物語
東北マニュファクチュール・ストーリーでは、震災後に東北で生まれたものづくりを紹介してきました。これまでに訪問した現場は31か所。どの現場でも、製品の裏にかけがえのない物語があることを知りました。その物語は、現在進行形で綴られているものばかりです。
以前訪れた団体は、いまどんな風に変わっているでしょうか。私たちは、取材後に変化があった団体を取材し、「その後」として記事にまとめていくことにしました。今回は、『高白浜草履組合布草履』のその後をお届けします。
みんなで歌った『さんまなたい焼きソング』で、目指すは紅白歌合戦!
八木さん:あれから、いろんなことが前に進んでいます。カフェもできたし、さんまなたい焼きの歌もつくったんです。目標は紅白です。・・・なんて言うと、みんなに笑われます。でも、私、本気なんです。なんでもない普通のお父さんお母さんが紅白に出たら、みんなに夢を与えられるでしょ。だから私たち、本気で紅白を目指してるんです。
2015年春、『一般社団法人コミュニティスペースうみねこ(旧:ママサポーターズ)』の八木純子さんから電話がかかってきました。
うみねこを訪問したのは2年半前、2013年1月のこと。楽しそうに布草履やサンマ焼きをつくるお母さんたちの明るさや八木さんのパワフルさに、とても刺激を受けたのを覚えています。
そんな八木さんから、「ぜひまた取材に来てください」と言われたのだから、行かないわけにはいきません。八木さんやお母さんたちに会いに、再び女川を訪れました。
こちらが、女川町高白浜にある『果樹園CAFE ゆめハウス』。もともとここには八木さんの実家がありましたが、津波で大きな被害を受け取り壊しに。なんとか残った物置を改装し、2014年4月からカフェとして運営しています。
改装には、住まいを専門とする国際NGOハビタット・フォー・ヒューマニティの支援が入り、のべ500人の学生がボランティアとして汗を流してくれたそう。中に入ると、木に囲まれた心地よい空間が広がっていました。

こちらは一階。友人の家に遊びに来たかのようなアットホームさです。
でも、そもそもなぜカフェを始めようと思ったのでしょう?
八木さん:いろんな方たちの場になったらいいなと思って。地域の人が安らぐ場、交流する場、お母さんたちが料理を提供して働く場、お父さんたちが畑で育てた作物を味わってもらう場、手仕事品を販売する場。
料理は、60代から88歳までの女性14人が、3グループに分かれて日替わりで担当しています。それぞれ「A子ちゃん」「B子ちゃん」「C子ちゃん」というグループ名がついているそう。平均年齢80歳のB子ちゃんチームは漁師の息子さんが捕ってきた魚を使った煮物が多く、ちょっと若いC子ちゃんチームはレンコンの挟み挙げなどヘルシーなものが多いのだとか。グループによって個性があるのですね。

ボリュームたっぷりの料理にデザートとコーヒーがついて1,000円!
八木さん:メニューを決めるのも買い物もお母さんたちに任せています。原価計算などはまだきっちりしていません。お母さんたちが「こんな料理を出したらお客さん喜ぶかな」って楽しみながら料理すること、お客さんから「ごちそうさま、美味しかったよ」って言われて自信をつけることがいまは大事だと思って。でも、長くやっていくためにはコスト意識も必要だから、どこかのタイミングで変えないといけませんね。
お客さんが一度にたくさん来てしまうと素人のお母さんたちでは回しきれないため、オープン当初はほとんど宣伝をしていませんでした。お母さんたちが徐々に力をつけると共にリピーターが増えていき、昨年一年で5千人が訪れたそう。お母さんたちの料理を食べるためだけに、神奈川や大阪から日帰りで来た人もいるとか。

こちらは2階。天井が高く開放感があります。
八木さん:つくるほうも張り合いが出ますよね。お母さんたちの中には、家族を亡くして一人暮しの方もいます。「誰に食べさせるわけでもないし、狭い仮設の台所に立つ気がしなくてしばらく料理をしてなかったけど、久しぶりに作ったものを美味しいと言ってもらえた」と笑顔を見せてくれたこともありました。
自分がつくった料理を誰かが食べて喜んでくれるということは、愛情深いお母さんたちにとって大きな喜びなのですね。

デザートはイチジクの甘煮。八木さんの実家の庭にあったイチジクは津波により一度は枯れたものの、2年目に新しい葉っぱが出てきたそう。その生命力の強さに感銘を受け、新たに80本植えたといいます。
一方、お父さんたちも負けていません。男性3人で『Papachans』というチームをつくり、イチジク、ニンニク、唐辛子を育てています。津波で船を流されてしまい、生きる目的を失っていた70代の元漁師さんも、いまでは畑仕事にすっかり夢中になっているそう。

