物語前編

震災当初、原発事故のあった福島県では農作物が売れなくなり、廃業の瀬戸際に立たされた農家がたくさんありました。「食べものではなく、綿花ならどうだろう?」という発想から生まれたのが、『ふくしまオーガニックコットンプロジェクト』です。代表の吉田恵美子さんにこれまでの軌跡を伺いました。
綿を育てることで、福島の農業を支えよう
吉田さんは1990年にいわき市でザ・ピープルという市民団体を立ち上げ、古着のリサイクル活動や障がい者支援、環境教育などを長年続けてきた方です。東日本大震災後はすぐに、避難所への衣類の寄贈、炊き出しといった支援活動を開始しました。
吉田さん:炊き出しに使う野菜を仕入れるため産直市場へ通ううちに、農家さんが置かれた状況がわかってきました。放射能汚染への懸念から福島県産農作物が敬遠され、農家さんも自分がこれまで真摯に向き合ってきた土に自信が持てなくなってしまっていたんです。直接津波の被害を受けていなかったとしても、この人たちは被災者なんだと思いました。
彼らのために何かできないだろうか…。吉田さんがそう考えていたときに出会ったのが、オーガニックコットンを使ったものづくりを行う株式会社アバンティの渡邊智恵子さんでした。渡邊さんは吉田さんに、「綿のように口に入れない作物を栽培することで、農地を有効活用できるのでは?」と提案したといいます。

備中茶綿の原綿
綿は塩害にも強く、放射性物質の移行係数が非常に少ないといわれる作物です。吉田さんは綿について勉強し、オーガニックコットンを栽培して製品開発を行う『ふくしまオーガニックコットンプロジェクト』の構想を練りはじめました。
吉田さん:でも、育てるだけならまだしも、製品にして販路を開拓していくことは、私たちのような小さな団体だけでは難しいと思いました。そこで、同じくいわきのために新しい取り組みをはじめようとしていた団体と一緒に、企業組合を立ち上げることにしたんです。
2012年2月、市内のNPO3社が集まって、「いわきだからできること、しなければならないことに取り組もう」を合い言葉に『いわきおてんとSUN企業組合』を設立。オーガニックコットン、コミュニティ電力、スタディツアーの3つを活動の柱に、協力して復興まちづくりを進めることになりました。
援農ボランティアの存在が、農家の励みになった
でも、農家を支援するというだけなら、オーガニックでなくてもいいはず。吉田さんはなぜ、有機栽培にこだわったのでしょうか?
吉田さん:福島は、地震や津波という自然災害だけではなく、原発事故という人的災害の被災地でもあります。いままで私たちは、使いたいものを使いたいときに使いたいだけ使うような暮らしを送ってきました。それが当たり前の、便利ないい社会だと思っていたんです。でも、原発事故を受けて、それは間違いだとわかりました。
それを身をもって体感した福島から、暮らしや産業の仕組みを見直していく必要があるんじゃないか。何かひとつでも、自分たちで新しい形をつくりたい。そう考えたんです。
世界を見渡すと、綿栽培の現場は農薬を使うところがほとんどです。しかし、農民が健康被害を受けていたり、児童労働が行われていたりという事例がたくさんあるそう。吉田さんは、「もう、見ないふりはしたくない」と思ったといいます。繊維自給率0%の日本で、福島からオーガニックコットンの産業を生み出そうと決意しました。
ただ、有機栽培で綿を育てる場合、たくさんの人手を必要とします。そこで、全国から援農ボランティアを募集し、畑作業を手伝ってもらうことに。これが、思わぬところで功を奏したのです。
吉田さん:農家さんの中には、ずっと有機でこだわってつくってきたのに、原発事故後にお客さんが離れてしまい「辞めてしまおうか」と落ち込んでいた方もいました。でも、綿の栽培を始めて、都会から来た人が自分と一緒に汗を流してくれる姿を見て、「もう一回やってみよう」と気持ちを立て直してくれたんです。ボランティアさんも、「○○さんがつくった野菜を食べたい」「お昼ごはんがとてもおいしかったから、野菜を買って帰ろう」って言ってくれたりして。一緒に畑で作業することで、新たなつながりが生まれたんです。
その輪はどんどん広がっていき、広野町、南相馬市、会津美里町でも栽培が始まりました。2015年現在の農地面積は約3ヘクタール。オーガニックコットンのほ場としては国内最大規模になっています。
種からコミュニケーションを生む『コットンベイブ』
『ふくしまオーガニックコットンプロジェクト』の最初の製品は、『希望の種 コットンベイブ』。種をくるんだままの綿でできた、可愛らしい人形です。
2012年春に蒔いた種は順調に成長し、秋には綿を収穫することができました。でも、そこから繊維製品をつくるまでには、紡績をして織布して…と、半年以上かかってしまいます。「そのあいだ何も製品がないのは寂しい、繊維にしなくてもいい製品がつくれないだろうか」とワークショップを行ったところ、綿が持つふわふわした手触りや温かみを活かし、人形にしようというアイデアが出ました。
ベイブの価格は、ひとつ800円。購入した人は5月になったらベイブの体から種を剥がして土に蒔き、育てます。収穫した綿を『ふくしまオーガニックコットンプロジェクト』に送ると、綿製品となって福島の未来につながっていく。そうした循環が生まれる仕組みにしました。実際、翌年にはたくさんの方から手紙が届き、吉田さんたちはおおいに励まされたといいます。

結婚式の引き出物に使われることもあるそう。
吉田さん:製作は、被災した女性たちに依頼しました。元々いわきに住んでいた方だけでなく、原発事故の影響でいわき市に避難してきた方にも協力してもらっています。
いまでは、全国からいわきに遊びに来てくれた人に対して、ベイブの製作講座も開いているんです。ずっとサポートを受ける側だったのに、教える側、何かを提供して喜ばれる側になる。それはつくり手のみなさんにとって、大きな喜びだったんじゃないかと感じています。
2015.2.9