物語後編
布ぞうりを売るために立てた戦略
編み手が増え生産量が上がると、「いかに売るか」が重要になってきました。その戦略を立てるのが工藤さんの役割です。
工藤さん:布ぞうりって、そんなに簡単には売れていかない商品だと思っているんです。大半の人がスリッパを履いているし、知らない人にはなかなか手に取ってもらえない。だから、どこにどういう布ぞうりを持っていったら売れるか、という視点から企画を考えました。
2012年の春には、『EMI ROCKS SENDAI』というロックフェスで『アーティストプロデュースの布ぞうり』を製作・販売しました。被災地でもある仙台で、普通の布ぞうりを販売しても苦戦するのではないかと考えたからです。準備期間が短かったため製作できたのは各アーティスト15足ずつでしたが、開場して15分で売り切れました。
ここでの縁が元で、ロックバンド『ACIDMAN』の日本武道館公演でも布ぞうりを販売できることに。ツアーTシャツを使った布ぞうりを4種類100足分つくりましたが、こちらもライブが始まる前に完売。その後も数組のアーティストとコラボ布ぞうりを製作しました。
また、企業には「循環型支援」を依頼しました。これは、着古したTシャツを企業内で集めて送付してもらい、そのTシャツを使って編んだ布ぞうりを社内で販売させてもらうという企画です。
『ふっくら布ぞうり』の通販サイトで販売している布ぞうりは、新品の布を材料とし、腕の良い編み手が製作したものです。そのレベルを目指して修行している新人の編み手が編んだ布ぞうりを通常よりも安く販売しました。
工藤さん:新人の育成にもつながるし、売上の面でも大きく助けられました。お昼休みだけで80足もお買い上げいただいたこともありました。やはり、自分が寄付したTシャツなので「どんな布ぞうりになったんだろう」と興味を持っていただけるんですね。
特に、ホンダさんは毎月のように各地の営業所で販売会を開いてくれました。いまでも継続してくださっていて、本当にありがたく思っています。毎年販売会を楽しみにしてくれているリピーターさんもいらっしゃるんです。
そのほかにも、外国人旅行客の多い東京タワーで和柄の布ぞうりを販売したり、ハワイアン柄の布ぞうりをフラダンスのイベントで販売したりと、工藤さんはアイデアを次々と形にしてきました。その発想の豊かさには驚かされます。
工藤さん:でも、2015年にはいままでと違った新しい流れがやってきました。身体のことに関心を持っている方々から声がかかるようになったんです。
たとえば、整体師の先生が運営しているウェブショップ『足半屋(あしなかや)』とは、『足半ふっくら布ぞうり』を共同開発しました。足半とは踵のない藁の草履のこと。土踏まずをサポートし踵に自重がかかるので、履いているだけで足が強化されるといいます。
『足半屋』ではこの布ぞうりバージョンを開発するためいくつかの業者に当たりましたが、綺麗につくれるところがなかったそう。『ふっくら布ぞうり』の編み手たちはいままでに培った技術を応用して足半布ぞうりを製作。「土踏まずが押されて気持ちいい」「程よい刺激がある」と評判の製品になりました。
「会員向けにオリジナル布ぞうりを製作してほしい」と依頼してきたのは、コンディショニングの指導者を育成する『一般社団法人日本コンディショニング協会』です。コンディショニングとは身体を整えるメソッドのこと。布ぞうりを履くことで姿勢が整い血流も良くなるので、会長の有吉さんは日頃から布ぞうりを愛用していました。
工藤さん:2014年の年末にイベントで販売させていただき、300足以上お買い上げいただきました。その後も有吉先生の講演会などで販売してくださることになり、毎月100足を超えるご注文をいただいています。それに対応するので精一杯で、それまで取り組んでいた企画を展開するような暇がなくなっちゃいました(笑)
昨年11月、またNCAさんの大きなイベントがあったんですが、そこにいた260人の会員さんがみんな『ふっくら布ぞうり』を履いていたんです。あんなにたくさんの人が一斉にふっくら布ぞうりを履いてる光景は見たことがなかったので、感動して涙が出そうになりました。
「いい製品をつくること」に貪欲に
編み手の技術が高く品質の良さに定評のある『ふっくら布ぞうり』ですが、ここまで来るにはさまざまな苦労があったそう。特に大変だったのは、つくり直しをしてもらうときのやりとりでした。
工藤さん:完成したものを東京に送ってもらってチェックするんですが、編み手さんたちはインターネットに馴染みがない人ばかりだったから、「この部分をもっとこうしてほしい」とメモを書いて、布ぞうりに貼って送り返していたんです。でも全然伝わらなくて、何度も頭を抱えました。
それがいまでは、ほとんどの編み手がフェイスブックに登録し、グループページで連絡を取り合えるように。「SNSが使えるようになると便利ですよ」と根気強く薦めた結果です。写真や動画で説明するとすぐに伝わるので、かなり効率が上がったそう。
工藤さん:ネットなんて開いたこともなかった60代、70代の編み手さんたちが、スマホを買ってフェイスブックを使いこなしているんです。画面が小さくて見づらいからってタブレットを買った方もいました。すっかり“最先端のおばちゃん”になっちゃいましたね。
材料の布は編み手自身に購入してもらっていますが、まだ町が復興していないので手芸店が少ないこともあり、工藤さんが東京の手芸店を回って良さそうな布をピックアップしています。その写真をグループページに載せると、編み手さんたちから「10メートルほしいです」「15メートル買ってください」と書き込みが入ります。
工藤さん:「何でもいいから材料を支援してほしい」ではなく、「買うからどんどん送って」と言われるんです。「いい作品をつくること」に貪欲なんですね。気持ちが前向きに変化していることが感じられて嬉しいです。
2015年には、関東・東北豪雨で被災した茨城県常総市のTシャツプリント工場を支援するプロジェクトも開始しました。水没したTシャツを綺麗に洗って東北で布ぞうりへと再生し、売上の一部を工場へ還元するプロジェクトです。
知人から「被災して廃棄処分になってしまうTシャツが大量にある」と連絡を受けた工藤さんは、すぐに現地へ向かいました。そこに漂っていたのは、震災直後の東北と同じ匂いだったといいます。
工藤さん:「これは洗濯して匂いを落としてから編み手さんに送らないといけない」と思いました。この匂いを嗅いだら、編み手さんたちはきっと震災時のことを思い出してしまうから。
洗濯は、ボランティアの方々に協力してもらいました。せっかく洗ってもカビがとれないものもあったし汚れの落ちないものもあったりして、かなり大変な作業だったんですが、洗濯のコツをみんなで共有したりしながら積極的に手伝ってくれて。本当に助けられました。
布ぞうりの製作そのものも、Tシャツを使う場合は新品の布で作るより布の長さが短くなるため、より手間がかかります。でも、編み手さんたちは「自分たちもまだまだこんな状況だから手伝いにいくことはできないけど、支援でいただいた技術でお役に立てるなら」と快く引き受けてくれたそう。支援の循環が生まれているのですね。
「編み手のみなさんは、本当にがんばってくれているんです」と目を細める工藤さん。「今後の目標は?」と聞くと、「地に足をつけて長く活動を続けていくことです」と話してくれました。
布ぞうりは一度に大量生産ができる商品ではないので、あまり大きな目標を掲げると編み手さんたちに負担がかかってしまいます。なので、じっくりと活動を広げられたらと思っています。とはいえ、少しずつでも活動を広げるためには、裏でたくさん動かないといけないんですけどね。その覚悟はしつつ、自分たちのペースを大事にして続けていきたいです。
2016.3.1