意識が強いけど、いまの若者は仕事を自己実現と結びつけて考えるでしょう。だから大人になると町から出ていってしまうし、外から来てくれる人も少ないんです。
ラッシュやロクシタンは女性に人気の職場だし、石けん工房なら若い女性に「働きたい」と思ってもらえるんじゃないかと考えました。
もうひとつの理由は、地域の材料を使えること。宮城県には豊富な自然素材があります。それを活かさない手はありません。
厨さん:食品とスキンケア用品は田舎であることが有利に働くんです。「都会の工場でつくっています」というより、「山の中で、土地のものを活かしてつくっています」というほうがイメージがいいでしょう。
また、パートではなく正社員として雇用することを考えると、しっかり利益を上げられるものじゃないといけない。石けん業界のトップ企業の年間売上を確認すると、160億円ありました。その百分の1だとしても1億円を超えます。必死でやれば達成できるんじゃないかと計算しました。
実は厨さん、被災地で起業したいという人に対して、このアイデアを何度か提案していたといいます。しかし、実践する人はいませんでした。初期費用もあまりかからずすぐに始めることができ、可能性があるプランなのに誰もやらない。それなら自分でやってみようと、『南三陸石けん工房』の構想を形にしていきました。
こだわったのは見た目の可愛らしさ
製品を開発するにあたって、厨さんは仙台で石けんづくりをしている人に指導を仰ぎ試作を繰り返しました。試作した石けんは100種類以上。その中から、評判や並べたときの彩りなどを基準に12種類まで絞りました。アカモク、シルク、トウキ、ワカメは南三陸産、はちみつは多賀城産です。肌に良く発色も鮮やかになる素材は、宮城県産でなくても取り入れました。
とことんこだわったのは見た目の可愛らしさです。長方形や丸などさまざまな形を試し、1ミリ刻みでサイズを調整。最終的には1インチ(2.54cm)角に落ち着きました。
厨さん:チョコレートもこのサイズが多いんですよね。1インチって、白人の親指の横幅が基準になっているそうです。つまみやすくて直感的に触れたくなる大きさなんだと思います。
容れ物もお菓子用の箱にしました。ライバルはマカロンですね。好きなものを選んで、箱を開けたときにぱっと気分が上がって。誰かへのプレゼントや自分へのご褒美として購入されるところも同じ。「いままでこういう石けんはなかった」と好評をいただいています。
2016.3.18