物語後編

“復興”と関係なく売れるものを作りたい

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どうせつくるなら、一過性のチャリティグッズにはしたくない。友廣さんはプロジェクトを始めた時からそう考えていたといいます。

友廣さん:一時的には売れるかもしれないけど、長く続いてほしいと思うし。復興とか抜きにして、本当に欲しいと思ってもらえるものをつくりたい、と。

しかし、素人だけではなかなか納得のいくものが作れません。牧浜のお母さん達と一緒に鹿角をつかって試作を重ねていましたが、「売れる」という実感は持てませんでした。それを解決してくれたのが、デザイン事務所NOSIGNERの太刀川英輔さんでした。ゆるやかなワークショップを開いて、牧浜でお母さんたちの声を聞き、形にする。様々な試作品を経て、今のOCICAのデザインに辿りつきました。輪切りにした鹿角の側面に切り込みを入れ、そこに漁網の補修糸を巻き付ける。それは、悪夢を捕まえ良い夢だけを届けるお守り、ドリームキャッチャーに似たアクセサリー。

はじめてサンプルを見たとき、友廣さんはどう思ったのでしょうか。

友廣さん:「あ、いける」って。そもそも、前提条件がいくつかあって。まず、鹿角にも限りがあるから、一本の角からより多く作れるものじゃないとだめ。ネット販売することを考えると、「写真と全然違う」とならないように、商品ごとの差異は小さいことが重要。そして、何よりもお母さん達がほぼ全ての行程を自分たちでできること。太刀川さんが提案してくれたOCICAは全てを満たしていました。デザイン的にも綺麗だし、条件も揃っていて、すべての物語がすっと通った感じがして、「これならいける」と思いました。

“役割”と思える仕事

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“お母さん達が、ほぼすべての行程を自分たちでできること”を大事にしていたのには、理由があります。被災した人の雇用を支援している団体は数多く存在し、キットの組み立てや、工場製品の一部作業を担うようなものもあります。でも、内職のような仕事では、作っている本人達が“自分たちのもの”という愛着を持ちづらい。そういうものも必要とする人はいるかもしれないけれど、ここでは雇用関係ではなく自立的なプロジェクトになっていってほしい。友廣さんはそう考えていました。

友廣さん:自分たちが生み出したものを必要としてくれる人がいて、喜んでもらえたら、それがお金という形で返ってくる。自分が生きることを人から肯定してもらう。仕事って本来、そういう意味があるんじゃないか。だから、今までやってきた仕事を失った人たちが、ちゃんと自分の役割を感じられるようなものになったらいいなと思っていました。

物事を“復興支援”“雇用創出”といった言葉で大きく捉えてしまうと、そういった視点はなかなか浮かびません。友廣さんがそこを大事にしていたのは、震災後、自分自身が悩み、“役割”を欲していたからです。

友廣さん:避難所をばーっと回って、たくさんの人と話して、何かわかった気になるんだけど、結局何もわかってない。でも、知り合ったお母さんたちと何度も話すうちに、“こんなことがしたい”って夢とかこれからのこととか、深い話ができるようになって、ようやくわかってきた気がする。

―マクロに何かをやろうと思うと問題が大きすぎて何もできなくなる。だから、現状をミクロに捉えて、できることをしていく。前を向いて歩こうとしている人と出会ったら、その人の支えになればいい。そう割り切ることができた時に、自分の役割にこだわる気持ちはなくなっていたといいます。

“ものづくり”という仕事の原点に立ち返る

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現在、OCICAはカフェや雑貨店、ECサイトとさまざまな場所で販売されています。単に人がたくさん訪れるお店ではなく、そこでOCICAのストーリーを伝えようとしてくれる人の存在が大きいといいます。ap bank fes等のイベントにも出店して売れ行きは上々。継続していくための一つのラインは維持できてきました。

お母さんたちが手仕事をする作業所には、視察やつむぎやメンバーの友人など、日々たくさんの人が訪れます。「同じ作業をすることで空気感まで共有してほしい」という考えから、お母さんたちに教わりながら自分のOCICAをひとつ作って、持って帰ってもらっています。
普段は都心でパソコンに向かっている人が、お母さんたちに教えてもらいながら久しぶりに自分の手を動かし、ものづくりの楽しさや大変さを味わい帰っていく。「やっぱりみんな、“楽しい”って喜んでくれますね」と友廣さんは顔をほころばせます。

つむぎや全員にとっても、ものづくりは初めての経験です。

友廣さん:ものづくりって、仕事の原点というか、商業活動の一番シンプルな形だな、と思います。本来、そういう風に生きてきたわけですよね。誰かが手を動かしてものを作って、それを買う人がいて。それが次第に、そのやり取りの間に色んな人が入り込むようになって、ひとつひとつの行為の間につながりが感じづらくなっていったのが今の社会だと思う。
でもこうして、素材を見つけて加工して、欲しいと思っている人に届ける。そういうことを改めてやってみたら、作り手と買い手の喜びや感謝が、お互いにダイレクトに伝わって。
0から1が生み出されることって、普通の状況ではあんまりないと思うんですよね。これだけモノが溢れてる時代に。それが、津波で流されて色々なものを失ったから…なのかどうかはわからないけど、そういう土地で、改めていま0から何かを生み出そうという動きが各地で始まっている。こういうのは、個人的にはとても興味深い動きに見えるし、なにか力になれたらなと思っています。

イベントに出店する際など、お母さんたちに売り場に立ってもらうこともあります。買い手と直に接して話をすると、自分たちが作っているもの、自分たちの仕事に対する肯定感が芽生えるようです。帰ってきたお母さんたちから「お客さんにいびつな形のものも欲しいと言われたから、綺麗な丸じゃないものも作ってみたい」と提案が出ることも。そうした意見を取り入れながら、一緒にOCICAをつくりあげていきます。

シャッシャッシャッとやすりがけをする音、ダダダダダダダッというミシンの音。OCICAの生まれる作業場には、様々な音と一緒に、お母さんたちの明るい声が響いていました。「手にとった人が“綺麗だね”って喜んでくれるとね、やっぱりすごく嬉しいっちゃ。だから、“喜んでもらえるように”“大事にしてもらえるように”って想いながら作るのよ」。

“お母さんたちが自分の役割だと思える仕事をつくりたい”と始まったこのプロジェクト。
確かにOCICAは、牧浜のお母さんたちにとって、だいじな“自分の仕事”になっていました。

2012.9.25