物語前編

「ウエットスーツ工場から出る端材を使って、被災した女性たちの内職仕事をつくれないだろうか?」…震災後に知人から相談を受けたウェブデザイナーの木村眞由美さんは、滑らかで柔らかいウエットスーツ素材を「猫のようだ」と感じたことから、猫グッズの製作を企画。
『Puchinya』と名付けられたバッグやポーチは、全国の猫好きから大きな反響を呼びました。

支援物資として山のように届いた猫グッズ

s_content_1b621728aeaa9449ba4fbd344eb30f3a324e99f12005年の夏、木村さんは日和山に捨てられていた一匹の子猫と出会いました。もともと猫好きだったこともあって保護し、『ぷちおさん』と名付けて飼うことに。パンダのようなぶち模様をしていたことから、mixiで『へんなもようねこ』というコミュニティを立ち上げ、同じように変わった模様の猫と暮らす飼い主や猫好きの人々と交流していたといいます。

それから月日は流れ、2011年。木村さんはウェブデザイナーとして働く傍ら、石巻で飲食店を開業しようとしていました。さまざまな準備を終えてオープンしたのは、震災が起こる10日前でした。

そして3月11日、東日本大震災が発生。石巻駅前を車で走っていた木村さんは尋常ではない揺れにさらされ、「これはまずい」と直感。すぐに日和山に避難し、総合体育館で2日間過ごしました。

木村さん:そこには市内の被害情報が掲示されていたんですが、どこどこが火事で全焼、どこどこが水没、と知った地名が出てくるのに、実感が湧かなくて。3日目の朝にまちに下りていったら、道はヘドロで溢れていて、あちこちに亡くなった方のご遺体があって、この世の光景とは思えませんでした。

幸いなことに家や家族は無事でしたが、店は津波の被害を受け、ローンだけが残ったそう。これからどうしようかと途方に暮れた木村さんを支えたのは、全国の猫好きの方からのあたたかい励ましの言葉でした。

木村さん:震災一ヶ月後くらいにネットができる機会があってmixiを覗いてみたら、「大丈夫ですか」って書き込みがたくさんあったんです。「ぷちおさん共々無事です」とお返事したところ、毎週のように段ボールいっぱいの猫グッズが送られてくるようになりました。食料品から猫モチーフの食器に歯ブラシまで、それはもう、たくさん。

それまで猫グッズは持っていなかったという木村さん。「こんなものまで猫グッズにできるんだな」と驚いたといいます。瓦礫に囲まれた灰色の暮らしの中、カラフルで愛らしい猫グッズは心を癒してくれました。

s_IMG_0118それから5か月ほど経ったある日のこと、木村さんは知人から「ウエットスーツの端材を活用したものづくりができないだろうか」と相談を受けました。石巻にはウエットスーツのシェア日本一を誇る企業があります。製造時に出る端材を有効活用し、震災によって仕事を失った女性たちの内職仕事をつくろうという企画でした。

木村さん:ウエットスーツの素材を触ってみたら、柔らかくて滑らかで、猫に似ているなと感じたんです。これで猫グッズをつくったら、支援していただいた全国のみなさんも喜んでくれるかもしれないと思いました。何かお返しがしたいと、ずっと考えていたから。

販売開始後、すぐに完売

s_IMG_0126 2支援物資を送ってくれた人々は、何をつくったら喜んでくれるだろう?まだ十分な設備が整っていないこの状況でもつくれるものはなんだろう?——考えた結果、木村さんが最初に開発したのは、『肉球コインケース』でした。ウエットスーツ素材のぷにぷに感は肉球の感触にそっくり。表には肉球を、裏には猫がてくてく歩いてジャンプする様子を8コマで描きました。

ブランド名はぷちおさんから取り、『Puchinya(ぷちにゃ)』としました。ネットショップを開設し、反応を見るためまずは37個限定で販売することに。「売れるかな」と心配したそうですが、杞憂に終わりました。あっという間に完売し、その後も出せばすぐに売れる状態が続いたといいます。

s_IMG_0142 22012年2月22日、“猫の日”には、第二弾製品として『でか猫ポーチ』を発表しました。可愛い猫の顔を一面にプリントしたポーチで、こちらも大好評。あまりの反響に、木村さん自身が圧倒されてしまったほどでした。

キャプション:左はバッグ、右はポーチ。耳に穴が空いていて、好きなストラップをつけることができます。ウエットスーツ素材なので水に強く丈夫なところも特徴。

実はこの猫の顔は、『Puchinya』のロゴをデザインするとき、「iの上の点を猫にしてみよう」と思い立ち、ささっと描いたもの。直線ではない、少し歪んだ線が良い味を出しています。これが『Puchinya』の看板商品となりました。

ウエットスーツにもさまざまな色・柄があるため、端材が出る度に新たなバージョンのでか猫ポーチが誕生します。木村さんは「かえるちゃん」「マトニャックス」「紫式部さん」など、一つひとつに名前をつけています。同じ顔でも、色・柄によって悪戯っぽい表情になったり、おすましをしているように見えたり、全く印象が変わるのがでか猫ポーチの魅力です。

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気に入った商品を確実に手に入れるために毎日ネットショップをチェックするなど、熱心なファンも増えてきました。中にはコレクターのように数十個購入している人もいます。

木村さん:「可愛い」というのは強いなと思います。猫グッズだから、こんな風に愛されて集めてもらえるんでしょうね。

上品なチェーンのストラップをつけてパーティバッグにしたり、顔にラメを塗ってお化粧したりと、バッグやポーチをアレンジして使う人も多いそう。手にとった人が製品を可愛がり、創意工夫してくれることが木村さんは嬉しいのだといいます。

ペンケース、ペットボトルホルダー、コースターなども開発。アイテム数は10を超えます。

ペンケース、ペットボトルホルダー、コースターなども開発。アイテム数は10を超えます。

2015.6.17