物語前編

株式会社福市は、フェアトレード商品のセレクトショップ「LOVE&SENSE」の運営を通して途上国支援を行ってきた会社です。代表の高津玉枝さんは、途上国と被災地の状況に共通点を感じ、これまでの経験を生かして現地での手仕事づくりを始めました。
大切な人を亡くした人にとって、やることがないことほど辛いことはない。手を動かし、前向きになる何かが必要だ…高津さんの想いから始まった活動は、ひとつの地域に留まらず、東北各地に広がっています。
仕事を通して、誰かの役に立つことが必要だと思った
フェアトレードとは、発展途上国の原料や製品を適正な価格で購入し、生産者や労働者の生活を守ること。流通業界で長年仕事をする中で、買い物が世界のさまざまなところに影響を与えていることを実感した高津さんは、2006年に福市を設立。お洒落で可愛いフェアトレード商品を集めたセレクトショップを運営し、幅広い層に「お買い物でできる社会貢献」を提案してきました。
東日本大震災が起こったのは、それまで同時に経営していた会社を畳み、福市の仕事に注力しようと動きはじめたときのことでした。
高津さん:震災直後は日本がどうなるかもわからなくて、これから先どうしようかと途方に暮れました。とてもじゃないけど、それまでの計画を進めたり人に話したりできる状況ではなくて。また、私は出身が大阪で、阪神・淡路大震災の経験者です。最初はニュースを見ているだけでその頃のことが思い出されて、気分が悪くなってしまいました。家の近くのビルがまっぷたつに折れ、よく知っていた景色が様変わりしている…。あの恐怖は体験しないとわからないかもしれません。
重苦しい日々が続くなか、それでも高津さんは「これまでの経験を活かして何かしたい」と思うようになったといいます。被災地はこれから困難な状況を迎えるだろう。物流環境が悪いこと、地元の人は土地を離れることができないこと、仕事がないこと。途上国と被災地には共通点がある。フェアトレードの考え方を用いて何かできないだろうか…。高津さんの脳裏に、ネパールの貧困地域を訪れたときのことが蘇りました。
高津さん:友人のオランダ人デザイナーがタルー族の女性たちと一緒にプロダクトをつくっていたので紹介してもらったのですが、そのときに「私たちにはタルー族の誇りがある、施しを受けるのではなく自分たちで働いて生きていきたい」という強い訴えを聞きました。
貧しいからと言って、ただお金をもらえればいいというわけではない。働いて、誰かの役に立つこと。人として生きていく上で大事なのはそういうことなんだと、彼女たちから教えてもらったような気がしました。
被災地でもきっと、そういった仕事が必要になる。福市で扱っている商品の中にも、ジャワ島中部地震の被災者がつくった商品がありました。仕事を失った東北の方々に商品をつくってもらい、それを販売できたら…。
高津さん:絶対にやらなきゃいけないことだし、やりたいと思いました。でも、東北は学生時代に一度行っただけで、全く縁もゆかりもなくて。どうやって動こうかと考えていたときに、ご縁があってNPO法人遠野山・里・暮らしネットワークにハンドクリームを届けることになったんです。
遠野市は、沿岸被災地の後方支援拠点として早い段階から動き出し、さまざまな団体が協力して人や物資を被災地に届けていました。グリーンツーリズムや都市農村交流などの事業を行っていた山里ネットも協力団体のひとつ。避難所で被災者がひどい手荒れに悩まされている現状を見て、以前仕事で知り合っていた高津さんに相談したのです。高津さんは石鹸会社に支援を依頼、トラックいっぱいのハンドクリームを避難所に届けることができました。
高津さん:やりとりの中で、「実はこんなことを考えていて…」と山里ネットにメールをしたら、「一度会って話しましょう」ということになり遠野へ行きました。でも、そのときは具体的な話にはならなくて。震災から一ヶ月を過ぎたくらいで、まだそんな時期じゃなかったんですよね。ほかの地域や団体も回ったんですが、全然相手にされませんでした。「こんな辛い想いをしている人たちに仕事をさせるんですか?」って。
しかし、高津さんは諦めませんでした。大切な人を亡くすという究極の経験をした人たちにとって、やることがないというのは致命的です。悲しいこと、辛いことばかりが頭の中を巡り、気が変になってしまう。手を動かし前向きになることが必要とされるときが必ず来る。そのために自分も動くと決めていたので、大阪に戻ってからも着々と準備を進めていました。
「高津さん、前話していたやつ、やろうよ」と遠野山・里・暮らしネットワーク代表の菊池新一さんから言われたのは、5月中旬のことでした。その頃避難所では瓦礫を見ただけで気持ち悪くなってしまう人が続出していて、菊池さんも「被災者が取り組める何かが必要だ」と感じたといいます。
山里ネットは現地でつくり手の募集と製作を、福市は商品開発や販路づくりと広報宣伝を。お互いができることを分担することになり、プロジェクトがスタートしました。
被災地と全国の人のハートをつなげたい
商品をかぎ針編みでつくることは、初期の段階から決めていました。最低限の場所や道具があればできるもの。ひとりで、自分のペースでつくれるもの。被災者はたくさんのストレスを抱えているので、みんなでひとつのものをつくるとなると、早い人・遅い人が出てきたときに、わだかまりが生じてしまうのではと考えたからです。また、「自分の作品」が誰かに届いて喜ばれる実感を味わってほしいという気持ちもありました。
高津さん:でも、商品として売れるクオリティのものをつくることが大変でした。いくつか試作をしたのですが、ピンとくるものがなくて。悩んでいたときに、デザイナーの岩切エミ先生がイベントで大阪の阪急百貨店に来ることを知りました。元々私は岩切先生の作品が好きで、本も持っていたんです。お会いして構想を話したら、「私も東北のことは気になっていたから」とデザインを考えてくださることになって、感激しました。
ただ、「いつまでに必要なの?」と聞かれて「誠に申し上げにくいんですが、来週の頭までに…」とお願いしたら、絶句されましたけど(笑)
実は高津さんはその翌週に大阪高島屋でLOVE&SENSEの展示とトークイベントを控えていて、そのときに東北の商品の宣伝をする計画を立てていました。既に関係者にはその宣言をしていたので、後には引けない状態だったのです。一度「やる」と決心したら、実現する前提で動き、周囲を巻き込んでいく。高津さんの思いきりの良さには驚かされます。
高津さん:岩切先生は男前な方なので引き受けてくれましたけど、断られたらどうしていたんでしょうね(笑)やるって決めたらやる、と思って動いていたけど、こんなに全てがうまくいくとは思っていませんでした。それだけみんなの気持ちがそこに向かっていたということでしょうね。
岩切先生が考えた商品は、小さなハートを2つ重ねたブローチ。四角や丸だと大きさの違いや線の歪みが目立ってしまいますが、ハートなら「こっちはスマートだけど、こっちはぷっくりしていて可愛い」と個性になり、初心者がつくるのに適しています。「被災地と全国の人のハートをつなげたい」という想いにも合致しました。
高津さん:結局、私がやりたいことは、いかに気持ちをつなげるかということなんです。一方的な施しではなく、つながり循環していく関係をつくりたい。EAST LOOPという名前やロゴにも、そういう想いを込めました。
7月に大阪の高島屋で販売すると、売れ行きは好調。メディアにも注目され、幸先の良いスタートを切ることができました。
2013.6.11