物語前編

震災後、東松島はデンマークから多大な支援を受けました。デンマーク人の祖母を持つ岡田美里さんはその動きを知り、自分も東松島で活動しようと決意。刺繍糸メーカー・DMCと東松島みらいとし機構が呼びかけに応え、クロスステッチで東松島に新しい産業をつくるプロジェクトが始まりました。
この取り組みは地元の女性たちにも受け入れられ、いまでは60人を超える団体となっています。事務局の福嶋正義さんに、これまでの歩みを教えてもらいました。

クロスステッチで東松島に新たな産業を

s_1466248_661531247201422_1724601922_n東松島は宮城県中部の仙台湾沿岸に位置する市です。東日本大震災では死者千人以上、住宅の全半壊11,000棟という大きな被害を受けました。

この未曾有の事態を乗り越えるために、必要なものは何だろう?——市では、住民や学者を交えて議論を重ねました。その結果2012年10月に誕生したのが、民間企業の活力を取り入れた中間支援組織『東松島みらいとし機構(愛称:HOPE)』です。80社が参画し、そのうち3社から社員がHOPE事務局に派遣されました。

KDDI株式会社で海外事業のネットワークエンジニアをしていた福嶋さんもそのひとりです。福嶋さんの実家は青森の八戸。両親は漁師をしていましたが、津波で道具が流されて数百万円の損害を受け、しばらくは仕事にならなかったといいます。

福嶋さん:同じようなことが東北沿岸で大規模に起こっていと考えると、ぞっとしました。もう海外に取り組んでいる場合じゃない、いまはとにかく東北に対して何かしたい。そうじりじりとしていたとき、社内でHOPE出向の公募があったんです。すぐに手を挙げて、東松島に移り住みました。

継続的に利益を生み出す事業をつくることがHOPEのミッションのひとつ。何をしようかと考えていたとき、タレントの岡田美里さんが東松島で活動しようとしていることを知りました。

story2岡田さんの祖母はデンマーク人です。デンマークは震災後、東松島をさまざまな形で支援してきました。震災から3か月後にはフレデリク王太子が東松島を慰問、企業から集めた多額の義援金を贈っています。岡田さんはこの動きを知って縁を感じ、「東松島で何かしたい。一緒に活動してくれる人はいませんか」とネットで呼びかけました。

それに応えたのが、以前から岡田さんと親交のあった刺繍糸メーカーのDMCです。岡田さんは刺繍の先生としての資格を持っていて、過去に何度も刺繍教室を開いていました。そこで、仕事や生きがいを失った東松島の女性たちにデンマークの伝統刺繍であるクロスステッチを伝え、新たな産業に育てようと話が発展。HOPEが事務局となり、活動がスタートしました。

『東松島ステッチガールズ』結成

s_IMG_02452013年2月、最初の事業説明会を実施しました。20名の募集に対し40名以上の応募があり、会場はいっぱいに。参加者からは「自分がつくった製品が誰かの手に届いて使ってもらえたら嬉しい」「主婦でもまちのためにお手伝いできるなんて、すてきなこと」という声が挙がったといいます。

その後の講習会では岡田さんが講師となり、参加者にクロスステッチの基本を教えました。図案は、日本とデンマークの国旗をモチーフにしたハートマーク。タオルにちくちくと×印の縫い取りを重ねて模様を象っていきます。

参加者の中には家庭科の時間にクロスステッチを習ったという方もいますが、ほとんどが初心者。縫いはじめのポイントの見つけかた、糸の引き加減、すべてを0から学んでいきます。しかし、根気強く細かいことが得意なのが東北の女性の気質。みるみる腕を上げ、その仕上がりの美しさに岡田さんも驚いたそう。

福嶋さん:『東松島ステッチガールズ』と名称を決め、まずは岡田さんのブランドショップで販売しました。これがありがたいことによく売れたんです。売れると嬉しくなってどんどんつくる。完成したものがまた売れる。そんなサイクルが生まれました。

s_IMG_0266オリジナル製品だけではなく、企業とのコラボ製品やノベルティも製作するように。包帯を肌着用に改良した『包帯パンツ』にブルーインパルスのステッチを施したコラボ製品、電子機器メーカー・ファーウェイジャパンのノベルティ用タンブラーに入れる布地、ザ・ボディショップの復興支援チャーム、仙石線全線再開祝いのマグネット…。数百、数千単位の依頼を受けることで、ステッチガールズたちの技術も安定していきました。

そのおかげで、オリジナル製品も少し高度なものをつくれるようになりました。いま力を入れているのは、イニシャル刺繍のタオルハンカチです。アルファベットに繊細な花をあしらった美しいデザインで、考案したのは岡田さん。タオル生地には高品質の今治タオルを選びました。

s_IMG_0258福嶋さん:最初に販売したタオルはDMCさんが開発した刺繍用タオルで、布地に刺繍を刺すための穴が空いていました。でも、こちらにはその穴がないので、どこに刺したらいいかわからないんですね。また、バックステッチやフレンチノットといった刺繍の技法を盛り込んでいるので、難易度が高い製品なんです。それでも、つくり手のお母さんたちはひと針も間違うことなくしっかりつくってくれています。頼もしいですね。

気持ちの込もった手仕事ならではの温かみ、繊細さ可愛らしさ。それが東松島ステッチガールズの製品の強みです。

2015.6.17