物語前編

鮎川浜の海から数mのところに佇む小さなお弁当屋『ぼっぽら食堂』。
漁師の奥さんたちが運営し、地元の食材を使ったおいしいお弁当を毎日つくって提供しています。
オープンしたのは、大安吉日の2012年7月30日。震災後、自分たちで編んだ漁網ミサンガを販売してお金を貯め、今後のことを話し合ったのがこのお店を始めるきっかけとなりました。
自分たちがつくる必然性のある製品とは何だろう
牡鹿半島は黒潮と親潮が交差する豊かな漁場です。鮎川浜では、男性たちが漁や養殖で海の幸を捕り、女性たちが水産加工の仕事で家計を支えるという暮らしが脈々と紡がれてきました。
しかし、東日本大震災により、その暮らしは一変します。何隻もの船が流され、水産加工場は跡形もなくなり、浜は壊滅状態になりました。牡鹿半島漁協女性部の安住千枝さんは、震災直後のことをこう振り返ります。
千枝さん:この世の終わりだと思ったね。漁が再開できるとは思わなかったな。何にも無くなっちゃったんだから。
これからどうなっていくのか、どんな支援が入るのか、または入らないのか。誰も先のことがわからず、不安な気持ちを抱えていました。交通の便が良い石巻市街地にはさまざまな支援団体が駆けつけていましたが、少し離れた牡鹿半島にその手が届くことは少なく、浜の人たちは「自分たちで何とかしなければ」という想いを強くしていったといいます。仕事を失い手持ち無沙汰になっていた女性部のメンバーも、「何かやりたい」と考えていました。
その頃、同じように「女性の仕事づくりが必要だ」と考えていたのが、復興支援プロジェクトのマネージャーとして石巻沿岸エリアを回っていた友廣裕一さんです。男性は瓦礫撤去等の力仕事が緊急雇用であるけれど、女性は働きたくても仕事がない。被災地を回るうちにそうした課題に気づき、何かをしたいと考えていたのです。2011年4月、漁協の参事を通して出会った友廣さんと女性部は、地元の素材を使ってものづくりをしようと動きはじめました。
千枝さん:最初は色々やったよな。ツタでリースつくろうとしたり、石ころとか、貝殻とか使おうとしたり。何でものづくりだったかって?だって何も無いんだもん、そこらにあるもので何かをつくるしかないっちゃ。
地元の素材を使うことにこだわったのは、それ以外に材料がなかったという事情もありましたが、「必然性のあるものでなければ続かない」という考えもあってのことです。どこでも誰でもつくれるものをつくると、マーケティングの勝負になってしまう。そうではなくて、「この土地ならでは」のものをつくり、共感してくれる人に買ってほしい。そんな想いがありました。
友廣さん:いろいろ試しているうちに、千枝さんから「うちに流されなかった漁網の補修糸があるから、それを使ってミサンガを編んだらどうか」と提案があがったんです。Jリーグでミサンガが流行った頃よくつくって近所の子どもたちに配っていたそうで、“ミサンガおばさん”って呼ばれていた、と。すぐにサンプルをつくってきてくれました。
慣れ親しんだ漁網の補修糸で漁師の奥さんたちが編むミサンガ。牡鹿半島らしさがあるところが気に入り、千枝さんが先生となって他のメンバーに編み方を教えることになりました。
買ってくれた人の声を聞き、モチベーションが上がった
漁網の補修糸でミサンガをつくる。言葉にすると簡単そうですが、実際にやってみると、補修糸はナイロンなので滑りやすく、なかなか難しかったといいます。
千枝さん:他のメンバーは誰もミサンガつくったことなかったから、みんな泣き泣きやったな。怒られ怒られしながら(笑)編み方も色々あるから、ひとつ覚えるとまた新しいのつくってきて見せるの。でも教えないのよ、編めるようになりたい奴は自分で攻略しろって。食いついてくる奴は食いついてきたな。
練習を積んで少し販売もしはじめ、ある程度生産数も貯まった2011年8月、友廣さんの知り合いからお誘いを受け、香川県で行われる音楽ライブ『モンスターバッシュ』でミサンガを販売することに。メンバーの娘さん2人が現地へ行き、お客さんと顔を合わせて販売しました。
友廣さん:お母さんたちにとって、自分たちでつくったものを売るなんていうのは初めてのこと。「本当に売れるの?」「こんなのに1,000円もつけて誰が買うんだっちゃ」と半信半疑でした。それが、実際に売ってみたらすごい好評で。純粋に「可愛い」と買ってくれる人が多くて、娘さんたちから報告を受けたお母さんたちは、テンションが上がって喜んでいました。あとから振り返ると、これがひとつの転機だったなと思います。
モンスターバッシュでの反応に手応えを感じたお母さんたちは、本格的にミサンガの製作に取り組むことに。元々あった補修糸はすぐに無くなってしまいましたが、全国の農山漁村を巡ったことがある友廣さんが知り合いに声をかけると、高知、新島、沖縄、海士町から次々と鮮やかな補修糸が届きました。
『マーマメイド』という名前は、メンバーの息子さんが命名。さまざまな人の手助けを得て全国各地のイベントで販売し、順調に売上を伸ばしていきました。
2013.11.21