つくり手インタビュー

左から高橋秀子さん、鈴木三紀さん、猪狩マス子さん
『希望の種 コットンベイブ』のつくり手は、いわき市内で被災した女性や、原発事故の影響でいわき市に避難している女性たち。今回は、広野町から避難している女性たちにお話を伺いました。
ふわふわの手触りにつくり手も癒される
——みなさん、震災前はずっと広野町で暮らしていたんですか?
猪狩さん:出身は広野だけど、30年位東京で働いていたんですよ。でも、病気して17年前に帰ってきたの。踊りのサークルをつくったりして、楽しく暮らしてました。
高橋さん:私は30数年いわきに住んでて、戻って5年で震災に遭いました。震災の前の日に、海を見たらいままで見たことない色してたの。なんだか怖いような不気味な色。当日はちょうど、おつかいに行って帰ってきたところでね。すごい揺れで、近所の若いお母さんたちが田んぼに逃げてた。避難する途中で海を見たら、材木みたいな色してるってびっくりして。よく見たら、本当に材木。目の高さ全部に材木が浮かんでたの。
猪狩さん:私はね、第一原発から8キロのところにいたの。お友達の家にいたんだけど、大きな梁がぐらぐら揺れてね。ガラガラってすごい音がして、外に出てみたら下駄箱は倒れているし瓦は落っこってるしで、足の踏み場もない状態で。
車は後ろのライトが全部無くなってて瓦も刺さってたけど、そんな状態でも走らせて帰ったんです。最初は楢葉にある妹の家に寄っていこうとしたんだけど、第二原発の陸橋のところは道路が落ちちゃって通れなかったの。そのときにまた余震があってね。もう落っこちそうで怖くて、「仏様」って祈ってた。
楢葉は津波が来るっていうから避難をしていて、私も旧道を通って広野まで帰ってきたんです。そしたら、近所の人が「沿岸の家がなくなっちゃったよ」って言うんです。最初はなんのことかわからなくて、しばらくして津波って気づいたの。立派な庭の家も何もなくなっちゃって、涙が出そうだった。
鈴木さん:うちも同じ感じですね。棚が倒れて、めちゃくちゃで。電気水道も全部だめで、ストーブは灯油を使うやつだったから、かろうじて暖は取れました。
——その後はみなさん、避難所に?
高橋さん:そうですね。役場で炊き出しをしてもらって、翌日は児童館に行って。でも、兄弟や親戚が気になってじっとしていられなくて、日中は動き回ってたんですよ。帰ってきたらみんな避難していなくなってた。職員さんがひとり残ってくれて、「広野から避難してください」って。だからそのまま、着のみ着のまま避難して。避難所は7か所を転々としました。一番遠いところでは、埼玉の草加。でも寂しいね、誰も知り合いがいなくて、話す人がいないんだもの。
猪狩さん:私は新潟に行ったんですよ。東京の友人から電話があって、「そこにいちゃいけない」って泣くの。でも自分は運転できないからって、妹の旦那を寄越してくれて。しばらく新潟と東京で過ごして、でもいつまでもお世話になれないし、県外だと情報も入ってこないから福島に戻ってきて避難所に入ったんです。
鈴木さん:うちは車でとりあえず遠くへ逃げようとしたんです。でも、途中で娘が具合悪くなっちゃって。精神的なものもあったのかな。情報が錯綜していて、とりあえず怖いから若者だけでも外に出ようということになって、いったん茨城へ避難したんです。5月までいて、戻ってきました。体育館の避難所暮らしも体験しましたけど、仕切りもあってないような状態で、厳しかったですね。
——仮設住宅に入ったときは、さぞかしほっとしたんでしょうね。
猪狩さん:ほっとしたら、ストレスがバッと出たの。歯がぐらぐらになって、2本も抜いたわ。知らない間に歯を噛み締めていたのね。そのあと突然、耳が聞こえなくなっちゃって。先生に聞いたら「ストレスだ」って。自分ではストレス溜めてないつもりなのよ。でもやっぱり、体に現れるのね。
——コットンベイブづくりには、どうして参加することにしたんですか?
高橋さん:甘南備さんから誘われて。甘南備さんは広野町出身なんだけど、震災前からいわきでザ・ピープルの事務局長をしてたの。
猪狩さん:仮設に入ってすぐの頃だったから最初は断っちゃったんだけど、慣れてきたから引き受けることにしたんです。
——ふわふわで可愛いから、つくるのが楽しそうですね。
猪狩さん:そうなの!この手触り。つくってるほうも癒されちゃう、このなんともいえない感触ね。
鈴木さん:赤ちゃんにしたのが正解ですよね。ナチュラルで可愛いって言ってもらえるから、それが嬉しくて。
高橋さん:ツアーでいわきに来てくれた人と一緒につくったりするんです。みんな個性があって面白いですよ。赤ちゃんなのに、おひげをつける人もいて。一度サンドイッチマンが来てくれたんだけど、モヒカンにしていました。やっぱり芸人さんは発想が違うね。
——みなさんは、広野町には帰る予定なんですか?
猪狩さん:帰りたいの。でも、土に触れられなかったら意味がないでしょ。いまでも線量は高いから。
鈴木さん:広野は原発事故から半年で解除になったんですよ。いま、2500人が帰っていると聞いています。そのほかに、原発の作業員が3500人。まちの雰囲気は、震災前とガラッと変わっていると思います。
高橋さん:来年の3月にはいまの仮設住宅を出ないといけないんですよ。帰るか、お金があるならどこかほかの場所に家を買うか借りるかしないといけない。
——帰りたいけれど、不安があるという状態なんですね。自分だけ帰っても、家族や友人がいなければ寂しいですもんね。もし帰ることになったら、その後もコットンベイブの製作を続けますか?
猪狩さん:続けたいけどわかりません、遠いから。近道してもいわきから36キロあるから。甘南備さんは「どこまでも追いかけていく」って言ってますけどね(笑)
——最後に、何か伝えたいことがあればお願いします。
猪狩さん:立ち寄ってくれた人が、「可愛い」って笑顔になるのが嬉しいんです。ほかにはないでしょ、こんなお人形。だから、「遊びにきてください、一緒につくりましょう」って言いたいですね。
製作工程
木の球、厚紙、コットン、コットンのガクの部分、花がベイブの材料です。
ガクに合わせて厚紙に切り込みを入れ、差し込みます。
厚紙の周囲にコットンを貼っていきます。
内側にもしっかりと!
種を蒔きたい人は、この部分のコットンだけ取ればベイブを崩さずに済みます。
オーガニックコットンの生地で帽子をつくります。
髪の毛と帽子を被せます。
ちょこんとお花をつけておめかししたら、
完成!ふわふわもこもこ、愛らしいベイブの誕生です。
2015.2.9