物語後編

“つくること”へのまなざし

s2_1みちやまさん:精密機器の工場って、寒い地域に多いんですよね。北と南で分かれると言われるけど、東北の人は本当に丁寧。細かいところを追究しますね。

素人がつくるのは中々難しいハンモックですが、みちやまさんが二週間マンツーマンで教えたあと、田老のお母さんたちは自分たちでどんどん上達していったといいます。もちろん均等ではない箇所やバランスが悪い箇所があったらダメ出しをしますが、全くめげないそう。むしろそうやってしっかりつくることに新鮮さを感じてくれている様子です。

万菜美さん:“編む”という行為が、海辺の人たちにとっては親しみやすかったのかもしれません。「おじいちゃんが網の補修してたから、何となくわかる」とか、「この結び方知ってる、こういう使い方もできるんだ」とすんなり入ることができたみたい。

網針(あばり)で編むというのも、お母さんたちのアイディア。みちやまさんがハンモックを編むときは自作のシャトルを使うのですが、「網針のほうが編みやすそう」と意見が挙がりました。「確かに代用できる」と思ってみちやまさんも使ってみたところ、逆にやりやすかったと言います。

みちやまさん:網針にも色々なサイズがあるんですが、「ミニハンモックを作るときは小さい網針でいいね」と道具を自分たちで選んでいて。編むときに使う木枠も自分たちでつくれたりするんですよ。「もうこれ、道具を揃えるところから全部任せられるじゃん!」って感心しました。

“体験”から“手仕事”へ

s2_2「製品として売りましょう」—ワークショップを重ねてお母さんたちの技術が上がってきた4月、万菜美さんとみちやまさんは、お母さんたちに提案をしました。しかし、反応はあまり芳しくなかったそうです。

万菜美さん:みなさん、コミュニティを作りたかったようでした。それを商品化するとなると責任も発生するし、「そこまでは…」という方もいらっしゃいました。でも、せっかく技術を身につけたんだし、これまでひとつひとつ積み重ねて来たことが自信につながるところを見たくて、一所懸命説得したんです。定期的に行くし、品質のチェックもするし、梱包も全部するから、って。「それなら」と安心してくれて、『アースデイ東京2012』に出展しました。2日間で10万人が来るような大きなイベントなんですよ。

たろうベビーハンモックは、受注生産を基本としています。アースデイでは4人の方が予約してくれました。はじめて“製品”としてベビーハンモックをつくることになり、喜びながらもちょっと戸惑うお母さんたち。みちやまさんの指導のもとせっせと編み、8月にようやく完成品を送ることができました。

その後は注文が入った時に万菜美さんやみちやまさんが現地を訪れて見守り、在庫が少なくなってきたらまた行って様子を見る、というペースでゆるやかに続けています。

「生きる」「生まれる」というキーワード

s2_3「私たちを気にかけてくれてありがとう」「赤ちゃん、元気に育ってね」。
ベビーハンモックには、お母さんたちの手書きのメッセージカードも一緒についてきます。内容はお母さんによってさまざまですが、“自分たちの手で編んだもので赤ちゃんが育つことへの喜び”は全員が共通して持っている想いです。

万菜美さん:皆さん、「生きる、生まれる」ということに対する製品であることをとても嬉しく思ってくれています。たくさんのことを経験して来た方々だからこそ、ひとつひとつの製品に想いを込めてくれている感じがしますね。

送られてきたメッセージカードを家に飾ったり、赤ちゃんと一緒の写真を送って返事をくれたりする方もいて、あたたかな交流が生まれているそうです。

盛岡で開かれた復興バザーに出展したときも、嬉しいことがありました。つくり手のひとり、秋子さんが店番をしていると、ちょうどそこにたろうベビーハンモックを使っているお母さんが、むすめさんを連れてご家族で現れたのです。しかもそれは、秋子さんがつくったハンモックでした。自分がつくった製品と思いがけず再会し、感動して泣き出してしまった秋子さん。「これからも続けていきたい」と気持ちを強くしたそうです。

ベビーハンモックで抱かれていた子どもが、
大きくなってハンモックブランコで遊ぶ

s2_4この一年のことを回想して、みちやまさんと万菜美さんは「イメージの世界と実際にやってみたこととは、全く違った」と感慨深げに言います。

みちやまさん:東京にいると「お金を送らないと」という気持ちになるけど、実はお金よりもコミュニティだったりやりがいが必要とされていたり。行ってみないとわからないし、会ってみないとわからない。それを実感できてよかったな、と思います。

編みながら、手を動かしながら、たくさんの言葉を交わす。津波のこと、家族のこと、田老のこと。ふたりは田老を訪れるたび、人とのつながりが深まっていくのを感じたと言います。みちやまさんと万菜美さんが2012年8月に結婚したときも、お母さんたちは祝福してくれたそうです。

みちやまさん:お互い東京生まれで、おじいちゃんおばあちゃんがいる田舎っていうのがないんですよね。田舎ができたというか、田舎に帰るという感覚です。

状況がめまぐるしく変わり、物事がどんどん動いて行く現地で、ひとつのことを継続するのは難しいこと。「少人数でも、想いの重なった人とコツコツ続けていくことが大事」とふたりは考えています。大勢の人を一気に救うことはできなくても、東北からたくさん生まれている製品のひとつとして、必要としている人の役に立てばいい。

「大きなハンモックをつくって、レンタルをしようか」「子ども用のハンモックブランコをつくろうか」。田老のお母さんたちは、ハンモックの技術を活かして新たな展開も考えるようになりました。一度手が覚えると、さまざまなことに応用が利きます。“つくる”という行為の持つ可能性に、みちやまさんも万菜美さんも改めて気づかされたと言います。

万菜美さん:ベビーハンモックで抱かれていた子どもが、大きくなってハンモックブランコで揺られていたり、そうやってハンモックが子どもたちを笑顔にして、周りの大人の笑顔につながったらいいなって、そう思っています。

2012.11.21