物語前編

割り箸は、衰退している林業を立て直す一助となるかもしれない。福島県いわき市にIターンをした高橋正行さんは、林業が直面する厳しい状況を知り、間伐材を使った高級割り箸を製造する会社を立ち上げようとしていました。しかし、震災後、風評被害により予定していた取引は白紙となり、導入した機械も故障。諦めかけていた高橋さんを支えたのは、復興支援に取り組むプロボノデザイナーチームとの出会いでした。

木材を一番有効に活用する手段は、
割り箸にすること

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高橋さんは震災前、数年に渡って司法試験に挑みつづけていました。しかし、制度改革により法科大学院に行かないと合格が難しい状況になり、法曹への道を断念。「法律とは全く関係ない仕事に就きたい」と考えた高橋さんの脳裏に浮かんだのは、「いわきで林業をする」という選択肢でした。

高橋さん:うちのじいちゃんは生前、いわきの造林会社で専務として働いていて、自宅のある横須賀といわきを往復する生活を送っていました。僕も夏休みにはいわきに遊びに行っていたし、じいちゃんから林業の話を聞いていたことを思い出して。じいちゃんがいわきに持っていた土地を管理しなくちゃいけないこともあり、こっちに移住してきたんです。じいちゃんが勤めていた造林会社に入って、下草刈りや間伐といった現場の仕事に従事していました。

このままずっと、いわきで林業家として暮らそうか。高橋さんは漠然とそう考えていたそうですが、あるとき会社の決算書を見せられ、愕然としたといいます。一生どころか、あと数年働けるかどうかも危うい。それほど、会社の経営状況は逼迫していました。

高橋さん:これはひどいな、何が原因だろうと思って調べたら、丸太の価格がひどく下がっていたんです。じいちゃんが働いている頃は1㎥当たりの単価が35,500円位だったのが、俺が来たときには8,000円。背景には安い外材が入ってきたこととか住宅が洋風化して国産材が需要に応えられなくなったこととか色んな理由がありますが、いずれにせよ、根本的な解決策は丸太の価格を上げること。

その方法を探っているときに出会ったのが、森林ジャーナリストの田中淳夫さんが書いた『割り箸はもったいない?—食卓からみた森林問題(ちくま新書)』という本でした。

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割り箸は使い捨てをすることから環境に悪いと思われがちです。でも、たとえば同じ面積の丸太を住建材用に使ったときと割り箸にしたときとで比べると、1㎥当たりの利益率は割り箸が数倍上。高橋さんは「割り箸ってすごいな」と純粋に感心したといいます。

また、いわきにたくさん生えているスギを有効活用できるところもポイントでした。住建材など多くのカテゴリーでは、スギよりヒノキのほうがランクが上とされています。しかし、割り箸の世界での最高級素材はスギ。軽さや割りやすさがその理由です。枡や樽などもスギを高く評価しますが、製造している企業は既にたくさんありました。その点割り箸は衰退が進み国内では産業として成り立っているとは言い難く、新たな挑戦をするには最適だと考えたといいます。

2010年冬、高橋さんはいわきのスギを使って高級割り箸を製造販売する会社として株式会社磐城高箸を設立。機械を仕入れて試験製造し、取引先を開拓しました。しかし、これからどんどん製造していこうというタイミングで、東日本大震災に見舞われてしまったのです。

支援してくれた人の熱意に突き動かされて

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高橋さん:本震での被害は軽微でしたが、原発事故の影響で、風評を恐れた取引先から契約を解除されてしまいました。大きな痛手でしたが、それは仕方ない。放射能検査をしたところ問題がなかったので、気持ちを切り替えまた製造を再開しようとしていたんです。その矢先、4月にあった大きな余震で、今度は機械が壊れてしまいました。さすがにそれで、もう無理だと思いまして。廃業手続きを調べはじめました。

磐城高橋に『EAT EAST!』から連絡が入ったのは、ちょうどそのときでした。『EAT EAST!』とは、デザイナー有志が結成した復興支援団体。東北産の食材を応援するシールをつくって配布するなど、デザインの力で復興を後押しする活動をしていました。

より深く関わることのできる支援先を探していた『EAT EAST!』は、磐城高箸のウェブサイトを見て、「何かできないか」と車でいわきへとやってきたそう。高橋さんの話を聞いて裸箸を3千膳買い取り、自分たちでパッケージデザインをしてイベントで販売。その売上全てを日本赤十字社に寄付したといいます。

高橋さん:交通費などの経費を引かずに、ですよ。「何なんだろうこの人たち、すごいな」と思いました。東北と全然関係ない人たちがここまでやってくれているっていうのに、俺は一体何してるんだろう。被災者だなんて言って甘えていられないなと思って、廃業を取りやめました。もう一度挑戦することにしたんです。

当時、いわきでは「これからいわきは大変なことになる」と悲壮感が漂っていました。でも、被災したのはいわきだけではありません。岩手も宮城も、津波や地震で大きな被害を被っています。高橋さんは、「自分たちの地域だけではなくて、被災地全体に想いを馳せられるような製品をつくりたい」と考え、岩手・宮城・福島の間伐材で割り箸を開発することにしました。

選んだのは、津波の被害が大きかった陸前高田、本震で震度7を記録した栗原、風評被害に苦しめられたいわきの木材。素材を辿ると、どこで何が起こったかがわかるようになっています。すぐに生産地へ行って直談判し、仕入れる段取りをつけました。

パッケージには、被災地の人々が復興に向かって飛翔することをイメージして、それぞれの県の鳥を描いています。

パッケージには、被災地の人々が復興に向かって飛翔することをイメージして、それぞれの県の鳥を描いています。

高橋さん:パッケージデザインは、『EAT EAST!』が喜んで請け負ってくれました。もともと、斜陽の割り箸業界でやっていくにはなんとか製品に付加価値をつけないといけなくて、そのためにはデザインの力が必要なんじゃないかと気づいてはいたんです。でも、震災前は自分だけだったから、そこまで手が回らなかった。そこに『EAT EAST!』のみなさんがやってきて。本当にいい出会いだったと思っています。

サンプルをつくって『間伐材利用コンクール』に応募したところ、見事3位を受賞。この快挙は、地元紙やテレビで大きく報じられました。2011年10月、定価500円のうち150円を義援金として被災地に寄付する形で販売を開始。2013年にはグッドデザイン賞を、2014年にはソーシャルプロダクツアワードを受賞し、2015年現在までに6千セット以上販売されているといいます。

2015.2.9