物語後編
福島の歴史や伝統に支えられている
会津木綿の次に女子たちが目をつけたのは、会津漆器でした。会津漆器は400年以上の歴史を持つ伝統工芸品で、蒔絵や沈金といったさまざまな意匠が施されている点が特徴です。
朱色や黒を基本に金で装飾されたお椀などの食器が定番で、雅やかな美しさを持つ一方、若い世代にはとっつきにくい側面もありました。会津漆器をもっと身近なものにして、たくさんの人に知ってもらいたい。そんな想いからプロジェクトが始まりました。
『女子の暮らしの研究所』の研究員のひとり、大竹由布子さんは、漆器の表面に漆で絵や文様を描き、金属粉を蒔いて定着させる『蒔絵師』です。同じく蒔絵師である父親に憧れ、訓練校で技術を身につけ、2013年から家業を手伝いはじめました。
大竹さん:ふくいろピアスを見て、「めっちゃ可愛い!伝統工芸品でこんなに可愛いものがつくれるなら、漆でもやってみたい」って思っていたんです。だから、マキさんから「漆で商品開発しようよ」って言われたときは、めっちゃ嬉しかったです。塗り師もいないと、ということで、訓練校の先輩の小松さんにお声かけしました。

左が小松さん、右が大竹さん
小松愛実さんは陸前高田出身ですが、短大生のときに漆に出会ってその魅力に惚れ込み、漆の塗り師として生きていくことを決めました。訓練校を出た後は会津若松の工房に弟子入りし、修行を積んでいます。
小松さん:「福島で就職することに不安はなかったの?」と聞かれることがあるんですが、逆に震災があったからこそ、塗り師になろうと思いました。漆という自然のものを使ってひとつの器をつくれることが漆器の良さです。震災があって、いろんなことを見直さなくちゃいけない時代だなと思って…こういう時こそ、漆が必要とされるかな、と。
でも、化学塗料のほうが安いし色も安定するから、そちらを選ぶ人のほうが多いのが現状なんです。だから、「漆にこだわって製品をつくりたい」と言われたのは、すごく嬉しかったですね。
小松さんから仕事場を見せてもらった女子たちは、朱色と黒だけではなく多彩な色を出せることを知り、感嘆の声を挙げました。パステルカラーのような淡い色もあり、「これなら女子にもウケる!」と確信したそうです。たくさんの伝統色の中から、「蜂蜜色」「珊瑚朱色」「花緑青」「紺瑠璃」という4つの色を選びました。
形は、丸・三角・四角に、星・ハート・しずく・福島の形を加えた7つ。ころんとした丸みと質感を持ち、側面に蒔かれた金属粉が上品さを醸し出しています。木の実のような可愛らしさから、『omoi no mi』と名付けました。会津で漆の仕事をして生きていこうと覚悟を決めた職人たちと、彼女たちを応援するふくしまの女子たちの優しい想いが込められています。
ウェブサイトには、福島で暮らす女子たちがいまの想いを綴った手紙を掲載しました。「未来の私の子どもたちへ」「家族へ」「いつかお友だちになるあなたへ」…その手紙を読むと、福島の女子たちがどうして福島に残ることを選択したのか、どんな希望を抱いているのかがわかります。
日塔さん:みんなから、「お手紙がいいね」って言われるんです。『ふくいろピアス』のときと同じように、商品を通して私たちの想いに共感してくれる人が増えました。増えたというか、そういう人は元々いて、商品のおかげでつながりやすくなったという感じかな。
それも、会津木綿や会津漆器を脈々とつないできてくれた人たちがいたからなんですよね。福島の歴史や伝統に支えられている、という感覚があります。それがあるから、私たちが製品をつくることができて、たくさんの人に届けられる。ほんとうに感謝していて、だからなくなってほしくない。なんとか新しい形でつないでいけたらいいなって思っています。
郡山の海老根手漉和紙に昭和村のからむし織など、手がけたい素敵な素材はたくさんあるそう。「お金と時間が足りな〜〜い!」と嘆きながらも、日塔さんたちはひとつずつ形にしようと奮闘しています。
見直さなくちゃいけないのは、暮らしのことぜんぶ。
「あなたが先頭に立って、みんな移住しましょう!って声を上げなくちゃダメなのよ」。