3個セット箱入りで1500円。小さな木のスプーンもついてきます。
収穫したニンニクや唐辛子は、若いスタッフが加工して製品へ。パッケージもお洒落です。
八木さん:お父さんたちが栽培しないとつくれないし、若い人がいないと商品にできない。お互いができることや役割を尊重する空気をつくりたくて、分担制にしました。売れる商品にするために、みんなで頭を絞って考えています。
うみねこの最年少スタッフは、29歳の家具職人、平塚浩介さん。石巻で被災し、現在も仮設暮らしをしています。お母さまが布草履づくりを始めたことがきっかけで八木さんと知り合い、自分の仕事の傍ら、うみねこの仕事も手伝うようになりました。唐辛子の箱も平塚さん作です。
平塚さん:うみねこの仕事は毎日違うので楽しいですね。八木さんほど人を呼び寄せる人もいないんじゃないかな。おかげでいろんな人に会えました。
うちの母も専業主婦で働いたことがなかったけど、いまはカフェで楽しく料理してますから。こんな田舎で、60過ぎてそんな経験できるなんてなかなかないですよね。

カラフルな布草履はいまでも人気。コースターやペンケースもラインナップに加わりました。古着・古布は現在も募集中とのこと。
そんなうみねこの次の目標は、NHK紅白合戦に出ること。うみねこでは2013年に、女川の名物であるさんまの形をしたたい焼きを開発しました。それから八木さんは、会う人会う人に「移動販売をするときにオリジナルの曲を流したい」と話していたそう。それを受け、童謡の作詞作曲を手がける町田浩さんが『さんまなたい焼きソング』をつくってくれました。
この曲は『まっちゃんのつながりあそび・うた いくぞ!』のCD/DVDに収録されていて、下記URLから一部を聴くことができます。
http://www.ongakucenter.co.jp/mp3/CCD917_listen/CCD917listen_11.mp3
聴いているだけで気分が弾む明るいメロディ。「さんまなたい焼き、うんめぇなぁ〜」という台詞がユーモラスで、つい口ずさみたくなってしまいます。
八木さん:先日、この曲をうみねこのお母さんお父さんたちに歌ってもらったものを収録しました。これで紅白に出たいんです。お年寄りがわぁっとテンション上がるものって、天皇陛下と紅白じゃないですか。だから、紅白に出るぞって勝手に決めました。みんな「また馬鹿なこと言って」と笑うけど、そうして楽しい気持ちになってもらえたらと思ってます。それに、小泉さんのときだってみんな信じてなかったんですよ。でも、本当に来てくれましたから。
実は今年の6月、小泉進次郎復興大臣政務官がゆめハウスを訪問したそう。東京で布草履の販売会をしたときに小泉さんがブースを訪問することになっていましたが、八木さんは予定があって会うことができませんでした。そこで、「ゆめハウスにいらしてください」と手紙を書いて託したところ、本当に来てくれたのです。イチジクの甘煮を「美味しい!」と喜んでくれたとか。
周囲の人が「夢みたいなこと」と笑うことを次々と叶えてきた八木さん。「紅白に出る」という夢も、実現してしまうかもしれません。実際、今度NHKの取材が入ることになったといいます。
八木さん:仙台にある福祉大学の学生さんにも協力してもらって、一緒に紅白に出る道筋を考えています。若い子たちの発想やエネルギーも取り入れたくて。ひとりで実現しようとは最初から考えてなくて、いろんな人にいろんなところで関わってもらえたらいいなって。ひとつの目標にみんなで向かっていくのも大事なことだと思っているんです。
それも、ちょっと背伸びをすれば届きそうな夢じゃなくて、果てしなく遠い夢のほうがいい。そのほうが達成感があるし、まわりも驚くでしょう。いままで、夢を言葉にすることでいろんな人が手を貸してくれて、実現してきました。だから今度も、形にしますよ。
建物の89%が被害を受け、人口の8%を失った女川。まだ仮設暮らしを余儀なくされている人、家族や友人を失った悲しみを乗り越えられずにいる人もたくさんいます。高台移転の工事は進んでいますが、高台での暮らしに不安を感じている高齢者も少なくありません。まだまだ問題は山積みです。
そうした中、もし本当に地元のお父さんお母さんたちが紅白に出たら。きっと町中に明るい笑い声が響くでしょう。たくさんの人に元気と希望を与えるはずです。
全国のお茶の間に『さんまなたい焼きソング』が流れる日を、楽しみに待っています。

まだまだ工事は続きます。

山を削り宅地造成が行われていますが、土砂災害や高齢者の孤立を懸念する声も。

2015年3月に再建された女川駅。白い屋根はうみねこをイメージしたもの。 2階は町営の温浴施設『女川温泉ゆぽっぽ』となっています。

高齢者住宅でも、入居者のみなさんが布草履やコースターの製作に勤しんでいます。

『みなとまちセラミカ工房』の阿部さん、『小さな復興プロジェクト』の湯浅さんと。 3人は女川の復興に取り組む同士として仲が良いそうで、この日も「一緒に地方でイベントをしよう」と相談していました。
2015.6.19