物語後編

製品の売上で陸前高田に人が集える場所をつくる

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オープン一週間前の様子

瓦Re:KEYHOLDERの販売価格は、ひとつ600円。このうち100円が材料費で、100円が生産者の賃金。180円はお店等に支払う販売手数料として、220円は場所の運営や機材の購入、生産管理者の賃金として使われます。そこから残ったお金を、今後の展開のために貯金してきました。

中田さん:つくり手の方に200円をお渡しすることもできましたが、そうするとつくり手さんの時給は1,600円程になります。瓦Re:KEYHOLDERもずっと売れるとは限らないし、あくまで次が見つかるまでのつなぎの仕事と考えてほしい。でも、こっちのほうが楽で簡単に稼げるとなると、次に行けなくなってしまいますよね。それでは意味がないし、運営側が回らなくなってしまうので、この割合にしました。

そうして貯まったお金と助成金を使い、今年7月、陸前高田の仮設商店街『再生の里ヤルキタウン』にカフェをオープンしました。名前は『ハイカラごはん職人工房』。地元の人も外から来た人も気軽に立ち寄り、交流できる店になってほしいと願っています。

中田さん:構想は去年から考えていました。こっちに来て出会った仲間と一緒に古民家を借りて自宅兼作業場にしているんですが、そこがコミュニティの形成にとても役立っているんです。いろんな人が出入りするから、生の情報がたくさん集まるし、困っている人がいればピンポイントで支援活動ができる。自分たちの手に負えないことは外部の人や団体をつなげて解決しました。

震災から2年が経ちましたが、周りから聞こえてくるのはまだまだネガティブな話ばかりです。仮設住宅での暮らしもストレスが溜まりますよね。そんな中で、ここに来れば前向きに活動している人と出会えて元気になれる、自分もできることを探そうと思える、と言ってもらえます。陸前高田ではいま、みんなで集まってたわいもない馬鹿話をしたり、自分の夢や希望を語ったりする場所がすごく必要とされていると感じました。

ただ、作業所は元々住宅用に借りたもの。あまり不特定多数の人が集まってしまうと大家さんや近隣の家に迷惑をかけてしまうので、もっと適した場をつくろうということに。

自分たちの実感が地元の人の考えとずれていないか確かめるために、中田さんたちは街頭アンケートを実施しました。結果は、「陸前高田にどんな場所が必要だと思うか」という問いに対し、「集まる場、対話する場」を求める声が多数。自分たちの想いと合致していることがわかったので、実現に向けて動き出すことにしました。ヤルキタウンの一区画を貸してもらい、仲間と一緒に改築。プレハブとは思えないお洒落な空間をつくりあげました。

中田さん:ここは、いままで瓦Re:KEYHOLDERやフォトフレームを買ってくださった約7万人の方のお金が集まってできた場所です。その人たちが遊びに来たいと思える場所、未来を感じる場所にしたいと思いました。でも、地元のおじいちゃんおばあちゃんが気軽に来てくつろげる場所でもあってほしい。難しいかもしれないけど、バランスをとりながら、良い場にしていきたいですね。

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様々なものが集まって、新しく素敵なものが生み出される。壁に飾られたガレキのアートは、中田さんたちが行う活動に共通するコンセプトを体現しています。

中田さん:勉強会や料理教室など、実験的なこともここから試していきたいと思っています。高田には料理の上手い人が多いし、良い素材もたくさんある。郷土料理に外の目線を入れてパッケージし直して、新たな名物となるものもつくっていけたらと目論んでいます。ここで試作してお客さんに出して、フィードバックを貰ってアップグレードしていく。こういう場所がひとつあることって大きいですよね。実はいま、地ビールをつくるプロジェクトが進んでいて、もう少しでご紹介できると思います。

何もないから、自分たちでつくるようになった

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陸前高田の復興につながることなら分野を問わず取り組み、一つひとつの活動にしっかりと芯が通っている中田さん。震災前はアパレルメーカーに勤務していたということですが、プライベートでそうした活動の経験があったのでしょうか?

