物語前編

「気仙沼のために、いまできることは何だろう」。
東日本大震災により社屋と工場全てが被害を受けた八葉水産株式会社。社長の清水敏也さんは、気仙沼に新たな産業をつくるため畑違いの帆布製品づくりに乗り出しました。地元の職人を集めて開いた小さな工房は「GANBAARE(ガンバーレ)」と命名。これまでに、帆前掛けやポーチなど、100を越える多彩な製品を世に出しています。
震災によって多大な困難にぶつかりながらも新しいものを生み出してきた背景には、地元気仙沼の未来を想う気持ちがありました。
地名が入った製品を通して、気仙沼を発信したい
八葉水産は、昭和47年に気仙沼で創業した水産加工会社です。最初は小さな家内工業でしたが、少しずつ規模を拡大し従業員170名を抱える企業へと成長。しかし、3.11の津波により、社屋と8つあった工場全てが被災してしまいました。清水社長は会社を再建するため奔走しながらも、「気仙沼のためにいまできること」を考えはじめたといいます。
清水さん:水産加工の仕事には機械や設備が必要で、工場を建て直すには時間がかかります。でも、ものづくりならミシン一台とアイディアがあればすぐ形にできる。一人の人が一つの商品をつくることから始めて、それを流れ作業にすることによって何人かの仕事になり、企業へと成長し、同じような企業がたくさんできると産業になる。気仙沼の未来のために、新しい産業をつくりたいと考えました。
気仙沼には昔から漁業や水産加工で使われる前掛けやシートをつくるシート屋がありましたが、今回の津波で数多くの縫製工場が流されてしまいました。清水社長は職場を失った職人を集め、気仙沼の地名が入った帆前掛けをつくることを思いつきます。
清水さん:帆前掛けは、漁師さんが古くなった船の帆を切って腰に巻いたのが始まりと言われています。港町気仙沼にはなくてはならない仕事着でした。せっかくつくるなら、地域と馴染み深いものをつくりたいと考えたんです。
地名を入れたのは、気仙沼を全国に向けて発信していくため。全国からお見舞いをいただいて、そのお返しに土地のものを贈りたいという人はたくさんいました。でも、食品だと食べたら終わりであとに残らないでしょう。気仙沼の地名入り製品があれば、その後も折にふれて気仙沼のことを思い出してもらえる。そういうものをつくらないといけない、と思いました。
地名だけでなく、漁で使うアンカーや、気仙沼の花・木・魚・鳥である「やまつつじ」「黒松」「鰹」「うみねこ」なども柄として挿入。ここにしかないものを入れることで、「ここから出発しよう」という想いを込めたのだといいます。
4月から構想を練り、知人の染物屋さんに依頼してオリジナルの帆布を製作。業務用ミシンを購入して小さな工房をつくり、職人さんと相談しながら『気仙沼帆前掛け』を仕上げました。完成した製品は地元の方から驚かれ、とても喜ばれたといいます。
組織としての体制も整え、6月には『GANBAARE株式会社』を設立。本腰を入れて取り組みはじめました。
自分がほしいもの、贈りたいものを製品に
清水社長の奥様・節子さんは、元々は専業主婦。震災後も東奔西走する清水社長を陰ながら支えていましたが、製品の売れ行きが好調すぎて手が足りなくなってしまったため、GANBAAREの製品開発に携わるようになりました。
節子さん:実は震災前から、「気仙沼のお土産になる物産品をつくらないと」という話はあったんです。大学生の息子の友達でデザインを学んでいる子を気仙沼に呼んで、鞄がいいんじゃないかと話していました。その3日後に震災が起きて話が流れちゃったんだけど、私は諦めきれなくて。鞄職人さんを呼んで、つくってみることにしました。
自分たちでデザインを考えて型を起こし、試行錯誤。そうしてできた『気仙沼帆布トートバッグ』や『気仙沼帆布エコバッグ』は、『気仙沼帆前掛け』に勝るとも劣らないヒット商品になりました。
節子さん:「まさか自分の生まれ育った地名が書かれたバッグを持って歩くとは思わなかった」と言われました。家が流されてしまった方にとって、たくさんの思い出が詰まった土地の名前はとても大切なもの。涙を流す方もいらっしゃいました。気仙沼が実家で、いまは別の土地にいるという方は特に欲しがってくださいましたね。
その後もGANBAAREはポーチや風呂敷、名刺入れなど、次々と製品を開発。友人に贈るためにひとりで10個、20個と買って下さる方もいるそうです。清水社長も節子さんもものづくりは初めてにも関わらず、どうして売れる製品をつくることができたのでしょうか。
清水さん:分野は違えど、商品開発は八葉水産でもずっと行ってきたんですよ。めかぶに椎茸を入れてみたり、新しい味を追究してきました。自分たちが食べたいものをつくること、おいしいと感じたものを製品にすること。ものづくりもそれと同じなんだよね。自分たちが持つなら、誰かに贈るなら、こういうものがいい。そういうものをつくっています。日々のちょっとしたことから刺激を受けて、アイディアを思いつき、自分なりの感性を加えて形にしていく。ものをつくるっていうのはそういうことじゃないかと思っています。
“暮らしの中で役立つもの”“安らぎを感じるもの”“おばあちゃん、おかあさん、子どもの3世代で持てるもの”。GANBAAREの製品はそういったことを大事にしているそう。気仙沼のゆるキャラである「ホヤボーヤ」をあしらった製品や、オリジナルキャラクター「ガンバーレふかひれちゃん」の製品は子どもたちにも人気です。
節子さん:頭はフカヒレ、首にはワカメのマフラー、胸元には山つつじのブローチをつけて、気仙沼をPRしています。「こんなキャラクターをつくりたい」とラフを描いてデザイナーさんに相談し、仕上げてもらいました。
元々は専業主婦だった節子さんですが、いまではすっかり商品開発に夢中の様子です。
2013.7.23