物語後編

復興グッズではなく、ゆるキャラの波に乗ろう

¥オクトパス君

南三陸の復興市で販売を始めたオクトパス君。全国からやってきたボランティアが購入し、口コミから少しずつ広がっていきました。全国のお店から「置かせてほしい」と問い合わせもあり、気づくと取扱店は数十店舗になっていたといいます。

阿部さん:ただ、儲けようと思っていなかったから、文鎮は価格をとても低く設定していたんですよ。それこそ原価程度の価格です。取扱店の方は「支援だから」と言ってくれたけど、その人たちにも少しは利益が出るようにしないと、長くは続かない。だから、ちゃんと利益が出る商品をつくろうと思いました。

缶バッジ、Tシャツ、ピンバッジ、ぬいぐるみ、ストラップ。少しずつ新たな商品を開発していきました。誕生日は10月8日(オクトーバー)、性別は男の子。好きなものは志津川湾のアワビとおやじギャグ。語尾は「〜でチュー」。オクトパス君のプロフィールも決まり、少しずつ認知度が上がっていきました。

阿部さん:ただ、着ぐるみをつくってイベントに参加したり、テレビに写ったりするのを疑問視するスタッフもいました。やり過ぎじゃないのか、不愉快に思う人もいるのではないか、と。

しかし、「復興支援」の風はいつまで続くかわかりません。たくさんの人に応援してもらっていながら先細りして無くなってしまうのは申し訳ない。「ご当地ゆるキャラ」路線にシフトすれば、もっと継続して注目を浴びることができる。

オクトパス君と言えば南三陸、南三陸と言えばオクトパス君。そう言われるように頑張ろう。そうスタッフに伝えました。今では納得してくれています。

ひとつだけ注意していたのは、地元の人たちがやっていることとかぶらないこと。苦しい状況の中、頑張って再建しようとしている人たちと競合するようなものはつくれません。YES工房の目標はライバルを蹴落として利益を上げることではなく、地域を元気に明るくすること。「誰もやっていない面白いこと」を探し、挑戦していきました。

オクトパス君を通じて、地域を明るくしたい

¥ひがし幼児園

現在、YES工房では23名のスタッフを雇用しています。ものづくりは初めての人もいるし、20代から60代までと年齢もさまざま。その人の得意なことを活かし、適材適所に配置しています。

阿部さん:若い連中は動画を撮って、『オクトパス君が行く!ゆるシャキの旅』としてYouTubeで公開しています。これは、オクトパス君が工房を飛び出して、南三陸のお店や会社を訪問しながらPRするというものです。「オクトパス君グッズを売ろうとするな、万人から受けるものをつくれ」と言ったらこうなりました。商品紹介の動画じゃ、誰も見てくれないでしょう。

雨で出発の日が延期になってしまったり、大きな体がエレベーターにつっかえたり、宮城県のゆるキャラが集まる運動会に出かけたり。ちょっと天然で一所懸命なオクトパス君の姿に、思わずキュンとなってしまう動画です。最近では『ゆるキャラグランプリ2013』に出馬するための記者会見もしました。演出も音楽も凝っていて、スタッフのオクトパス君に対する愛情と熱意が伝わってきます。


阿部さん:こういうのをつくるには、時間も費用も当然かかります。普通の企業では中々できないでしょう。でも、若い連中に自分でアイディアを考えて実行する機会を与えて、少しでも人材育成につながればと思っているんです。

正直言ってね、成果とか実績が増えるほど、その先のことが不安になるんですよ。しっかり利益を出して継続させていかなくちゃいけない、と。だから攻めの姿勢で事業展開しています。状況を見て、これまでのやり方でやっていくのは難しいと判断すれば形を変えて、新しいことにチャレンジしています。

それでも、回らなくなるときはいつか来るかもしれない。じゃあそれは失敗なのかと言ったら、ちょっと待てよ、と。ここに関わった人たちがセンスや経験を身につけて社会に出て活躍したら、それは成功と言っていいんじゃないか、と。そう思うんですよ。だから、オクトパス君は地域の人材育成事業でもあるわけです。

阿部さんは公務員で副業が禁止されているので、一切報酬を受け取っていません。阿部さんにとってオクトパス君とは、自分の得意なことを活かした社会貢献。被災した人が一息つくための手段として始めましたが、状況の変化や周囲の要望に応えて少しずつ形を変えていきました。

阿部さん:最初は収益を上げるつもりもなかったし、戦略もありませんでした。どこかの企画会社がプロデュースして仕上げたものではないんです。自然と成長していき、いまのオクトパス君になりました。

動画を見た人から「うちの店にも来てよ」と言われることも増えたし、町を歩けば子どもたちが寄ってきてくれます。外の人へのお土産としてオクトパス君グッズを買う地元の人もいます。南三陸の人たちから親しまれ、南三陸のことを外に向けてアピールする。微力ながら、オクトパス君が南三陸の広報のような存在になればと思っています。

大正大学をはじめとして、YES工房は全国の人から支援を受けました。その恩返しをしたいと阿部さんは考えています。

阿部さん:オクトパス君を通じて地域を明るくすること。それがYES工房にできる恩返しです。

2013.9.11