物語前編

「放射能」という単語を聞くと、少し身構えてしまうーーそんな方も多いのではないでしょうか。さまざまな情報が流れる中で、何を基準に採用し、どう行動すればいいのか。津波により甚大な被害を受けた東北3県ですが、福島は更に問題が複雑です。
『peach heart』は、福島を想う女子たちが本音を話せる場をつくり、お互いに支え合うことを目的として生まれた団体です。メンバーのひとり、小笠原真代さんはものづくりの腕を活かし、女子を応援する製品をつくっています。
福島の女子たちがつながる場をつくる
小笠原さんは福島県伊達郡川俣町生まれ。子どもの頃からものづくりが好きでファッション専門学校『ESMOD JAPON』へ進学、卒業後は東京のアパレル会社のデザイナーとして数年働きました。震災が起こったのは、自分で1からものづくりを始めようと地元へ戻ってきた一ヶ月後のことだったといいます。
小笠原さん:これからという時にあんなことが起きて、新しいことをスタートできる状況ではなくなってしまいました。実家は計画的避難区域をぎりぎり免れるようなところで、家の中でも線量が0.4マイクロシーベルトあるような状態。常に放射能を浴びているような、目に見えない恐怖をずっと感じていました。いますぐには病気にならなくても、5年後、10年後どうなるかはわかりません。妹の子どもがまだ小さいこともあり、一緒に山形へ避難することにしました。
ただ、「18歳以下の子どもたちもたくさん福島に残っている中で、自分が避難していいのかな」という葛藤…のようなものもあって。避難したくてもできない人もいるし…難しいですよね。
どこまでが安全でどこからが危険なのか、何が正しい情報でどう行動するべきなのか…。震災以後、福島県で暮らす人の多くは、出口のない迷路に迷い込んでしまったような不安感を感じていたのかもしれません。福島の未来を考えるイベント「ふくしま会議」は、そうした混乱が続いていた2011年11月11日に開かれました。
小笠原さん:私もそれに参加したのですが、この中の「若もの会議」では、自分が話し合いたいテーマを紙に書いて会場内を回り、同じテーマを持った人たちとテーブルを囲むというものでした。そこで、「女子たちの声を聞きたい」という同世代の子に出会ったんです。
妊婦さんや18歳以下の子どもたちはホールボディカウンターなどの検査が無料ですが、そのどちらでもない20代の女子は無料で受けられません。実際私たちはどれくらい被曝しているのか、将来子どもを産むとき大丈夫なのか。わからないまま福島で生きていくのってすごく不安で、そういう気持ちを共有できる場がほしい、と。
テーブルには10人程の女子が集まり、さまざまな話が繰り広げられました。興味深いのは、社会人と学生の間で意見が二分したこと。社会人の女子たちは「できるだけ放射能の影響を受けないところに避難したい」、学生たちは「学校を辞めるわけにはいかない」「福島のためにできることを見つけたい」と考えていたそうです。
小笠原さん:そうやって意見は違っても、同じ境遇の女子たちがどう考えているのか話し合える場があるということに、すごく救われました。「またこうして話をしたいね」と盛り上がって、二ヶ月後に再会。その後も継続して集まることになりました。
福島の女子として、どんな風に生きていくのか。社会人や学生といった枠を越えて話し合い、支え合う場をつくろうーー福島を象徴する桃をシンボルとして、任意団体『peach heart』を立ち上げ、女子会や勉強会などを定期的に開催していくことになりました。
ファッションアイテムとしてマスクを身につけたい
peach heartの活動は、ガールズトークや講座を行う『fuku×fukuガールズcafé』、旅行に行く感覚で保養する『Restrip』、そして小笠原さんが中心となって進める『peach heart brand』製品づくりの3本柱です。peach heart brandの初めての製品は、華やかな柄のオリジナルマスク。メンバーの「お洒落で可愛いマスクがあったらいいのに」という声を、ものづくりができる小笠原さんが形にしました。
放射能の問題は、とてもデリケートです。将来のことを心配して「すぐに避難をしたほうがいい」という人もいれば、様々な事情から土地を離れることができない人、「ここで生きていく」と覚悟を決めた人もいます。
異なる立場の人同士がお互いの状況や考え方を尊重できることが理想ですが、「正しさ」を求めて溝が深まってしまうことも。中にはマスクをつけることに対して「福島は危険なところだと不安を煽っている」と過敏に反応する人もいて、気軽に身につけられない雰囲気がありました。ファッションアイテムとして可愛いマスクをつくれば、放射能とは関係なく、「可愛いからつけている」と言うことができる…「マスクをつくってほしい」という背景にはそんな想いがあったそうです。
小笠原さん:マスクづくりは初めてでしたが、ネットで調べたら手づくりされている方がいて、参考にしながらつくってみました。それが好評だったので本格的に勉強して、素材を抗菌加工のゴムやエコテックス認定を受けているガーゼに変え、フィルター効果の高い不織布を挟み込むようにして。可愛いだけじゃなくて、より安心できるもの、機能性が高いものにしたいと思ったんです。
マスクで放射能を完全に防ぐことはできなくても、「福島にはこういう製品があるんだよ」と多くの人に知ってもらいたい。peach heartのことを知って、放射能について話し合うきっかけになったらいいなと思っています。
何かを批判するのではなく、悩み落ち込むだけでもなく、少しでも問題を解決できるものは何か考える。たとえ完璧なものでなくても、そのときできる範囲のことを形にしていく。何が正しいのかわからない状況下では、そういった姿勢が大事なのかもしれません。
試行錯誤の上に完成したマスクは、色鮮やかな花柄のものから落ち着いたベージュのものまでバリエーションがあり、ファッションに合わせて選ぶ楽しさも味わえるものになりました。peach heartのメンバー以外の女子からも「ほしい」という声が上がり、さまざまなイベントや福島県内の店舗で販売することに。いまではネットショップも立ち上げ、全国からの注文も受けています。
小笠原さん:放射能に限らず、花粉症やインフルエンザ、黄砂など、さまざまな要因からマスクを必要としている人が購入してくださっています。もちろん、「福島を応援したい」と買ってくれる方もいるんですよ。大阪のイベントに出店したときに買ってくれた方が、その後リピーターさんになってくれて、いつも応援の手紙を送ってくれたりして。そういうつながりはやっぱり嬉しいですね。
2013.4.17