物語後編
気仙沼に編み物の会社をつくろう
『小原木タコちゃん』は避難所で暮らす人々の間に交流をもたらし安らぎを与えてくれましたが、仮設住宅へ移る頃になると状況は変わってきました。漁師のお父さんたちは海へ、子どもたちは学校へ。マルティナさんは、「次のステップが必要だ」と感じたそうです。
マルティナさん:これから必要なのは、働く場所をつくること。でも、タコちゃんの養子縁組仲介手数料はお小遣い程度にしかなりません。ちゃんと稼げる仕事をつくりたいと思いました。
2012年3月、マルティナさんは気仙沼に『梅村マルティナ気仙沼FSアトリエ株式会社』を設立しました。愛称は『KFS』。気仙沼でみんながしあわせになれる平和の靴下(FriedensSocken)を作りたいという想いが込められています。
スタッフは、避難所のときから親しくしていた女性たち3人。マルティナさんもこれを機に、住民票も気仙沼に移しました。
靴下、手袋マフラー、リストウォーマー、アームカバー、ショールとさまざまな製品を展開していますが、一番人気はマルティナさんが考案した腹巻帽子です。
腹巻きの形状をしていますが、ネックウォーマーやフードとしても使用可能。真ん中でねじって重ねればリバーシブルの帽子にもなるすぐれものです。ほかにない製品なので、よく売れているそう。「これをつくりたい」と編み物を始める人も多いといいます。
マルティナさん:いろんなものを編んでいるうちに、自分たちのオパール毛糸がほしくなりました。Tutto社に相談したら、「東北のためなら協力したい」と快くOKしてくれたんです。家族経営で、とても素敵な人たちなんですよ。それ以来親しくなって、実家に帰るときは必ず立ち寄っています。
「海」「森」「桜」「秋」「冬」など、気仙沼の風景をイメージに色を選んだ『気仙沼シリーズ』、「赤ずきんちゃん」「サーカス」など自由に発想した『マルティナカラーシリーズ』、「おばあちゃんの笑顔」「お父さんの笑顔」といった『家族の笑顔シリーズ』…マルティナさんたちは次々とオリジナル毛糸を開発しました。 これらの毛糸は、編み物が好きな人たちの間で評判を呼んでいます。
駅前に、念願のお店をオープン
活動をする上で一番ネックになったのは、場所の問題でした。気仙沼は津波と火災で建物の大半が失われ、人が集まれる場所がなかったのです。会社設立後も、しばらくは地元の民宿『高見荘』のスペースを借りて製作していました。オーナーの加藤さん夫婦は「好きに使っていいよ」と言ってくれましたが、いつまでも頼ってはいられません。津波で更地になった大沢地区にある友人の土地を借りられることになり、そこにプレハブのアトリエを設置しました。
マルティナさん:いまもその場所をアトリエとして使っていますが、スタッフの人数が増えて狭くなってきました。それに、ここは以前津波で被害を受けた場所なので安全ではありません。大雨のときなんて、「大丈夫ですか、アトリエ泳いでないですか!?」って電話します。とても心配です。毛糸が流されるのは仕方ないけど、人が働く場所だから…。早く次の場所を見つけないといけませんね。
そうした課題もある一方で、今年5月には気仙沼駅前に念願のお店をオープンしました。スタッフ全員が作品を製作するほどの広さはありませんが、毛糸玉や作品を展示し、直接お客様に手渡しすることができます。駅徒歩1分という好立地にあるこの店舗を紹介してくれたのも、高見荘のご主人でした。
マルティナさん:ほんとに、たくさんの人に助けていただいています。最初は「ほんとにお店できるかな」と思ってたけど、完成したら「これはすごいことだな」と思いました。スタッフのみんなも楽しそうに飾りつけしていて、とても嬉しかったです。
全国の人の言葉が励みになる

『家族の笑顔シリーズ』の毛糸で編んだ服を着た、可愛らしい人形
毛糸や作品の売上は好調で、スタッフも少しずつ増えていきました。子どもの送迎があるお母さんでも働けるように、10時-15時勤務も可にしています。今年4月には、高校を卒業したばかりの19歳の女性が入社。彼女は、「ここがなかったら東京に行っていたかもしれない」と話しているそうです。
マルティナさん:若い子がいると刺激を受けます。お母さんたちも編み方を教えたり、可愛がったり、時には「ん〜〜こんなことして!!」と怒ったり(笑)お母さんたちが15時で帰るためには、フルタイムで働いてくれる人も必要ですから、助かってますね。全国のイベントにも連れていく予定です。いろんな体験をしてほしいですから。そうそう、いつか社員旅行でドイツに行くことが密かな夢なんですよ。
ちなみに、『小原木タコちゃん』は現在、『唐桑地区 手をつなぐ育成会』が引き継いで製作しています。あまり家の外に出られないお母さんたちにとって、『小原木タコちゃん』は大事な仕事になっている様子。「気仙沼に働ける場所をつくる」というマルティナさんの目標は、さまざまな形でしっかりと実現されています。
最後に、「全国のみなさんに伝えたいことはありますか?」と聞くと、マルティナさんからはこんな答えが返ってきました。
マルティナさん:ウーン…やっぱり、作品を買ってくれると嬉しいですね。その分、気仙沼の人たちの仕事になるから。オパール毛糸で編み物をするのもたくさんの人におすすめしたいです。初心者でも素敵な作品がつくれるし、楽しいんですよ。
でもね、お金や時間がなくてもできる支援があるんです。たった5分でできる支援。なんだと思いますか?…それはね、KFSのブログやフェイスブックに「いいね!」を押したり、コメントをしたりすること。「応援してますよ」という言葉一言で、すごく励みになります。それだけでとても嬉しいんです。
女性たちが編むのは、靴下や帽子だけではなく、それによって生まれるたくさんの喜びと幸せ。編み物を通して人と人がつながり、素敵な輪ができていく。マルティナさんと気仙沼の女性たちの前には、オパール毛糸のように虹色の未来が広がっています。
2014.9.21