物語前編

春には桜が舞い、秋には紅葉が色づく双葉郡富岡町。海と山に恵まれた美しい土地ですが、原発事故の影響で、町民たちはいまもなお帰ることができずにいます。
富岡町社会福祉協議会は、生きがいを見出せずにいる人々のために『おだがいさま工房』を立ち上げました。そこでは毎日、町民たちが染めや織りで懐かしいふるさとの風景を再現しています。
“おたがいさま”の精神で、この状況を乗り切ろう

つつじが咲き乱れる5月の富岡町
富岡町は、東京電力福島第一原発から20km圏内にあるまちです。東日本大震災が発生した翌朝に避難指示が出て、町民は西にある川内村を目指しました。このときはまだ、「数日経ったら帰れるだろう」と思っていた人も多かったといいます。
川内村へは約6千人が身を寄せましたが、12日の午後に福島第一原発1号機が、14日に3号機が爆発すると、更に遠くへ避難せざるをえない状況に。町民の多くは郡山市にある多目的ホールビッグパレットふくしまへと避難し、17日には富岡町の仮役場もここに開設しました。
他町村からの避難者もいたビッグパレットふくしまは大混雑で、点字ブロックの上以外に歩く場所がないほどだったそう。胃腸炎など感染症も蔓延し、環境は劣悪でした。当時のことを、富岡町社会福祉協議会職員の遠藤絹子さんはこう振り返ります。

震災の10日前に社会福祉協議会の職員となったばかりだった遠藤さん。
遠藤さん:段ボールで仕切られただけのスペースに一日中横たわり、動くのは食事をもらいに長い行列に並ぶときだけ。そんな生活が続くと、人って顔から生気が抜けていくんです。避難所で知っている人を見かけたとき、その変わりように驚きました。人は食べられないことでも死ぬけど、もしかしたら何もすることがないというだけで死んでしまうのでは、と思いました。
突然、住み慣れた故郷を離れなければならなくなった悲しみや怒り、先の見えない不安。富岡町民たちは精神的にも身体的にも、極限の状態に置かれていました。
「このままでは、避難所から死者が出てしまうかもしれない…」。県庁や被災経験のある新潟県から助っ人が加わり、避難所の生活環境の改善がはじまりました。
5月1日には、富岡町と川内村の社会福祉協議会が合同で『ビッグパレット内生活支援ボランティアセンター』、通称『おだがいさまセンター』を開所。ボランティアのとりまとめや、避難者同士の交流・自治活動を支援する組織です。「苦しい状況ではあるけれど、“おたがいさま”の精神で乗り切ろう」と動き出しました。
富岡が誇れるものは、
豊かな自然と四季折々の美しい風景
「避難所周辺に雑草が生えているから、草むしりをしよう」。おだがいさまセンターが最初に企画したのは、草むしりでした。職員は「人が集まるだろうか」と心配したそうですが、それは杞憂に終わりました。集合時間の一時間半前に職員が避難所に着くと、長靴と軍手を持った人たちがずらりと待っていて、「なんだ遅いぞ、早くやっぺ」と怒られてしまったそう。70人を超える参加者が集まりました。
草むしりをはじめると、初対面の人同士の間にも会話が生まれ、みんなが明るい表情を取り戻していました。その様子を目の当たりにした遠藤さんは、「やることがあるってこんなに幸せなことなんだ」と実感したといいます。
社会福祉協議会でも「さまざまな形で、町民たちの生きがいとなるもの、希望となる何かをつくろう」と方針を決めました。そのひとつとして生まれたのが『おだがいさま工房』です。
遠藤さん:みんなで「富岡町が誇れるものって何かな」と話をしたら、「やっぱり自然だろう」と。そこで、桜染めや草木染めで、四季折々の美しい風景を再現しようということになりました。
職員たちはさっそく助成金を取得して作業場を確保し、染めや織り、仕立てを学ぶ研修生を募集しました。最初に集まったのは30人ほど。現在、工房の代表を務める小野耕一さんもそのひとりです。女性ばかりの中で黒一点、「親方」と呼ばれて親しまれています。

工房の代表を務める小野さん
小野さん:毎回、先生が来て染めや織りを教えてくれました。最初はたまねぎの皮でコースターを染めたんだったかな。いい色が出るんですよ。一度染めたら、その面白さにハマってしまいました。
先生の指導はとても厳しく、工房のメンバーはさまざまな技法を短期間で身に付けていきました。一年を過ぎる頃には人から褒められる仕上がりになったそう。ハンカチ、ショール、ポーチ、バッグと、製作できる製品の幅も広がりました。
2013年には、いわき市に『おだがいさま工房 IWAKI』もオープン。同じ福島県でも、浜通りにある富岡と中通りにある郡山とでは気候が全く違います。富岡町と気候が似ているいわき市へと避難した人も多く、同じように製作をはじめました。
染めを得意とする郡山に対して、いわきのメンバーが得意なのは織り・仕立て。それぞれの個性を活かして活動しています。
2014.12.2