物語前編

地元に残った障がい者たちの新たな仕事をつくりたい。南相馬市の福祉事業所から相談を受けた東京のクリエイターたちは、編集の現場で大量に廃棄されるゲラを活用した自由帳『ゲラメモ』を考案しました。製品には、“素材の再生”と“地域の再生”、 2つの想いを込めたといいます。
編集者の平原礼奈さん、ウェブデザイナーの松山康久さん、共同代表の二人にお話を伺いました。
福祉事業所の仕事をつくる
南相馬市は、福島県北東部に位置する太平洋沿岸のまちです。東日本大震災では1,118名が亡くなり(災害関連死含む)、4,394棟が全半壊するという大きな被害を受けました。
追い打ちをかけたのが、福島第一原子力発電所の事故です。避難指示等を受け、一時は9割近くの人が故郷をあとにしました。まちに残った人の多くは、高齢者や障がい者、その家族など、住み慣れた土地から簡単には離れられない人たちです。しかし、地元企業も一時閉鎖していたため、福祉事業所では仕事が激減していました。
『NPO法人さぽーとセンターぴあ』の青田由幸代表理事は、東京でウェルフェアトレード(社会的弱者によってつくられた価値ある商品)の企画開発を行う羽塚順子さんにそうした状況を相談します。編集者でもある羽塚さんが提案したのは、編集の現場で大量に出るゲラを活用して自由帳をつくるというアイデアでした。

ゲラとは、誤字脱字や修正点をチェックする校正紙のこと
平原さん:羽塚さんからその話を聞いて、とても面白いアイデアだと思いました。私も障がい者雇用推進のための人材教育や編集に携わっていて、ちょうど独立するタイミングだったので、参画させてもらうことにしました。
2012年の1月、羽塚さんと平原さん、そしてこの企画に賛同したデザイナーの國松繁樹さんの3人は南相馬を訪問。南相馬は原発事故の影響で支援があまり入らなかったため、当時はまだ手つかずの状況だったそう。原形がわからないほど潰れた車に建物など、震災の爪痕が生々しく残っていました。『さぽーとセンターぴあ』の職員たちも被災しながら利用者を支えていたため、疲労の色が見えたといいます。
平原さん:利用者さんたちが雑巾を縫っていたので「何のお仕事ですか」と聞くと、「仕事じゃない」というんです。訓練のため、売るあてのないものをつくっていたんですね。それを見て、打ち上げ花火のように勢い良く売れてすぐに終わってしまうようなものではなく、継続的な収入になる仕事をつくらないといけない、と感じました。
『ゲラメモ』が、捨てられてしまうはずだったゲラの再生だけでなく、南相馬の再生にもつながれば。3人は任意団体『PRe Nippon』を立ち上げ、商品開発に乗り出しました。
作家や編集者の想いのこもったゲラを自由帳に
『ゲラメモ』は、片端に四つの穴を開けて糸を通す“和製本四つ目綴じ”という伝統技法でつくられています。まずは平原さんたちが製本工房の職人から技法を学んで『さぽーとセンターぴあ』の職員へ教え、利用者に指導してもらいました。最初は穴が曲がっていたり糸が緩んでいたりしましたが、つくりやすいよう改良を重ね、完成度を高めました。
平原さん:つくり手さんのひとりに菊地さんという方がいるんですが、手先がとても器用なんです。職人並に仕上げてくださるので、リーダーとしてほかのつくり手さんを引っ張ってもらっています。
一方、難航したのは出版社からのゲラ集めです。社内で稟議を通してもらうのに時間がかかったり、許可が得られなかったりと、苦戦を強いられました。
平原さん:最初にゲラを提供してくださったのは、エッセイストの松森果林さんでした。ユニバーサルデザインのコンサルティングも行っている友人で、ご自身も聴覚障がいをお持ちです。私たちが困っているのを知って、「ずっと大事にとっておいたゲラがあるから使って」と言ってくれました。
また、とある出版社さんも、社内にゲラを集める箱を設置して、全面的に協力してくださって。たくさんの人が協力してくれたおかげで形にすることができました。

A5サイズで40ページ。価格は税込756円です。原稿や赤字が書かれた面を袋綴じにして隠し、“覗く楽しさ”を演出しました。
販売開始は2012年4月。渋谷の出版社が運営するレンタルボックスを借りて販売しました。反響は上々…と言いたいところですが、なかなか製品の魅力を伝えることができず、一ヶ月で売れたのはたったの4冊。平原さんたちは肩を落としたといいます。
しかし、雑誌『ソトコト』に取り上げられたことをきっかけに注目を集めるようになりました。同じ頃、ウェブデザイナーの松山さんが仲間入りして『PRe Nippon』のウェブサイトが完成します。環境が整い、販売店やゲラを提供してくれる出版社も増えていきました。
平原さん:『ゲラメモ』の展示会をしたとき、協力してくれた作家さんや編集者さんからコメントをいただいたんです。それが全部、私たちが意図したことをちゃんと汲み取ってくださっていて。想いがある方がつながって『ゲラメモ』ができているんだなぁと改めて感じて、嬉しくなりました。
寄せられたコメントの一部を、抜粋してご紹介しましょう。
「Facebookで存在を知り、見た目もオシャレだしどんなものだろうと調べてみたらコンセプトも最高!一気に気になる存在になりました。ゲラは結局捨てるものですが、三校、四校までいくとものすごい量なので紙がもったいなく感じます。それを有効活用してもらえるなら、大大大歓迎です」(編集者・小野智美さん)
「初めてこの企画を聞いたとき、ゲラに詰まった苦労が一瞬にして浮かばれた気がします。だってだってもう、一生懸命書いた駄文に容赦なく入る編集者からのダメ出しならぬ赤入れ。こっちも真剣ですが、あちらも真剣な様子が伝わる赤だらけのゲラ。それはもう、著者と編集者とのタタカいであり共同作業でもあり、コミュニケーションでもあります。そんな思いの詰まったゲラが、バラバラに解きほぐされ、ひとはりひとはり綴じ製本されて知らない誰かの手にわたる。ゲラメモを通していろんな人と思いとがつながるなんて、素晴らしいと思います」(エッセイスト・松森果林さん)
ゲラの一枚一枚に、作家や編集者のさまざまなストーリーが詰まっている。そう思うと、『ゲラメモ』がより愛おしく見えてきますね。
2015.11.17