物語前編

「こんにちはー。また来ちゃった。おのくんいますか?」そんな声が途切れることなく聞こえる、小野駅前応急仮設住宅の集会所。
被災者のおかあさんたちが製作するソックモンキー「おのくん」は、招き猫ならぬ招き猿のように、全国から人を呼び寄せています。毎月800〜1000体のおのくんがあちこちに貰われていくとか。おのくんの人気のヒミツはどこにあるのでしょう?自治会長の武田文子さん、広報担当の新城隼さんにお話を伺いました。
はじまりは、仮設住宅に送られてきたソックモンキー

東松島には、航空自衛隊のアクロバット飛行チーム『ブルーインパルス』のベース基地があります。
日本三景として有名な松島の隣にある東松島市。静かな風情のあるまちですが、東日本大震災の津波によって受けた被害は甚大でした。観光施設や民宿の大半は流され、見る影もなくなってしまったといいます。
住民の多くは、JR仙石線陸前小野駅近くの仮設住宅に入りました。自治会長を務めることになったのは、個人事業主として仕立てやお直しの仕事をしていた武田文子さん。仮設住宅の入居者たちが暇そうにしているのを見て、みんなで取り組めるものがなにかないかと探しはじめました。
武田さん:震災前はみなさんそれぞれ仕事や畑があったけど、それができなくなってしまったんです。仮設住宅は狭いし、家族とこもっていても息苦しい。「なにかやろうよ」ってみんなで話していました。
でも、ここは最後に建った仮設住宅。だから、アクリルたわしとか編み物とか、すぐにはじめられそうなものはほかの仮設グループが既に取り組んでいました。みんな一所懸命やってるんだから、真似しちゃよくないでしょ。たまにコースターとかつくってみても、なんだかねぇ、という仕上がりで。そうやってしばらく、ウダウダしていたんですよ。
そんなとき、住民のひとりに可愛らしい猿のぬいぐるみが送られてきました。ソックモンキーといって、一組の靴下でつくるぬいぐるみです。アメリカの貧しい労働者階級のおかあさんが、こどもにプレゼントするためにおとうさんの靴下を改良してつくったのがはじまりだと言われています。
その可愛さに魅了された武田さんたちは、「これなら材料代もあまりかからないし、ほかの仮設でもつくってない!」と興奮。送ってきてくれた人を講師として呼んで、講習会を開きました。

最初の講習会で小学生がつくったソックモンキー。口は曲がっているしちょっと縫い方は雑だけど、とぼけた感じがなんとも可愛らしい仕上がりです。みんなにとって愛着がある一匹なのだそう。
講習会には、こどもも含めて15人ほどが参加。可愛いソックモンキーがたくさん生まれ、「売れるか売れないかはわからないけど、減るもんじゃないしとりあえずつくってみようか」とつくりつづけることにしました。
おのくん、全国へ旅立つ
「あーもう細かい、めんどくしぇ」。ぼやきながら制作するおかあさんたちを面白がり、集会所を訪れた人がソックモンキーに「めんどくしぇ」と苗字をつけてくれました。「苗字があるなら、名前もないと」と、「おのくん」という名前も決定。小野駅前応急仮設住宅生まれだから、というのが名前の由来です。
ただ、武田さんも含め、おかあさんたちはみんな「売る」「宣伝する」ことに関しては全くの素人。最初の3か月は無報酬で製作していたそう。それを手伝ってくれたのが、外からきたボランティアさんたちでした。現在、おのくんの企画・PRを担当する新城隼さんもそのひとりです。
新城さんは東京で田舎と都会をつなぐ事業を立ち上げようとしていたときに震災を経験し、自分の会社のために動ける状況ではないと考えて東北へ。ボランティアで各地を回っていたときに武田さんたちと出会い、活動を手伝うことになりました。
新城さんのサポートによってウェブサイトができあがり、集会所を訪れた人が口コミで広めてくれたことから、じわじわとおのくんの知名度はあがっていきました。
新城さん:おのくんは一匹千円ですが、「売っている」のではなく、「里親さんになってもらう」んです。里親さんたちはおのくんをとても可愛がってくれて、いろんなところに連れていって写真を撮り、フェイスブックやブログで紹介してくれました。それを見た人が面白がって広まっていった感じですね。
ハロウィンの仮装をしたおのくん、結婚式に出席しているおのくん、リゾートで休暇中のおのくん。おのくんのウェブサイトには全国から寄せられたおのくんの写真がずらり。おのくんがたくさんの人から愛されていることが伝わってきます。
2014.12.20