物語前編

自分にできることなんて、何もないーー。
3.11後、テレビや新聞で報道された被災地の惨憺たる様子を見て、呆然と無力感に襲われた方もいるのではないでしょうか。
「ぜっっったいに、みんな何かできることを持っているんです」。
女川出身の学習塾経営者・八木純子さんは、震災後、布草履を使って高齢者の手仕事と居場所づくりを始めました。その活動は現在、コミュニティスペースの運営、果樹園の整備に特産品づくりと、大きく広がっています。
それは、八木さんにとって、目の前に落ちていた「できること」を拾い集めた結果だったといいます。

与えてもらうばかりではなく、自分たちで立ち上がらないといけない

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ママサポーターズ。2011年4月初旬に八木さんがつくった団体の名称です。活動内容は、お母さんたちを休ませるために子守りをすること。知人が運営していた託児所を使わせてもらい、無料託児を行いました。

八木さん:目の前には変わり果てた地元の様子が広がっていましたが、「なにか自分にもできることがあるんじゃないか」と思ったんです。

元々20年保育士をしていたので、親子のことが気になりました。小さな子どもを抱えて避難所で暮らすのは大変でしょう。夜泣きをしたら肩身の狭い想いをするだろうし、様々な手続きをしなければいけない時期なのに小さな子どもがいたら外出するのも困難じゃないかって。だから、保育士の仲間と一緒に短時間でも子どもを預かろうと。学校が再開した5月中旬まで続けました。

託児所が一段落した後、目に入ってきたのは高齢者の姿でした。以前はゲートボールや畑いじりをして元気だったお年寄りたちが、一日中布団を敷いてごろごろと寝ている。やることがなく、立ち上がる気力もない。

「このままじゃまずい」と感じた八木さんは、NPOに協力を依頼しデイサービスのようなことを始めました。広い家に集まり、一緒にお茶やごはんを楽しむ。まずは、布団から起き上がって外に出てもらうことを目指しました。

八木さん:そうやって少し元気を取り戻してもらったら、次はものづくりをしようと考えました。7月になって避難所にいた人々が仮設住宅に移る時期だったので、これから必要なことは「コミュニティ」と、「ちょっとお小遣いがもらえて、わくわくする気持ちになれるもの」だろうと。「与えてもらってばかりではなく、自分たちで立ち上がらないといけない」という想いもありました。

女川や石巻の仮設住宅のおばあちゃん達と一緒に漁網を使ったバッグや浮のプランターなどを試行錯誤して、最終的に辿り着いたのが「布草履」でした。

布草履づくりを通して、「ものを大事にするこころ」を取り戻す

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布草履をつくったきっかけは、たまたまメンバーが見ていたテレビでつくりかたを紹介していたから。その通りに手を動かすと意外と簡単にできたので、「これなら高齢者でもつくることができる」と考えたそうです。

八木さん:ただ、やっぱり自分たちのもの、女川独自のものがほしくなり、かぎ針編みでつくってみました。通常の布草履は手や紐を使って編むのですが、かぎ針で編むと凹凸が大きくなって、足つぼスリッパみたいに足の裏を刺激するんですよ。

支援物資としてたくさん届き山積みになっていたTシャツを使って編めば、材料費がかからないのでつくり手に渡せる額も大きくなります。せっかく送ってもらったものを無駄にはできない、という気持ちもありました。

八木さん:多くの方が手を差し伸べてくれたのはありがたいことでしたが、地元の人たちがそれを大事にしていないように見えたんです。自転車が乗り捨てられていたり、転がっていた鉛筆を「これ誰の?」と聞いても返事がなかったり。自分で買ったものだったら大事にするし、自分のものだってわかりますよね。ものを大事にする意識が薄らいでいくように思えて、私にはそれがとても痛かった。

全国の人が送ってくれた古いTシャツを布草履として蘇らせ、また全国の人に届ける。そこには、「ものを慈しみ大事にする心を取り戻したい」という八木さんの想いが込められているのかもしれません。

支援してくれる人が徐々に増えていった

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カラフルで賑やかな柄のもの、渋めで落ち着いた印象のもの。布草履の色づかいやデザインは全てつくり手にお任せしています。形や履き心地もそれぞれ違い、ひとつとして同じものはありません。

一点だけ注意しているのは、履いたときに怪我をしないこと。先が柔らかいと転びやすくなるし、鼻緒がしっかりついていないと危険です。安全性に関わる部分だけ気をつけて、それ以外の部分は自由度を高くしています。

八木さん:つくり手さんの気持ちを最優先にしたいから、ダメ出しは一切していないんです。買い取り制にしているので、売れようが売れまいが、困るのは私だけ。つくり手の方にはつくった分しっかりお金が入ります。最初はそこまでしないと、なかなか作ってもらえないだろうなと思ったので。

でも、これからはちゃんと継続して売れる商品にしていくことが重要なので、品質チェックも少し厳しくするかもしれません。

布草履は一足1,500円。そのうち1,000円をつくり手に、200円を販売ボランティアに渡しています。送料やパッケージ代を払ったら、なかなか黒字にはなりません。

八木さん:ものづくりも商売も初めてなので最初の頃は大変でしたが、私にばかり負担をかけるわけにはいかないって、だんだんと手伝ってくれる人が増えてきました。助成金の書き方、ウェブサイトの立ち上げ方、Facebookの使い方、みんな助けられながらやっているんです。

最初は少し受け身だったつくり手の方々も、どんどん積極的になっていきました。布草履以外の商品もつくっていこうと提案すると、自分たちでブックカバーや小物入れを試作して持ってきてくれるようになったそう。そういった自発的な提案がとても嬉しいと、八木さんは頬をゆるめます。

八木さん:布草履は「高白浜草履組合」という名前で売り出しているんですが、これもつくり手のみなさんが勝手に名乗りだしたんですよ。「草履組合でランチ行ってきた」って。面白いなと思って、「高白浜」という地名もつけて使っています。

2013.1.25