「あなたたち若い女子が率先して福島のものを食べて、大丈夫ですよってアピールしないといけない」。
日塔さんはさまざまな場所で真逆のことを要求されるといいます。
日塔さん:「どっちもしない〜〜〜!」って、地団駄踏みたくなります(笑)
私にも仲のいい農家さんがいるし、苦労や努力も知ってる。そこで採れたものが全部汚染されているとも思っていないけど、食べるか食べないかはそれぞれの選択です。
移住するか残るかも同じ。放射能に関することは専門家でさえ意見が分かれるし、それぞれにどうしようもない事情があって、そんなに簡単なことじゃない。「これが正解だから、みんなこうしましょう!」なんて言えないし、そうしない人を「間違ってる」って非難するようなことはできないなぁと思うようになりました。
そんなふうにそれぞれが出した結論は尊重したいと考える日塔さんですが、結論を出す前に、現状を知ることは必要だと考えています。いろんなことを、ちゃんと知っておきたいし、知ってほしい。そういう想いを、ずっと持ち続けています。
日塔さん:原発を再稼働させようとしている他県の人たちと話をしたことがあるんですが、みなさん「未来の子どもたちのために、良いまちにしよう」って考えて行動しているんですよ。「原発も対策さえすれば大丈夫」って思っていて、まちのことを真剣に考えてる。
でも、知らないんです。福島でもずっと大丈夫だって言われてきたこと、事故が起きたあと福島がどうなってしまったかということ。ぜんぜん教訓が活かされていないし、知ろうとせずに計画が立てられている。
悲しくて怒りたくなるけど、それやっちゃうとそっぽ向かれちゃうから、「一度福島に来て下さいよ〜、ご案内しますから〜♡」ってお誘いするんです。ハートマークつけて(笑)福島に来て、いろんなものを見て、話を聞いてもらえたら、伝わるかもしれないから。
最近、水俣を訪れた日塔さんは、いまも病気に苦しめられている人々がいることや、水俣病が起きた背景を知って、大きなショックを受けたといいます。
戦後、国策としてどんどんモノがつくられ、効率化によって廃液が海に流されたこと。そうしてつくられたものたちの恩恵を受けて、自分たちが便利に暮らしてきたこと。でもその影には、いまも苦しんでいる人たちがいること。そういったことが、たまらなく重い事実としてのしかかってきました。
日塔さん:私や親世代のせいじゃん、って思ったんです。大量生産大量消費も、原発と同じ構造ですよね。便利で効率的かもしれないけど、その裏で苦しむ人がいる。知らないほうが、見ないふりをしていたほうが楽だけど、ちゃんとそういうのを考えて選んでくれば、水俣病も原発事故も起きなかったかもしれない。
問題は全部つながっていて、見直さなきゃいけないのは原発のことだけじゃない。もう一度振り返らなくちゃいけないのは、自分の暮らしに関することぜんぶ。ほんとうに大事なものを見極めて、ちゃんと選んで、大事にできるようになれたらって思います。
「本当は◯◯したいけど、◯◯だからできない」。多くの人が、そういった想いを抱えたことがあると思います。「本当はもっと社会に役立つ仕事がしたいけど、利益を確保するためにはできない」「本当は家族との時間を大事にしたいけど、仕事が忙しくて無理」「本当は職人の手仕事を粋だなって思うけど、経済原理を考えたら消えていくのも仕方ない」。理想を追い求めるのは幼い考えで、現実を受け入れるのが大人、という空気も漂っています。
でも、「女子」はそんなこと気にしません。「社会のことを何もわかっていない」と言われても、「だってそんなのイヤじゃん!」と駄々をこねて、自分たちが大事にしたいものを追求し、「こっちのほうが楽しいし、可愛いし、素敵じゃない?」と提示していく。そんな、ある意味ワガママで、自分に正直な女子の力が、社会を心地よい形に変えていくのかもしれません。
語尾に♡や♪をたくさんつけて明るく笑いながら、まじめな話になるとしっかり自分の意見を語る日塔さんや福島の女子たちを見ていると、そんなふうに感じます。
2014.6.19