物語後編
懐かしい思い出や未来予想図をスペインタイルで描く
阿部さんたちが立ち上げた『みなとまちセラミカ工房』は、50棟の店舗からなる仮設商店街『きぼうのかね商店街』の中にあります。工房内にはさまざまなデザインのスペインタイルが飾られ、外から見てもとてもカラフル。まるで異国の地に来たかのようです。この工房内で、作品の製作と販売、体験教室を行っています。
阿部さん:看板商品は、『セラくんミカちゃんマグネット』です。復興のためのビジネス創出を目指す『創業スクエア』さんで工房のコンセプトブックを作成してもらったんですが、そのとき提案していただいたデザイン画の一コマを製品にしました。生まれたての赤ちゃんのようなお魚の表情が、工房と一緒でとても愛おしく感じたのです。
童話の一場面のような優しい絵柄の『セラくんミカちゃんマグネット』は、幅広い世代から人気を博しています。また、女川の風景を描いた絵タイルに反応する人も多いとか。
阿部さん:工房スタッフは全員女川生まれの女川育ちなんです。だから、同じことを覚えていて、よく話が盛り上がるんです。「防波堤のところに赤灯台と白灯台があったね」とか、「女川駅にあるからくり時計は、電車が着くと船に乗った獅子が踊り出したよね」とか。そういった思い出をスペインタイルで蘇らせています。
工房内は笑いに溢れた明るい雰囲気ですが、製作中はぴたりと話が止みます。細かい作業なので、話をしているとはかどらないからです。趣味でやっているなら「楽しい」だけでいいのですが、いまはお金をいただいているので、仕上がりが最優先。ほんの少し色が飛び跳ねているだけでやり直しになります。
阿部さん:仕上がりのチェックはかなり厳しいです。オーダー品、特に表札は永くご依頼主様家の顔となるものですから納得がいくまで修正、最焼成し完成させています。採算は度外視でお客様に喜んでいただけるものを作っています。目標は、一人一人が職人として独立できるくらい腕を磨くこと。若い子も雇って技術を継承し、スペインタイルを女川の新しい産業として根づかせたいと考えています。
スペインタイルの製作が、まちの復興と重なる
順調に進んできたように見える『みなとまちセラミカ工房』ですが、不安や葛藤もたくさんあったといいます。
阿部さん:スペインタイルでまちを彩る…といっても、果たしてそれがまちの人に受け入れられるのか、ひとりよがりな想いなんじゃないか、と悩みました。商品をつくっても売れるかわからないし、教室を開いても生徒さんが来るかわからない。最初は心配だらけでしたよ。でも、動いていくうちに、「いいね」って言ってくださる方が増えて、最近ようやく、「もしかしてやっていけるかな」と思い始めました。
2012年末に女川にオープンしたトレーラー宿泊村『El faro(エルファロ)』からは、48室分の部屋のプレートを依頼されました。ここに泊まった方がプレートを気に入り、工房まで来て注文してくれることもあるそうです。2014年3月に女川で最初に完成する災害公営住宅のエントランスを彩る絵タイル101枚の製作にも挑戦しました。
阿部さん:工房に来て下さる方みんなに、自分の夢を話すんです。そうすると、誰かが覚えてくれていて、何かあったときにスペインタイルのことを話してくれるんですね。そうやって広がってきました。困ったことがあっても、いつもどこからか救いの手が差し伸べられるんですよ。「これって運命なんじゃないかな」って思うくらい(笑)
阿部さんは、スペインタイルの製作工程が、まちの復興に重なって見えるといいます。茶色の素焼きタイルが、更地になったいまの女川。鉛筆で線を描くのがまちの青写真を描くこと。そこに色を載せて焼き上げると、まちの未来が見えてくる。
阿部さん:そうして、まちにどんどん家が建っていくのに従って、スペインタイルも増えていってほしいです。あちこちにスペインタイルが飾られていて、その絵柄を見て会話が弾んで。まちの人も、観光に来た人も、散歩が楽しくなるように。ただの工芸品じゃなくて、まちの文化として育てていけたらと思っています。
2013.11.22