物語前編

福岡でコミュニティセンターを運営していたローナ・ギルバートさんは、震災の2週間後に物資を持って被災地を訪れました。惨状を目にして考えたのは、「ここにはコミュニティと仕事が必要だ」ということ。ローナさんは地元の女性たちと一緒に、古着物をリメイクして美しい布製品をつくる『恵プロジェクト』を立ち上げました。

有料にしたら、拍手が起こった

s_IMG_1030ローナさんはアメリカ・シカゴ出身のクリスチャンです。1995年に夫と共に福岡へ移住し、英会話教室や子育てサポートを行うコミュニティセンターを運営していました。東日本大震災の発生後は家族や友人と毎晩祈り、二週間後の3月25日には24時間車を走らせ石巻市の渡波に入ったといいます。

ローナさんを含むクリスチャン団体のスタッフが現場を見て回って気づいたのは、支援の差でした。避難所にはたくさんの物資が届いていましたが、自宅の二階に避難している人たちは、その日の食べ物にも困る状態だったそう。ローナさん夫婦は「この人たちを支援しよう」と決め、炊き出しや物資支援を始めました。

ローナさん:みなさんと話すうちに、食べ物や物資はもちろん重要だけど、本当に必要なのはコミュニティだということがわかりました。私と主人は「福岡でしていたことをここでも始めよう」と考え、6月に引っ越して『絆フレンズ』という団体を立ちあげました。後には、ほかのクリスチャンのメンバーも加わってくれました。

お昼ごはんやお茶菓子を用意して近所の人を招いたところ、100人以上の人がやってきたそう。最初は無料で振る舞っていましたが、それでは自立を妨げると考え、途中から100円をいただくことにしました。

ローナさん:その報告をしたとき、みんなパチパチと拍手をしました。びっくりしました。「有料でもいいから、長く続けてほしい」と思ってくれたんですね。料理も最初はボランティアスタッフがつくっていましたが、段々地元の人たちもつくるようになって、みんなが大切にするコミュニティになりました。

支援が少ない女川で活動を

10526067_868785103241639_3737626946882365911_n震災後、東北にはキリスト教系の団体がたくさん支援に入りました。彼らは支援が重ならないよう、教派や教会を越えて連携し、密に連絡を取り合っていたそう。ローナさんと前回紹介した『Nozomi Project』の高本スーさんも、同じ渡波で活動する仲間として協力していました。

渡波に入って一年半が経った2012年11月、『絆フレンズ』は隣町の女川を訪れました。女川町は、建物の8割が流され、たくさんの尊い命が失われたまちです。残された人々は家も職場も失い、心に傷を負っていました。しかし、拠点となるような建物がなかったため、支援の手もあまり入っていなかったといいます。

ローナさん:女川のために何かしたいと思って、祈りながら歩きました。そうするうちに色々な人に出会って、だんだんと必要なことがわかってきました。女川でも、『Nozomi Project』のように、女性が安心して働くことができる場が求められていました。

IMG_1600_largeちょうどその頃、スーさんは渡波の着物リメイクサークル『アトリエうっ布²』に、『Nozomi Project』のアクセサリーを入れるギフトバッグの製作を依頼していました。ただ、生産数を考えると『アトリエうっ布2』では受けられそうになく、代表の加藤洋子さんは悩んでいたといいます。

加藤さん:せっかくのお話だからつくりたい気持ちはあって、ローナのところに相談に行ったんです。そうしたら、ちょうど支援でミシンが4台送られてきていて。「ラッキー!」と思いました。ミシンがあれば、縫う人さえ探せばつくることができるから。

ローナさん:それにピンと来て、「女川でも古着物を使ったものづくりの団体を立ち上げましょう」と加藤さんを誘いました。加藤さんは渡波の人だし『うっ布2』の活動もあるから迷っていたけれど、心を開いて協力してくれました。

ローナさんは資金調達に、加藤さんと『絆フレンズ』の仲間のキャサリンさんはオリジナル商品の開発に勤しみ、少しずつ団体の形をつくっていきました。

工房はトレーラーハウス

s_IMG_1093立ち上げにあたって、一番ネックになったのは作業場です。ほとんどの建物が流されていたため、既存の建物を活用することはできませんでした。また、広範囲に渡って嵩上げ工事が予定されているため、新しく建てたとしてもいずれは移転しなければいけません。他の被災地に比べて女川には厳しい条件が揃っていました。

しかし、ローナさんたちは祈りながら、「きっといい場所が見つかる」と信じていたそう。実際、その通りになりました。2013年の3月に開かれた追悼式でローナさんがプロジェクトの計画を話すと、「住民の心のケアが必要だ」と考えていた女川町観光協会の会長・鈴木敬幸さんが賛同し、自分の土地にトレーラーを置いたらどうか、と言ってくれたのです。

作業場は、将来移転できるようにとトレーラーハウスを選びました。ドイツやアメリカ、カナダの教会からの寄付によって購入できたといいます。

名称は、『Nozomi Project(希プロジェクト)』に合わせ、『恵プロジェクト』と決定しました。「メンバー同士がお互いにとっての恵みとなり、たくさんの人と恵みを分かち合えるように」という想いを込めたといいます。女川町の若い主婦たちも仲間入りし、2014年11月にプロジェクトは本格始動しました。s_IMG_1113

2015.9.16