物語後編
支援物資としてもらって重宝したモスリンスクエアを、
自分たちの手でつくろう
ピースジャムではジャムづくりと並行して、サシェやシュシュといった布小物づくりにも挑戦し、お母さんたちの収入を生み出そうとしていました。ただ、売れ行きは芳しくなく、オリジナリティのある製品づくりの必要性を感じていたといいます。そうした中で思いついたのが、国産のモスリンスクエアを開発しようというアイデアでした。
モスリンスクエアとはコットン100%の平織り布です。日本のガーゼタオルよりも大判で、吸水性・通気性・保温性・速乾性に優れ、手触りはサラサラ。赤ちゃんの口周りを拭くタオルとして、枕やシーツの代わりとして、授乳時の目隠しとして、さまざまな使い方ができることから、イギリスでは古くから“子育ての必須道具”として重宝されてきました。
震災後、ロンドン在住の日本人ママたちはモスリンスクエアを避難所や助産院に送る支援活動を開始。清潔な布や洗濯の機会が不足していた現場ではモスリンスクエアが大活躍したといいます。
ピースジャムでもモスリンスクエアを受け取ってお母さんたちに配布したところ、「何ですかこれ、すごい便利!」「売っているところを教えてほしい」と大好評でした。しかし、日本にはモスリンスクエアと同じものを製作・販売しているメーカーはありません。そこで、自分たちでつくってみようと考えたのです。ロンドンのママたちも、企画・広報・ウェブ管理の面でサポートしてくれました。
佐藤さん:ただ、工場探しには苦労しました。そもそもモスリンを平織りできる織り機を持っている工場が少なかったし、売れるかどうかわからないもののために新しいラインをつくることになかなか同意してくれない。そんな中で一軒だけ、愛知県の知多織物産地の織物工場が「私たちでお手伝いできるなら」と名乗りを上げてくれました。
大量生産用の高速織機ではなく昔ながらの低速織機で織るため、空気が含まれふんわりした風合いに。また、繰り返しの洗濯にも耐えるよう、糸や生地を少し厚手にして、へたりにくいよう改良しました。この生地を、気仙沼のお母さんたちが縫製して綺麗に梱包します。これまで培ってきた縫製の技術が役立ちました。
サイズは60cm×60cmと120cm×80cmの2種類。日本の国旗の色とユニオンジャック柄が組み合わさったハートのロゴマークがポイントです。
完成した国産モスリンスクエアは、『ベビーモスリン』と名付けて2012年冬から販売をはじめました。ロンドンのママたちによる販路先の紹介や広報もあり、子育て中のお母さんたちの間でじわじわと口コミが広がっています。
2014年10月には、気仙沼市内の落合という場所にピースジャムの工房を建てました。子連れで来ることができて、ジャムづくりも縫製もできる広い工房です。大工さんに4日だけ入ってもらい、あとはボランティアの手を借りて自分たちでつくったそう。工房ができたおかげで、作業の効率化も進みました。現在は、海外での販売を視野に入れて製造基盤を整備しているといいます。
お母さんとこどもが喜ぶ公園つきカフェを気仙沼に
“田舎で子育て”というと、“こどもたちは地域の人に見守られ、大自然の中で元気一杯走り回る”というイメージを抱くかもしれません。しかし、気仙沼での子育ては、都会とは違った形の問題を抱えています。
気仙沼市は2014年4月に、過疎地域の指定を受けました。典型的な人口減少と少子高齢化が進んでいます。学校の統廃合により、学校まで親が車で送り迎えしなければいけない家庭も増え、まちからこどもたちの姿は消えました。歩く機会が減ったため、気仙沼のこどもは都会のこどもよりも筋力がないといいます。
また、公園や遊び場は、津波や仮設住宅の建設等により減少しました。家と学校・職場以外の“第3の場所”がないことにより、親同士や多世代の交流が生まれにくい状況に。長年暮らしていた家から避難所、仮設住宅、災害公営住宅と転居を繰り返すことで、せっかく築いたコミュニティも分断されてしまいました。周囲に相談できる人がおらず孤立している子育て世帯も多いそう。