中田さん:いえ、以前は全く興味がありませんでした。こっちに来て変わったんです。あまりにも被害がひどかったから。「なんとかしないといけない」という気持ちが先行して、がむしゃらに動いてきて、今に至ります。被災地に来たことがない人に伝えるのって本当に難しいんですが、一度でも訪れれば、たくさんのヒト・モノ・カネがまだまだ必要だということがわかって、何かしたくなるはず。だから、なんとかして人を呼びたいんですよね。

中田さんはボランティアに来た方を案内できるよう、陸前高田について勉強。元々は縁もゆかりもなかった土地であるにも関わらず、どの場所にどんな歴史があり、津波によってどんな被害を受けたのか話せるようになったそう。

中田さん:ここの七夕まつりでは、太鼓や笛に楽譜がなくて、口伝えで継承しています。次世代に伝えていくことって、すごく重要ですよね。札幌にいた頃はお祭りなんてうるさいと思っていたんですが、その地域で生まれた若い人がまちを盛り上げていかなくちゃいけないんだと考えるようになりました。札幌と高田を行き来しているので、最近は「札幌に対して何ができるだろう」という気持ちも芽生えています。地元の人が「僕の地元すごくいいから遊びに来てよ」って言えるようなまちが増えたら素敵ですよね。

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近くに大学や専門学校がないため、20代の若者が都会へ出てしまい、そのまま戻ってこない。全国の田舎で起きている現象が、ここ陸前高田でも起こっています。

中田さん:確かに札幌と比べると高田はむちゃくちゃ不便です。でも、携帯とパソコンがあれば仕事はできるし、仲間もできました。じゃあ何が違うかというと、向き合う人の多さだと思います。札幌だとセンスの合わない人とは一緒に仕事しなくてもいいんですよ。いくらでも代わりがいるから。こっちでは人数が少ないから、一人ひとりと向き合わないといけない。それには、相手の話をしっかり聞いて、自分のゆずれないラインを知って、一つひとつの仕事を丁寧にしていくことが必要です。でも、そういう経験ってすごく大事なことなんじゃないでしょうか。

しがらみや縄張り意識など、地域の人間関係は面倒なことが多々あります。そこから逃げずに、さまざまな人と関わり話しあいながら、一緒に変わっていく。よそ者の自分たちだからこそ、いろいろな取り組みを試し、若者がチャレンジしやすい土壌をつくることができる。中田さんはそう考えているそうです。

こっちに来てから、ものの見方、考え方が変わりました。何にもないから、自分たちでやるようになったんです。遊び場をつくる、野菜をつくる…いままで人任せにしていたものを自分たちがやることで、「これってこんなに難しいことなんだ、大切なことなんだ」ってわかったことが多々ありました。

過度な要求をしてクレームをつけたり、買い叩いたりする人は、自分でやったことがない人なんじゃないでしょうか。自分でやってみるとものの価値がわかるし、プロに対して正当な対価を払おうと思える。みんながそう思えるようになったら、デフレにもならないんじゃないかと思います。

本を出すことで、新たな動きが生まれたら

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瓦Re:KEYHOLDERと瓦Re:きっとフォトのこれまでの販売数は約7万個。ひとつ10グラムなので、700キログラムのガレキを処理したということになります。

中田さん:せっかくなら、「販売数10万個、ガレキ処理量1トン」を目指したいですね(笑)ただ、震災から年月が経つにつれて人の気持ちも離れていくので、なかなか難しいとは思います。

最近では、企業とコラボしてロゴ入りのオリジナル瓦Re:KEYHOLDERも製作しています。時代の変化やニーズに合わせて形を変えながら、いつか終わりにすることも見据えて動いているそう。

中田さん:僕自身、5年後10年後、ずっと高田にいるかどうかはわかりません。いつ何が起こるかわからないし、不確かなことは言えませんから。ただ、ずっと続いていく仕事を地域に残したいと思っていたので、カフェをオープンすることができてほっとしました。でも、地元の人に引き継ぐためにはちゃんと収益を上げないといけないので、これからががんばりどころですね。

まだまだ陸前高田でやりたいことがたくさんあり、どんどん仕掛けていくという中田さん。「いま一番取り組みたいことは?」と聞くと、「本を出すこと」という答えが返ってきました。

中田さん:僕のいまの最大のテーマは、「自分たちがやってきた活動をどうやったらたくさんの人に伝えられるか」ということです。

ここでの暮らしは毎日いろんなことが起こって、みんなすごい熱量を持って取り組んでいて、とても刺激的です。たとえばライターさんに高田に来てもらって、一ヶ月くらい僕らと一緒に暮らしてこの空気を体感した上で本にまとめてもらえたら。本になってたくさんの人に見てもらうことで、新たなことが始まるきっかけになるかもしれません。もし、やりたいというライターさんがいたら、ぜひ連絡してほしいです。

 

2013.6.19