物語後編
福島を応援してくれる人に届けたい
フィトケミカルシリーズで使っているのは、石川県能登市の無農薬野菜です。“福島産”ということで商品自体を敬遠されないよう、同じ農法でつくられた他県の野菜を採用しました。
ただ、やはり福島の農業に貢献したいという気持ちは消えません。そこで、福島産の無農薬野菜を使った加工食品シリーズ『福島コレクション』を製造しました。2016年現在、ポタージュ、トマトジュース、ジンジャーシロップの3種類が発売されています。
平子さん:特に人気なのはトマトジュースです。普通のトマトジュースは、味を一定に保つために食塩や砂糖、添加物を入れて調整します。でも、「いつ飲んでも同じ味であること」を求める人ばかりじゃありません。うちでは素材そのものを活かし、余計なものを極力入れないようにしています。だから、時期によって味が違う。「それでもいいから、美味しいものを飲みたい」という人に向けた商品ですね。
生のトマトのようなフルーティさがあり、すっきり飲めるのが特徴。トマトジュース特有のどろっとした舌触りや人工的な味がしないので、「いままでトマトジュースは苦手だったけど、これは好き」と言ってくれる人も多いそう。
パッケージには“福島”の二文字が大きく描かれ、その下に「福島には、今も変わらず安全で美味しいものがたくさんあります」というメッセージが添えられています。
平子さん:福島産を敬遠する人は、どんなに「実は他県産より安全なんです」と説明したところで敬遠します。それならいっそ“福島”を前面に出して、福島を応援したいと思ってくれる人に手に取ってもらおう、という戦略です。
商品を通して、福島の野菜が美味しいこと、安全であることをひとりでも多くの人に知ってほしい。平子さんはそう願っています。
いわきを震災前よりも魅力あるまちに
東日本大震災はいわきに大きな爪痕を残しましたが、一方ではそれまでになかった動きや人との出会いを生むきっかけにもなりました。
平子さん:震災があった年に、地元の酒屋さんたちが風評被害に苦しむ米農家を助けようと「いわきの米で酒をつくろう」と立ち上がったんです。私も声をかけられて手伝い、『いわき遠野の純米酒』を開発しました。それがなんと、2013年に伊勢神宮に奉納されることになりまして。伊勢以外の産地の製品が奉納されるなんてあまりないことです。「福島の復興を応援したい」と協力してくれた方々のおかげです。
このときの経験を活かし、現在は広野町の米を使った酒づくりにも挑戦しているそう。
平子さん:なぜ酒にこだわるのか。それは、酒が一番放射能に対してシビアだからです。米は50ベクレル、水や牛乳は20ベクレル以上あると食べられません。酒に使う米は0ベクレル。少しでも検出されたらいけないんです。放射能が少しでも入った米を使うと、その酒蔵のほかの酒もダメになってしまいますから。
国や東電がいくら大丈夫だと言っても、みなさん不安でしょう。だから基準が厳しい酒をつくることで、「福島でも放射能不検出の米がとれるんだ」と知ってもらいたいんです。
こうした地元への想いを東京でプレゼンしたところ、共感した若者数名が『いわき遠野の未来をつくる会』という任意団体を結成し、毎月いわきを訪れるようになりました。いわき市役所の職員も交え、地域のビジョンづくりを行っています。
そこから生まれた活動のひとつが、福島の有機農家が集まる月に1度のオーガニックマルシェ『まんまる市』です。地元のお年寄りたちから挙がった「みんなが集まれる場所がほしい」という声を拾い上げ、『未来をつくる会』のメンバーが形にしました。
平子さん:最近の若い人ってすごいんですよ。ただ見栄えを良くするのではなく、「人口が減っていく中で続けるためにはどうしたらいいか」というところまで考えてくれるんです。「この人たちはこれからの日本を背負っていくんだな」と頼もしく感じています。
震災前は周囲の意見なんてお構いなしに突っ走っていましたが、震災で若者と話す機会が増え、耳を傾けるようになりました。いまではすっかり感心してしまっているんです。
「私が若い頃とは一味も二味も違う」と謙遜する平子さんですが、その人柄に惹かれ、優秀な若者が集まってくるのかもしれません。

こどもたちと特産品メニューの開発に取り組む『未来をつくる会』
数々の挑戦のおかげで、『いわき遠野らぱん』の売上は震災前を上回りました。現在は15人の社員を雇っていますが、30人に増やすことを当面の目標にしているといいます。
平子さん:いわきは、ぱっと見ではそれほど被害を受けていないように思えるかもしれませんが、実はめちゃくちゃに打撃を受けています。
ですが、関東大震災を経験した東京も、原爆を落とされた広島・長崎も、かつて大きな災害に見舞われた地域は復興してより大きなまちになっています。いわきもそれに倣いたい。自分たちならではのことを仕掛けて、よりこのまちを発展させたいと思っています。
『いわき遠野らぱん』の挑戦は続きます。
2015.12.3