物語後編
今度は自分たちが、励ましの言葉を贈りたい
南三陸ミシン工房の製品の特徴は、一つひとつにお母さんの名前と似顔絵が描かれたタグとカードがつけられていること。吉田さんがデザインしたこのタグを見てお母さんたちはとても喜び、「これ、お墓に入れるわ」と言って笑っていたそうです。
熊谷さん:吉田さんがこうした似顔絵やロゴをつくってくれたことによって、お母さんたちの責任感や自信につながっていきました。自分の名前が入っているんだから、愛着も湧くし、手抜きはできませんよね。「デザインって、こういうことなんだ」と思いました。
デザインの現場ではしばしば、「いかに新しいか、エッジが効いているか」が求められますが、ミシン工房の仕事では「縫い手のお母さんたちが心地よくつくれること、自分ごとにしてくれること」を一番に考えているそう。バッグにプリントする「Hang in there!」の言葉や、『おらほもあんだほもがんばっぺし!Bag』という名前も、縫い手のお母さんたちと一緒に考えて決めました。
吉田さん:たくさんの方から支援をいただいて、「がんばれがんばれ」って励まされて。お母さんたちも、どこかでありがとうと伝えたい、お返しがしたいと思っていたそうです。
熊谷さん:知人から「そろそろ現地の人たちが自分から何かを発信するような商品をつくってもいいんじゃないか」と言われ、はっとしました。確かに、凄まじい体験をしながらも、明るく前を向いているこの人たちだからこそ発信できるメッセージがある。製品でそれを表したいと思いました。
お母さんたちは、「Hang in There!」のワッペンを、自分でアイロン掛けして製品に刻みます。製品を手にとってくれる方へ、自分からのメッセージとして。
吉田さん:嬉しい誤算だったのは、家族や友人へ贈るために買ってくれる人が多かったこと。私たちは買ってくれる方へメッセージを届けるところまでしか想定していなかったけど、買ってくれた方からまた別の誰かに、励ましや応援の気持ちが引きつがれていく。「がんばれ」って普遍的なメッセージだから、そういうふうに広がっていくんですよね。大切な人へ想いを込めて贈ってもらえるなんて、製品として幸せなことだなと思います。
活動を継続するために、運営体制を整える
『歌津クラッチ』『志津川トート』『田ノ浦ボストン』。これらは、南三陸ミシン工房の第二弾製品として登場した製品です。高級感のあるカーテン生地を使い、洗練された雰囲気を醸し出しています。
吉田さん:『がんばっぺし!Bag』を製作することで、お母さんたちの技術はどんどん伸びていきました。シンプルなものだけでなく、こういう複雑なものも縫えるということを知ってほしくて企画した商品です。形やデザインは、お母さんたちと一緒に話し合って決めていきました。
これをつくれるのはまだ一部のお母さんだけですが、「次はこれを縫えるようになりたい」と目標にしてもらったり、「私にもつくれた!」と自信になったりしたらいいなと思っています。
こうしたオリジナル製品の製作のほか、ミシン工房では通常の縫製仕事の受注にも力を入れています。これまで、企業のキャンペーン商品やイベントのノベルティグッズを多数製作してきました。単発仕事がほとんどでしたが、今後は毎月定期的に入る仕事を増やし、経営を安定させたいと考えているそうです。
熊谷さん:震災から時間が経つにつれ、たくさんあった支援団体も少しずつ東北を離れていきました。私も、ミシン工房のお母さんたちから「いつ終わっちゃうんですか」「もうすぐ辞めちゃうんでしょ」と心配されるようになったんです。
ミシン工房を続けるには、生産管理、営業、広報、販売など、製作以外の仕事も必要です。これまでは熊谷さんが無償で毎日そうした仕事をしてきました。自分のお店を開くための開業資金として貯めていたお金があったから今までやってこれましたが、ずっと続けることはできません。団体を継続して回していくために、2013年3月、ミシン工房をNPO法人化。熊谷さんは有給スタッフとしてミシン工房に関わり続けることになりました。
こうして活動を継続するための体制が整ったことで、お母さんたちも安心して製作に没頭できるようになったといいます。
「してあげている」のではなく、「してもらっている」
