物語後編
子育て中のお母さんが空いた時間にできる社会参加
デンマークには、フォルケホイスコーレという、民衆の民衆による民衆のための教育機関があります。生徒たちが学び合うことを重視したプログラムで、戦争で甚大な被害を受けたデンマークが立ち直る礎となったと言われているそう。東松島ステッチガールズは、フォルケホイスコーレの考え方や姿勢を参考にしています。
最初に説明会・講習会を開いてから、岡田さんのブログや口コミで活動を知った人が「私も参加したい」とどんどん集まり、ステッチガールズの人数も60人に増えました。現在は二ヶ月に一度の頻度で講習会を開いています。小さな子どもがいるお母さんでも参加できるように、講習会では保育スペースを設置。保育士の資格を持つメンバーにきちんと謝礼を払い、子どもの様子を見てもらっています。
そうした活動が評価を受け、東松島ステッチガールズの事業は2年連続で復興庁の「新しい東北」先導モデル事業に選ばれました。東北で起こっている先駆的な取り組みを復興庁が選び支援するというもので、福嶋さんたちは「これまで続けてきたことが間違いじゃなかったと思えた」と喜んだそう。
福嶋さん:「子育て中のお母さんが、空いた時間にできる社会参加」として評価していただきました。こうした活動を必要としている女性は、ほかの地域にもたくさんいるはずです。東松島のノウハウをもとに、石巻や仙台でも取り組んでいけたら、と思っています。
また、遠く海を越えたインドネシアにも、東松島ステッチガールズの仕組みが輸入されようとしています。2004年に発生したスマトラ島沖地震から10年。震災後、インドネシアでもさまざまなスモールビジネスが生まれましたが、ほとんどが個人単位での活動だったそう。東松島ステッチガールズのように、女性たちが協力しあってひとつの団体としてものづくりに取り組んだら、どんなことが起こるだろう?そんな発想から人材交流が始まりました。
インドネシアの女性が東松島に来て組織の運営方法やクロスステッチの技法を学び、自分の村でステッチガールズを結成しようとしています。岡田さんを通してデンマークから伝わったクロスステッチが、東松島を経由して日本全国、海外へと伝播していく。活動を始めた当初は想像していなかった広がりが生まれています。
地元の人たちで運営できる体制づくり
大企業の社員から一転して復興団体の職員となった福嶋さん。仕事の性質は大きく変わったといいます。
福嶋さん:大企業の仕事のほとんどは、1を10や100にする仕事です。0から1を生み出すことも大事だけれど、なかなか取り組めないのが現状です。でも、ここではすべてが0を1にする仕事。マニュアルもルーティンワークもありません。貴重な経験をさせてもらっているなと思います。
HOPEでは、東松島ステッチガールズのほかにもさまざまな活動に取り組んでいます。たとえば、定置網に水中ウェブカメラを設置して魚がかかっているか調べるシステムを構築するといった実験に取り組んでいるそう。民間企業の知見が入ることで、一次産業分野にもイノベーションが起こるかもしれません。地域は企業のテクノロジーを取り入れることができ、企業は新しいことに挑戦する機会になる。両者ともにメリットのある体制です。
ただ、福嶋さんが東松島にいられるのは限られた期間だけ。いつかは離れなければいけません。ゆくゆくは地元の人たちだけで事業を回していけるよう、仕組みを整えようとしています。
活動初期は岡田さんにも頼りきりの状態でした。指導もデザインもボランティアでしてもらい、交通費も自腹。刺繍糸も、岡田さんがDMCから買ったり貰ったりしたものを使わせてもらっていたそう。でも、いつまでも厚意に甘えていては自立できません。途中からきちんと経費や謝礼を払い、仕事として関わってもらうことにしました。
福嶋さん:講習会の企画運営など、これまでHOPEが行っていた作業も少しずつお母さんたちに任せています。オリジナル製品の企画開発などもできるようになってもらえると嬉しいですね。
今年の9月には、市内に東松島ステッチガールズのカフェをオープンする予定です。お茶を飲んだり刺繍をしたり、ステッチガールズの作品や刺繍糸を買ったりできる場所で、お母さんたちに日替わり店長をしてもらおうと考えています。そこから新しい流れが生まれるといいな、と思っています。
いまはまだ事務局の人件費を入れると赤字の状態ですが、ステッチガールズの人数が増えて売上が順調に伸びれば、地元の女性を事務局として雇うことも可能です。越えなければいけないハードルはたくさんありますが、「それまで頑張らないといけませんね」と目を輝かせる福嶋さん。
福嶋さん:東松島は石巻や仙台のベッドタウンとして人口が増えていったまちで、一次産業が強み。そんな東松島に女性が楽しく働ける仕事ができるのは、とても意味のあることだと思うんです。震災を機にそうした変化が生まれたら、ひとつの希望になるのではないでしょうか。東松島ステッチガールズがHOPEから独立して法人化し、市に税金を納めてくれるまで成長してもらえたら、言うことなしですね。
2015.6.17