物語前編

南三陸、陸前高田、石巻、東松島。『ふっくら布ぞうり』は、4地域35人の編み手によってつくられています。2011年8月に南三陸で開かれた布ぞうりづくりのワークショップに参加したひとりの女性が、「これを仕事にしたい」と話したことがきっかけで活動が始まったといいます。これまでの軌跡を、代表を務める工藤賀子さんに教えてもらいました。

東京にいてもできる支援を探して

s_IMG_4049工藤さんは震災前、東京のレコード会社に勤め、東北エリアの担当をしていました。沿岸部へ行ったことはありませんでしたが、所属アーティストがラジオで担当していたレギュラー番組に届くファンからのメールやFAXで、閖上や亘理といった地名を覚えたそう。震災時はそうした町が次々と波に飲まれていく映像を見て、「どうにも堪らない気持ちになった」といいます。

工藤さん:あのとき、エンタメ業界は本当に無力だったんです。仕事もなくなってしまったので、会社にいるときはずっとパソコンで東北のラジオを聞き被災地の情報を追っていました。

番組では音楽もかけずに、「おばあちゃんを探しています」「私はここの避難所にいます」といったリスナーからの切実なメッセージを流しています。そんな被災した方たちの思いを全部受け止めて放送しているのは、いつも一緒に仕事をしていた仲間たち。その姿を想像すると居ても立ってもいられなくなり、会社の車を借りて物資を積み、4月中旬に陣中見舞いに行きました。

まずは仙台を訪問して友人たちをねぎらい、次に気仙沼・石巻へ。そこで被害の大きさを目の当たりにし、「私たちにいまできるのは泥かきだけだ」と痛感したそう。週末ごとに男手を募って被災地へ行くようになりました。しかし、しばらくすると会社の車を借りることができなくなり、「東京にいてもできること」を探すように。そこで出会ったのが、『ふんばろう東日本支援プロジェクト』でした。

『ふんばろう東日本支援プロジェクト』は2011年4月に立ち上がったボランティア組織です。物資の行き届いてない避難所の情報を収拾してSNSを通じて発信し、アマゾンの「ほしいものリスト」などを通して全国から物資を送付できるシステムを構築。「必要なものを必要なところに必要なだけ送る」効率的な物資支援を行っていました。工藤さんはそんな画期的な支援方法に共感して、ボランティアとして参加することにしました。

布ぞうりづくりを仕事にできないか

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震災から数ヶ月が立ち仮設住宅への入居が始まると、部屋に引きこもってしまう人が出てくるなど新たな問題が出てきました。物資支援を急務としていたフェーズから、心のケアを必要とするフェーズへ移行したのです。

『ふんばろう東日本支援プロジェクト』に参加していた女性たちは、「手を動かすことで気が紛れるのでは」「コミュニティづくりのきっかけになるのでは」と被災地でものづくりのワークショップを始めました。そのひとつが、横須賀の布ぞうり工房『コットンビーズ』の先生が講師となり、2011年8月に南三陸で実施したワークショップです。

『コットンビーズ』の布ぞうりはオリジナルで開発した特殊な方法で編まれていて、通常の布草履よりもふっくらと厚みがあることが特徴。しっかりと編まれているので丈夫で長持ちします。

ここに参加した及川八千代さんは、元々「町が復興するまで、手仕事で収入を得られたら」と考えていたそう。ワークショップ後、先生に「布ぞうりを仕事にできないか」と相談すると、「9月末のバザーに出品するのでつくれるだけつくってみてほしい」と、布ぞうりのキットが送られてきました。

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及川さんたちが製作した10足強の布ぞうりはバザーで完売。売上は次の布草履の材料を買う資金に回し、布ぞうりをつくるグループとして『南三陸ふっくら会』を発足しました。

工藤さん:及川さんの「仕事にしたい」という一言がなければ、いまの広がりはなかったと思います。その頃私は東京の復興支援イベントなどで販売のお手伝いをしていて、その中にあった布ぞうりを見て「これ、すごくいい!」と思ったんです。とても綺麗に編まれていたし、可愛かったから。実際、イベントでは飛ぶように売れていきました。

ただ、『南三陸ふっくら会』は編み手が3人しかいないので、発注してもなかなか商品が出来上がってこないんですね。人気の商品なのにもったいないなと思っていたときに、陸前高田からも「布ぞうり作りをやってみたい」と連絡がきたんです。じゃあ私が段取りをしようと話を進め、2012年1月に陸前高田で講習会を実施しました。

s_amiami_2そこはそれまであまり支援が入らなかった小さな仮設住宅で、入居者は初めて会う人同士が多く、各々の部屋にこもりがちになっていたそう。布ぞうりづくりは、新たなコミュニティを築くきっかけになりました。

この仮設住宅には、旦那さんを亡くして一人暮しになってしまった方もいました。周囲は「冬を越せるかしら」と心配していたそう。晴れ間の少ない冬は気持ちが沈むし、1人になるとどうしてもよくないことを考えてしまいます。しかし、布ぞうりに出会ってからは製作に没頭し、本人も「気づいたら春が来ていました」と話していたといいます。ものづくりが、気持ちを紛らわしてくれたのですね。

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その後、及川さんなどベテランの編み手が教える側に回り、石巻に2つ、東松島にひとつ、布ぞうりをつくるグループが誕生しました。

人数が増えると在庫管理や経理などといった作業も煩雑になります。会社を辞めフリーランスのプロモーターになっていた工藤さんは、2012年11月に『一般社団法人あゆみ』を設立しました。ボランティアではなく法人の代表として、責任を持って東北をサポートしつづけようと決心したといいます。

2016.3.1