書籍の出版に寄せて(株式会社ニブリック新飯田 稔)

2019.2.28UP

 東北マニュファクチュール・ストーリーというメディアを通じて、ものづくりによる復興の過程をアーカイブしていこうというアイデアが生まれたのは、震災からちょうど1年が経過した頃でした。

 当時、弊社はジラール・ペルゴというスイスの時計ブランドの宣伝のお手伝いをしていましたが、同ブランドは東北のために何か支援したいという強い想いを抱きつつも、何をすべきか頭を悩ませていました。社会貢献団体にお金を寄付することは簡単ですが、そうではなくて同ブランドならでは独自の活動を模索していたのです。

 そんな時、被災地で支援活動に参加していた、知人の友廣裕一君が「東北沿岸の地域やコミュニティで、わかっているだけでも200もの商品が、震災後に自然発生的に生まれている」という話をしてくれました。

 ジラール・ペルゴは一つひとつの時計を、一人ひとりの職人が丹精込めて作り上げる時計メーカーですが、友廣君の話を聞くうちに、時計職人の姿と、コツコツとものづくりを続ける被災地の人々の姿が、頭の中に重なって浮かんできました。それと同時に、ジラール・ペルゴがやるべきことは、こうした現場をサポートしていくことだと確信したのです。

 しかし、単にお金のサポートでは永く継続していくことは難しい……微力ながらもずっと継続できるやり方はないものか……そこであらためて友廣君に相談し、ライターの飛田さんやジラール・ペルゴの岡部社長の意見も伺いながら考えたのが、復興の過程をアーカイブしていくメディアを作ることでした。おそらく年を経るごとに被災地に関する報道は減っていき、人々の被災地への関心は薄れていくに違いない……ならば1年でも長く被災地の今を伝えていくメディアを自分たちで作ろう、となったわけです。そして、そのアイデアは、メディアの名称に「マニュファクチュール」という、一般には認知度の低い、時計業界で使われる言葉を冠することにより実現が可能になりました。

 ジラール・ペルゴの最大の価値は「マニュファクチュール・ブランドであること」であり、このメディアを通じて、「マニュファクチュール」という言葉を一人でも多くの人々に届けることができればと考えたのです。そうすることで、「東北マニュファクチュール・ストーリー」へのサポートは、ジラール・ペルゴにとって、ビジネスとしてのメリットも期待できるプロジェクトになります。いわば社会貢献とビジネスの両立です。両者を分けることなく、両立させていこうという考え方は、昨今、CSVといった言葉とともに一般的になりましたが、実は、具現化するのは容易なことではありません。ここでは、その理由は割愛しますが、東北マニュファクチュール・ストーリーは、ちょっと地味ながら、それを実現したモデルケースとしてみていただけたら、とも思います。

 それにしても、東北マニュファクチュール・ストーリーが、一冊の本になって書店に並ぶ日が訪れるなんて……東北マニュファクチュール・ストーリーという名のメディアを、メディアたらしめたのは、飛田恵美子さんの途方もない努力の賜物にほかなりません。飛田さんの誠実な人柄、確かな取材力と豊かな表現力により、東北マニュファクチュール・ストーリーは紡がれてきました。その過程では、数多くの困難に直面されてきたことでしょう。でも、そんな苦労は微塵も感じさせず、いつも明るく温かな筆致で読者の心を動かしてこられたことに心から敬意を表します。

 東北マニュファクチュール・ストーリーは、私たちの未来を考える上での様々な示唆に溢れています。飛田さんには、これからも被災地の取材を通じて、人々にもっともっとたくさんのヒントを示していただけたらと思います。

株式会社ニブリック
新飯田 稔