あの日から2年。南三陸ミシン工房は着実に歩みを進めていますが、熊谷さんは「復興にはまだたくさんの時間と人手が必要」と話します。
熊谷さん:高台移転も進んでいないし、多くの人は仮設暮らしのまま。現地に来てもらえれば、「本当に甚大な被害を受けたんだ」とわかると思います。3月11日、東京に住んでいる人はみんな何時間もかけて家族のもとへ帰ろうと、家路を急いだでしょう。ここではまだ、あのときの気持ちのまま変わっていないんです。まだまだ、たくさんの人の支えを必要としています。
自分にできるのは、南三陸のお母さんたち数十人のサポートという小さなこと。でも、多くの人の「小さなこと」が集まれば、東北全体の復興につながっていく。熊谷さんは、支援活動を続けている知人と「辞めてしまうのは簡単だけど、細く長く続けていこう」と励まし合っているそうです。
何が正しいのか、どっちに向かって進んでいけばいいのかわからない。不確実なことばかりで、ビジョンを描くことができない。そうした中で、物事を前に進めていくのは簡単なことではありませんでした。嬉しいこと、やっていてよかったと思えることもたくさんあった一方で、大変なこともたくさんあったといいます。
吉田さん:大事なのは、自分が「してもらっている」という気持ちだと思います。本当に、しんどいことってたくさんあって、人のために「してあげている」という意識だととてもじゃないけど続かないんです。逆に、自分が相手から受け取っているものを見るようにしたら、気持ちが楽になります。こんなにもらっちゃって、得しちゃったなって。それで、もしかして相手にもそう思ってもらえていたら、それはすごく良い関係なんじゃないかなと思います。
お互いが相手に「してあげている」と思っているのではなく、相手から「してもらっている」と思っている関係。相手が与えてくれているものに気づき、大事に受け取って感謝できる関係は、確かに素敵です。
吉田さん:私は、最初に南三陸に来たとき、お母さんたちの笑顔にとても胸を打たれたんです。田舎のお母さんたちなので、特別お洒落なわけでもないし、綺麗なお化粧をしているわけでもありません。でも、本当にいい表情をしているんですよね。自分の周りにこんないい笑顔の女性いたかな、自分が歳を取ったとき、こんな風に笑えるかな、って思いました。しかも、その人たちは、本当に苦しい状況を乗り越えている人たちです。その強さというか、しなやかさに、なんていうんだろう…、ずしんときたんですよね。
そういう人たちに出会えたこと、一緒に歩んでいけること。それを考えると、本当に得しちゃったなというか、良い機会をもらえているなと感じています。
ミシン工房のウェブサイトやパンフレットにも、そんなお母さんたちの笑顔が載っています。製品を購入してくれた方から、「自分も辛い状況にいるけど、この笑顔を見て自分もがんばらなきゃと思った」と手紙が届くことも。「東北以外の地域でも、みんなそれぞれ大変なことを抱えながら生きているんですよね。だから、全てを失っても、ミシンで手仕事をつくって前向きに頑張る姿が励みになるんだと思います」と熊谷さん。ミシン工房のお母さんたちも、そうした手紙を受け取って感激し、更に頑張れるのだそうです。
与えると同時に、たくさんのものを受け取っている。励ますつもりが、逆に励まされてしまった。どちらかが一方的にどちらかを応援するのではなく、お互いに励まし合う温かな関係が、ひとつのバッグをきっかけに生まれています。
“私たちは、震災で失ったものも多いけど、笑顔でミシンを縫いながら、毎日がんばっています。しんどいことも悲しいこともいっぱいあるけれど、それでもなんとか笑いながらがんばっていたら、楽しいことも、嬉しいことも、素敵な出会いもたくさん起きました。
だから、ーーあんだもがんばっぺし!!——
大変なことも多いと思いますが、私たちは私たちの場所で。あなたはあなたの場所で。それぞれの場所で、それぞれの毎日を、一緒にがんばっていけますように。
そんな想いを、「おらほもあんだほもがんばぺし!Bag」という言葉に込めました。
私たちが縫ったこのBagが、がんばるあなたの、小さなチカラになりますように。”
南三陸ミシン工房には、今日もミシンの音とお母さんたちの笑い声が響いています。
2013.7.11