ピースジャムではそうした課題を解決するため、お母さんたちが気軽に集えるカフェと、こどもたちがのびのび遊び回ることができる公園を工房に併設することにしました。地元のお年寄りには、こどもたちを見守ったり、遊びを教えたりする役割を担ってもらう予定です。

カフェのカウンターは、こどもの遊び心をくすぐる造り。
佐藤さん:気仙沼には、こどもと触れ合いたいけれど機会がない、というおじいちゃんおばあちゃんも多いんです。子育てをサポートするという“役割”を持つことでおじいちゃんおばあちゃんは元気になるし、お母さんたちは安心して自分の時間を持てる。そうした、こどもを中心とする世代横断的なコミュニティを育みたいと考えています。
現在、気仙沼では8割の若者が都会に憧れ、高校卒業後は地元を離れるといいます。しかし、さまざまな人とかかわり合いながら育ったこどもは地域への愛着を深め、「ここで暮らしたい」と思うかもしれません。これまでの悪循環を断ち切るための小さな一歩が踏み出されようとしています。
お母さんがこどもを生みたくなる会社
震災直後のお母さんたちのほとんどは、誰かが支援してくれるのを待つ、受け身の姿勢だったそう。しかし、ピースジャムで働きはじめたお母さんたちはどんどん主体的に行動するようになっていきました。
佐藤さん:先日、「地域のお祭りのときに、自分たちで企画した子育てグッズを販売したいから、工房を使わせてほしい。いままで培ってきた経験とセンスを試したい」と言われました。休みの日に工房に来て一所懸命製作して、当日は結構売れたみたいです。そういうアクションに、「仲間と一緒に新しいことに挑戦しよう」という能動的な姿勢が現れていますよね。
現在、ピースジャムで働くお母さんの人数は10人。幼稚園や学校が休みの日はこどもたちも工房に来て、元気に走り回っています。震災後の4年間で、新しく13人のこどもが生まれました。お母さんのうちのひとりはいま、3人目を妊娠中だとか。
佐藤さん:人口6.7万人の気仙沼で、毎年生まれるこどもの数はわずか350人前後です。そんな中で13人生まれているって、すごいことじゃないかと思います。局地的なベビーブームですよね。無理なく育てられるという安心感があるから、お母さんたちはこどもを生むんじゃないでしょうか。
日本の女性の労働力率をグラフで表すと、M字型のカーブが現れます。学校を卒業する20代でピークに達し、出産・育児期にあたる30代で低下し、子育てが一段落した40代から再び上昇するというわけです。このカーブは、女性が子育てしながら働くことの難しさを語っています。地方では特に、パート代よりも保育料が高くなってしまうケースも多く、「働きたいけれど働けない」女性は少なくありません。
かつては日本以外の主要先進国でも同じM字型カーブが見られ、それに伴い少子化も進行しましたが、仕事と育児の両立支援策の拡充により解消されました。佐藤さんは、「地方の中小企業が取り入れやすい子育て支援策を施行するとか、いろいろな方法があると思います」と語ります。
佐藤さん:こんな大きなことを言うのは憚られるけど、僕の夢は、日本から少子化を無くすことなんです。そのためにまずはピースジャムでお母さんを30人雇用して、「地方の小さな会社でもお母さんを雇いながら利益を出せる」ことを証明したい。年齢も状況も多様なお母さんたちが30人も集まったらいろんな課題も出てくると思います。それを解決しながら知見を貯めて、ほかの会社でも通用するモデルにしたいんです。
地方の会社がひとりでもいいからお母さんを雇う。お母さんがこどもを生みやすい、育てやすい環境ができる。そうすれば地域は必ず変わっていくはずですから。
震災をきっかけに生まれた小さな工房、ピースジャム。「お母さんたちが楽しく働ける地方の職場」のモデルケースが、ここから生まれるのかもしれません。
2015.7.24